桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
162 / 199
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

最終話 刀隠影司

しおりを挟む
蛮頭寺ばんとうじくん、なにやら騒がしくなってきたようだね」

「は、閣下」

 うしろへまとめた頭髪を傾け、蛮頭寺善継ばんとうじ よしつぐはかしずいた。

 「法曹界の殺し屋」の二つ名を持つ手練れの弁護士、しかしその正体は、秘密結社・龍影会りゅうえいかいの最高幹部のひとり・右丞相うじょうしょうである。

 彼は「黒い部屋」の中で、組織のトップである総帥と会話をしていた。

「毒虫のウツロ、興味深い少年だ。鹿角ろっかく典薬頭てんやくのかみ兵部卿ひょうぶきょうたちとのやり取りだけを見てもな。これほどまでに化けるものなのだな、人間とは」

 喪服を想起させるダブルのスーツを着た総帥は、ロッキングチェアをときおり軋ませながら、物思いにふけっている。

「彼の周りには、次々と人の想いが集まってきているようです。絆、むしずの走る観念ではありますが、あながち存外にもできないもののようで」

「ウツロには人をひきつける何かがあるようだ。それはひょっとすると、王者の器と呼べるものなのかもしれぬ。わたしの息子、柾樹まさきもすっかりと懐柔されているようであるしな」

「ご子息のこと、いかがいたしましょうか? 閣下がお座りの椅子を狙っているよし」

「そうでなくてはむしろ困る。その程度の気概もないようでは、わが一族の名がすたるというものだ。わたしがかつて、実の父を手打ちにしたようにな」

「は……」

 蛮頭寺善継は押し黙って、次に口を開く機会をうかがった。

「あのディオティマが狙っているようだね、ウツロを」

 空気を呼んだ総帥が先に開口する。

「アメリカへ渡っている百色ひゃくしきからの情報によると、ディオティマはウツロを捕らえ、みずからのモルモットにする腹づもりのようですな。バニーハート……見敵必殺および捕獲に特化したアルトラ使い……彼をいっしょに連れてくるようですぞ」

「ふん、こざかしい。死にぞこないの魔女めが。やつのことだ、あわよくばわれらをもと考えているのだろう」

「相手はいやしくも最古のアルトラ使いにして、いまや巨大な能力者の軍団をかかえております。いかがいたしましょう、閣下?」

「そうだね、さしあたり応戦の準備は万全にしておいてくれたまえ。ディオティマめ、長生きしているだけにすぎない年寄り風情が増上しおってからに」

「閣下がその気にさえなれば、いつでも始末は可能であるかと」

「ふむ、よく言ってくれたぞ蛮頭寺くん。およそあらゆるアルトラの中で、わたしのダーク・ファンタジーを越えるものなど、存在しえないであろう」

「この蛮頭寺善継、閣下という存在のおそばにはべられること、まっこと心強く思いますぞ」

「ふふっ、存在、存在か……みんな好きだよね、存在が」

「ふふっ……」

 ロッキングチェアがキシリと鳴った。

「そういえば、森くんもこちらへ向かっているそうではないか。それと呼応するかのように、彼を父の仇とする少年、姫神壱騎ひめがみ いっきも動き出したようだな」

「さすがは閣下、早耳ですな。森はかつて、似嵐鏡月にがらし きょうげつと行動をともにしていた男なれば、すなわち……」

「ウツロとの接触をもくろんでいることは自明であるな。そして彼らが持つ古の宝剣、その名を、桜切さくらぎり

魔王桜まおうざくらを切りつけたという伝承があるということは、やはり……」

「うむ、おそらくディオティマは、そちらのほうにも目をつけているのであろう。彼女にとり、非常に利の多い来日ということになるな。いや、利の多さがあってこそ、来日を決断したと考えるのが妥当か」

「は、おそらくは」

左丞相さじょうしょうである百色くんが不在となると、蛮頭寺くん、よろしく頼むよ?」

「すでに鬼鷺大警視きさぎだいけいし囀大検事さえずりだいけんじ、ならびに七卿しちきょうが動いております。対策はきわめて入念なれば」

鬼堂きどうくんが幻王げんおうによからぬ打診をしたとか」

斑曲輪民部卿ぶちくるわみんぶきょうは十二分に心得ている様子。心配の必要は皆無かと」

「ややこしいことだな。正直疲れるよ、この仕事は」

「おそれながら、心にもないことを。閣下は楽しんでいらっしゃるようにお見受けしますぞ?」

「ふふっ、それでこそ右丞相である。あの鹿角も安易には信用できん。全幅の信頼を置くという意味では、やはり君だな、蛮頭寺くん?」

「もったないお言葉でございます、閣下。この蛮頭寺善継、平伏して閣下の悲願を成就する所存なれば」

「ふふ、いよいよ楽しくなってきたね」

 総帥はロッキングチェアに体重を預けてリラックスした。

「ウツロよ、ディオティマよ、どこからでもかかってくるがよい。わたしがたちどころに、滅ぼしてしんぜよう。この龍影会総帥・刀隠影司とがくし えいじがな」

 眼前の卓上に端末がボヤっと光っている。

 映し出されているのは、ひとりの少年の画像だった。

「早くおまえと会いたいものだな、柾樹? 刀隠の血を継ぐ者よ」

 部屋の側面を支配するスクリーン。

 そこに投影される魔王桜。

 その存在はどこにいて、何を考えているのか。

 あるいはすべて、異形の王の意思によるものなのか……

 魔王桜は何も言わない。

 しかし、語りかけているようにも見える。

 黒い部屋にはいつまでも、大輪の桜花が舞い乱れていた――

(アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二) 了)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...