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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
最終話 刀隠影司
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「蛮頭寺くん、なにやら騒がしくなってきたようだね」
「は、閣下」
うしろへまとめた頭髪を傾け、蛮頭寺善継はかしずいた。
「法曹界の殺し屋」の二つ名を持つ手練れの弁護士、しかしその正体は、秘密結社・龍影会の最高幹部のひとり・右丞相である。
彼は「黒い部屋」の中で、組織のトップである総帥と会話をしていた。
「毒虫のウツロ、興味深い少年だ。鹿角や典薬頭、兵部卿たちとのやり取りだけを見てもな。これほどまでに化けるものなのだな、人間とは」
喪服を想起させるダブルのスーツを着た総帥は、ロッキングチェアをときおり軋ませながら、物思いにふけっている。
「彼の周りには、次々と人の想いが集まってきているようです。絆、むしずの走る観念ではありますが、あながち存外にもできないもののようで」
「ウツロには人をひきつける何かがあるようだ。それはひょっとすると、王者の器と呼べるものなのかもしれぬ。わたしの息子、柾樹もすっかりと懐柔されているようであるしな」
「ご子息のこと、いかがいたしましょうか? 閣下がお座りの椅子を狙っているよし」
「そうでなくてはむしろ困る。その程度の気概もないようでは、わが一族の名がすたるというものだ。わたしがかつて、実の父を手打ちにしたようにな」
「は……」
蛮頭寺善継は押し黙って、次に口を開く機会をうかがった。
「あのディオティマが狙っているようだね、ウツロを」
空気を呼んだ総帥が先に開口する。
「アメリカへ渡っている百色からの情報によると、ディオティマはウツロを捕らえ、みずからのモルモットにする腹づもりのようですな。バニーハート……見敵必殺および捕獲に特化したアルトラ使い……彼をいっしょに連れてくるようですぞ」
「ふん、こざかしい。死にぞこないの魔女めが。やつのことだ、あわよくばわれらをもと考えているのだろう」
「相手はいやしくも最古のアルトラ使いにして、いまや巨大な能力者の軍団をかかえております。いかがいたしましょう、閣下?」
「そうだね、さしあたり応戦の準備は万全にしておいてくれたまえ。ディオティマめ、長生きしているだけにすぎない年寄り風情が増上しおってからに」
「閣下がその気にさえなれば、いつでも始末は可能であるかと」
「ふむ、よく言ってくれたぞ蛮頭寺くん。およそあらゆるアルトラの中で、わたしのダーク・ファンタジーを越えるものなど、存在しえないであろう」
「この蛮頭寺善継、閣下という存在のおそばにはべられること、まっこと心強く思いますぞ」
「ふふっ、存在、存在か……みんな好きだよね、存在が」
「ふふっ……」
ロッキングチェアがキシリと鳴った。
「そういえば、森くんもこちらへ向かっているそうではないか。それと呼応するかのように、彼を父の仇とする少年、姫神壱騎も動き出したようだな」
「さすがは閣下、早耳ですな。森はかつて、似嵐鏡月と行動をともにしていた男なれば、すなわち……」
「ウツロとの接触をもくろんでいることは自明であるな。そして彼らが持つ古の宝剣、その名を、桜切」
「魔王桜を切りつけたという伝承があるということは、やはり……」
「うむ、おそらくディオティマは、そちらのほうにも目をつけているのであろう。彼女にとり、非常に利の多い来日ということになるな。いや、利の多さがあってこそ、来日を決断したと考えるのが妥当か」
「は、おそらくは」
「左丞相である百色くんが不在となると、蛮頭寺くん、よろしく頼むよ?」
「すでに鬼鷺大警視、囀大検事、ならびに七卿が動いております。対策はきわめて入念なれば」
「鬼堂くんが幻王によからぬ打診をしたとか」
「斑曲輪民部卿は十二分に心得ている様子。心配の必要は皆無かと」
「ややこしいことだな。正直疲れるよ、この仕事は」
「おそれながら、心にもないことを。閣下は楽しんでいらっしゃるようにお見受けしますぞ?」
「ふふっ、それでこそ右丞相である。あの鹿角も安易には信用できん。全幅の信頼を置くという意味では、やはり君だな、蛮頭寺くん?」
「もったないお言葉でございます、閣下。この蛮頭寺善継、平伏して閣下の悲願を成就する所存なれば」
「ふふ、いよいよ楽しくなってきたね」
総帥はロッキングチェアに体重を預けてリラックスした。
「ウツロよ、ディオティマよ、どこからでもかかってくるがよい。わたしがたちどころに、滅ぼしてしんぜよう。この龍影会総帥・刀隠影司がな」
眼前の卓上に端末がボヤっと光っている。
映し出されているのは、ひとりの少年の画像だった。
「早くおまえと会いたいものだな、柾樹? 刀隠の血を継ぐ者よ」
部屋の側面を支配するスクリーン。
そこに投影される魔王桜。
その存在はどこにいて、何を考えているのか。
あるいはすべて、異形の王の意思によるものなのか……
魔王桜は何も言わない。
