桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
145 / 199
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第63話 ここから、また――

しおりを挟む
「めそめそ、するんじゃあ、ねえええええっ……!」

 万城目日和まきめ ひよりのほほを、ウツロの平手が打った。

 痛みがじわじわと伝わってくる。

 それと並行して、わき上がる感覚があった。

 正体のわからない、だが精神から膿が抜けていくような感覚が。

「俺を八つ裂きにしたって、おまえの父さんは帰ってこないんだぞ!? 向き合え、万城目日和! 向き合うんだ!」

 ウツロの一喝。

 万城目日和はそのまなざしに、みずからを照らし出すような輝きを見た。

「うっ、ウツロ! てめえ、開き直ってんじゃねえぞ!」

「ぐっ――!」

 トカゲは力強く、毒虫の顔面に拳を見舞った。

 そのまま馬乗りになり、ひたすらにぶん殴りつづける。

「てめえの親父が俺の親父を殺した! 俺の人生はメチャクチャだ! 責任を取れ、ウツロ! 責任をっ!」

「バカ野郎っ!」

「うぐっ――!」

 態勢を逆転し、今度はウツロのほうが殴り返す。

「何が責任だ! 無責任なやつほどそういう口をきくんだ! 自分の人生の始末くらい、自分でつけてみせろ!」

 また逆転。

「うるせえ、この偽善者が! 悟ったような口をききやがって! てめえだって蒙に沈んでたんだろうが!」

 また。

「ああ、そうさ! いまのおまえのようにな!」

 繰り返し。

「俺は昔のてめえか! 偉そうに上からしゃべりやがって!」

 以下同文。

「うるさい、この、トカゲ女!」

「なんだと、この、毒虫野郎があっ!」

 こんなふうにして、二人はずっと、取っ組み合いのケンカに興じていた。

 しかしそのうち、さすがにばててきて、コンクリートの上に寝そべったまま、動くのをやめてしまった。

 なんかもうどうでもいい、面倒くさい……

 そんな心境だった。

「はあ、はあっ……」

「ふう、ふうっ……」

 万城目日和は気がついた。

 不思議なことに、どこか心が晴れわたっていく。

 またウツロが俺に何かしたのか?

 いや、そうじゃない。

 彼女は涙を流した。

 しかしそれは、先ほどのものとは違う。

 人間としての涙――

 これが「人間になる」ってことなのか……

 悔しい、悔しいが、ウツロの気持ちが伝わってくる。

 それは決して見せかけのものではなく、まさに人間の本質としての……

「万城目日和」

「ああ?」

「ここから、また、はじめてみないか?」

「……」

「気が変わったら、いつでも俺をぶち殺せばいい。どうかな?」

「クソッタレ……」

 肯定。

 それは無理やりにではなく、ごく自然に。

 彼女はまた、深く落涙した。

「また、ここから、か……」

「……」

「ははっ、はははっ……!」

 万城目日和はなんだかおかしくなって、肩を震わせて笑いはじめた。

 ウツロはそこに、やはりかつての自分の姿を見た。

 パッパラパーになっちまえよ。

 兄・アクタがかけてくれた言葉。

 腹をかかえるトカゲの姿に、彼もいつしか破顔していた。

 ひとしきり笑い転げたあと、何かの気配に気づいた二人は、おもむろにそちらへ視線を移した。

「貴様ら……」

 倉庫の入口から、白衣の女性が彼らをにらんでいる。

 星川皐月ほしかわ さつきだ。

みやびちゃん……」

 彼女は奥にあるコンテナの上を見た。

 そしてその顔は、破裂したマグマのようにゆがんだ――

「いったい何を、さらしとんじゃあああああっ――!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...