桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第57話 異変

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 黒龍館こくりゅうかん大学医学部精神科、内閣法制局長官・黒水小鷹くろうず こだかが去ったあとの外来で。

「――っ」

 科長・星川皐月ほしかわ さつきは、コーヒーの入ったマグカップを床へ落とした。

「……」

 飛び散った陶器の破片を、彼女は不思議そうに見つめた。

「なに? この感覚……」

 胸騒ぎがする。

 わき上がってくる焦燥感に、この女医はいらついた。

「これは確か、そう、あのときと同じ……まさか……」

 デスクの上の端末が振動する。

「何よ? こんなときに……」

 ディスプレイの文字列は甍田美吉良いらかだ よしきら

 さきほどまでいた黒水小鷹と同じく、星川皐月の幼なじみだ。

 現・内閣防衛大臣、そして刀子朱利かたなご しゅりの母。

「ったく」

 彼女は端末をふんだくり、乱暴にタップした。

「美吉良、珍しいじゃない」

「皐月、湾岸の倉庫で、ウツロくんと万城目日和まきめ ひよりが戦いをはじめたわ」

「……」

 甍田美吉良の声に、女医はぼう然とした。

「問題なのはそれよりも、みやびちゃんたちが人質に取られているということ」

「は……?」

「朱利や夕真ゆうまくんまでいっしょのようだわ。わたしはいまそこに向かっている。あなたも急いで――」

 電話が切れる。

 星川皐月が話の途中で指を落としたのだ。

「そうか、なるほど……あのクソッタレ鏡月きょうげつにさらわれたときと同じ、同じ感覚……」

 端末に力がこもる。

「雅ちゃん……」

 彼女はこの世の終わりのような表情をしている。

「万城目日和……おのれえええええっ……!」

 背後から毒々しい緑色の「手」が飛び出す。

「殺してやるっ、殺してやるううううう! 万城目日和いいいいいっ!」

 手は女医の体をすっぽりと包みこみ、拳の形になった。

「雅ちゃあああああんっ!」

 診察室の窓ガラスを砕き、その手は南のほうへと飛んでいった――
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