しかし、語りかけているようにも見える。
黒い部屋にはいつまでも、大輪の桜花が舞い乱れていた――
(アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二) 了)
「は、閣下」
うしろへまとめた頭髪を傾け、蛮頭寺善継はかしずいた。
「法曹界の殺し屋」の二つ名を持つ手練れの弁護士、しかしその正体は、秘密結社・龍影会の最高幹部のひとり・右丞相である。
彼は「黒い部屋」の中で、組織のトップである総帥と会話をしていた。
「毒虫のウツロ、興味深い少年だ。鹿角や典薬頭、兵部卿たちとのやり取りだけを見てもな。これほどまでに化けるものなのだな、人間とは」
喪服を想起させるダブルのスーツを着た総帥は、ロッキングチェアをときおり軋ませながら、物思いにふけっている。
「彼の周りには、次々と人の想いが集まってきているようです。絆、むしずの走る観念ではありますが、あながち存外にもできないもののようで」
「ウツロには人をひきつける何かがあるようだ。それはひょっとすると、王者の器と呼べるものなのかもしれぬ。わたしの息子、柾樹もすっかりと懐柔されているようであるしな」
「ご子息のこと、いかがいたしましょうか? 閣下がお座りの椅子を狙っているよし」
「そうでなくてはむしろ困る。その程度の気概もないようでは、わが一族の名がすたるというものだ。わたしがかつて、実の父を手打ちにしたようにな」
「は……」
蛮頭寺善継は押し黙って、次に口を開く機会をうかがった。
「あのディオティマが狙っているようだね、ウツロを」
空気を呼んだ総帥が先に開口する。
「アメリカへ渡っている百色からの情報によると、ディオティマはウツロを捕らえ、みずからのモルモットにする腹づもりのようですな。バニーハート……見敵必殺および捕獲に特化したアルトラ使い……彼をいっしょに連れてくるようですぞ」
「ふん、こざかしい。死にぞこないの魔女めが。やつのことだ、あわよくばわれらをもと考えているのだろう」
「相手はいやしくも最古のアルトラ使いにして、いまや巨大な能力者の軍団をかかえております。いかがいたしましょう、閣下?」
「そうだね、さしあたり応戦の準備は万全にしておいてくれたまえ。ディオティマめ、長生きしているだけにすぎない年寄り風情が増上しおってからに」
「閣下がその気にさえなれば、いつでも始末は可能であるかと」
「ふむ、よく言ってくれたぞ蛮頭寺くん。およそあらゆるアルトラの中で、わたしのダーク・ファンタジーを越えるものなど、存在しえないであろう」
「この蛮頭寺善継、閣下という存在のおそばにはべられること、まっこと心強く思いますぞ」
「ふふっ、存在、存在か……みんな好きだよね、存在が」
「ふふっ……」
ロッキングチェアがキシリと鳴った。
「そういえば、森くんもこちらへ向かっているそうではないか。それと呼応するかのように、彼を父の仇とする少年、姫神壱騎も動き出したようだな」
「さすがは閣下、早耳ですな。森はかつて、似嵐鏡月と行動をともにしていた男なれば、すなわち……」
「ウツロとの接触をもくろんでいることは自明であるな。そして彼らが持つ古の宝剣、その名を、桜切」
「魔王桜を切りつけたという伝承があるということは、やはり……」
「うむ、おそらくディオティマは、そちらのほうにも目をつけているのであろう。彼女にとり、非常に利の多い来日ということになるな。いや、利の多さがあってこそ、来日を決断したと考えるのが妥当か」
「は、おそらくは」
「左丞相である百色くんが不在となると、蛮頭寺くん、よろしく頼むよ?」
「すでに鬼鷺大警視、囀大検事、ならびに七卿が動いております。対策はきわめて入念なれば」
「鬼堂くんが幻王によからぬ打診をしたとか」
「斑曲輪民部卿は十二分に心得ている様子。心配の必要は皆無かと」
「ややこしいことだな。正直疲れるよ、この仕事は」
「おそれながら、心にもないことを。閣下は楽しんでいらっしゃるようにお見受けしますぞ?」
「ふふっ、それでこそ右丞相である。あの鹿角も安易には信用できん。全幅の信頼を置くという意味では、やはり君だな、蛮頭寺くん?」
「もったないお言葉でございます、閣下。この蛮頭寺善継、平伏して閣下の悲願を成就する所存なれば」
「ふふ、いよいよ楽しくなってきたね」
総帥はロッキングチェアに体重を預けてリラックスした。
「ウツロよ、ディオティマよ、どこからでもかかってくるがよい。わたしがたちどころに、滅ぼしてしんぜよう。この龍影会総帥・刀隠影司がな」
眼前の卓上に端末がボヤっと光っている。
映し出されているのは、ひとりの少年の画像だった。
「早くおまえと会いたいものだな、柾樹? 刀隠の血を継ぐ者よ」
部屋の側面を支配するスクリーン。
そこに投影される魔王桜。
その存在はどこにいて、何を考えているのか。
あるいはすべて、異形の王の意思によるものなのか……
魔王桜は何も言わない。
しかし、語りかけているようにも見える。
黒い部屋にはいつまでも、大輪の桜花が舞い乱れていた――
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