桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第53話 果たし状

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「ん……」

 ウツロは目を覚ました。

「いっ……」

 体の節々が痛む。

 しかし、覚えのある感じが、自分の傷をやわらげていることに気がついた。

龍子りょうこ……」

 そうだ。

 刀子かたなごに龍子がさらわれて、俺は氷潟ひがたと戦って……

 そのあとの記憶はないが、おそらく俺は負けたんだろう。

 しかしそうなると、ここは……

「保健室……それにこの治療のあとは、みやびの仕事だ……」

 実際に、感覚に頼るところだけではなく、周囲から真田龍子さなだ りょうこ星川雅ほしかわ みやびのにおいがする。

 だがそれは、ウツロの鼻でもやっと捉えられる程度のものだった。

「誰も、いない……」

 暮れなずむ室内。

 自分がベッドに寝ているほかは、人気はまったくない。

 氷潟に敗北したはずの自分がなぜここにいるのかはともかく、いったい何が起こっているのか、さっぱりつかめない。

 なんだろう?

 猛烈な胸騒ぎがする……

「これは、柾樹まさきがつけている整髪剤のにおい……彼も、いたのか……?」

 南柾樹みなみ まさきの気配も感じ取り、いよいよ事態がわからなくなってくる。

 いったいなんだ?

 何が起きているというんだ?

「――っ!?」

 強烈な殺気、すぐ横からだ。

 ベッドわきのサイドボード、見覚えのある雰囲気の封筒が、ちょこんとおいてある。

「まさか、万城目日和まきめ ひより……」

 そうだ。

 以前、自分の靴箱に入れられていたものと同じもの……

 殺気の出どころはまさに、その封筒からだった。

「……」

 ウツロは震える手を黙らせ、おそるおそる封を開けた。

「これは……」

 折りたたまれたごく平凡なコピー用紙。

 生唾を飲みつつそれを開いてみる。

「……」

 彼は戦慄した、その文言に。

 前回と同じく、古風にも新聞や雑誌を切り抜いて作られた言葉。

――

ウツロ

仲間たちは預かった

湾岸の倉庫へ来い

これは

果たし状だ

――

「果たし状、だと……?」

 彼は頭を整理しようと試みた。

「落ち着け、落ち着け……」

 龍子たちは万城目日和の手にかかって、拉致されたと考えるのが妥当な線だ。

 そして、湾岸の倉庫……

 朽木市くちきしのブロック分けでいうと、現在地である黒帝こくてい高校が位置する朔良区さくらくの南、坊松区ぼうのまつく朽木湾くちきわんに面した港にある廃工場、あそこには確か、使われていない倉庫があった。

 おそらくはそこに違いない。

「早く、しなければ……」

 封筒の近くにはご丁寧に、ウツロの使っている端末も置いてあった。

「万城目日和め、いったい何を考えている……?」

 彼はそれをひったくると、ハンガーにかかっていたブレザーを着込み、床にそろえてある革靴にはきかえた。

 これも準備されたことなのかと、とても奇妙な感じがした。

「しちめんどうだ」

 昇降口へ行くのではなく、保健室の窓を開け、そこからジャンプした。

 そして夕闇迫る中、学校の門を抜け、そのまま南へと走った。

「果たし状、果たし状か……」

 万城目日和の父・優作ゆうさくは、ウツロの父・似嵐鏡月にがらし きょうげつの手にかかって殺害されている。

 似嵐鏡月が今わの際に教えた情報だ。

 おそらく、息子である自分への復讐を考えているのだろう。

 ゆえに、果たし状……

 そんなことを考えた。

「みんな、どうか無事でいてくれ……!」

 きっとこれから、おそろしいことが待っているに違いない。

 しかし、選択肢などない。

 ウツロはただ、湾岸の倉庫へ向け、ひたすらに地面を蹴った――
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