桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第35話 元帥試験

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「どうしたの? 顔が青いよ? 毒虫のウツロくん・・・・・・・・?」

 浅倉喜代蔵あさくら きよぞうが言い放ったそのセリフに、ウツロの頭は真っ白になった。

 どうしてそれを……?

 やはりこの男、組織の人間なのか……?

 彼は混乱して言葉を失った。

「そうだよ。俺は組織の人間さ。この国を実質的に支配している組織のね」

 浅倉喜代蔵はニタニタしながら言った。

 まるで心を読んでいるかのようだ。

 悟られている……

 いや、もしかしてアルトラか?

 心を読むアルトラがあったって不思議じゃない……

 くそ、この状況、いったいどうすれば……

 ウツロの思考回路はますます乱された。

「安心しな、ウツロくん。これはアルトラじゃない。俺は予想して君の考えていることを当てているだけだよ」

「……」

 見透みすかされている、俺としたことが……

 ウツロは恐怖に加え、屈辱くつじょくにも似た感情に、くちびる甘噛あまがみみした。

「俺はその組織のナンバー2、元帥げんすいというポジションにある者なんだ。身内からは『鹿角元帥ろっかくげんすい』なんて呼ばれてるけどね。とにかくいま俺は、総帥閣下そうすいかっかの命令で動いている。かしこい君なら、どういうことかわかってくれるよね?」

 ウツロは相変わらず固まったままだが、もしやと思うところがあった。

「そう、これは『試験』なんだ、ウツロくん。君が閣下のお眼鏡めがねにかなう人物かどうか、見極みきわめるためのね。あのお方は君に興味があるらしいんだ。どんな人間か、確かめてこいとのおおせでね。参謀さんぼうの立場である俺をつかわしたというわけなんだよ。ここまではオーケーかな?」

 ウツロは背筋せすじが寒くなってきた。

 それは目の前にいる中年男にではなく、『閣下』という単語に対してだった。

 日本を支配するとまでいうその組織のトップ、星川雅ほしかわ みやび述懐じゅっかいによれば、人間を抹消まっしょうしておきながら、それに気づきさえしないという怪物――

 まるで異次元だ……

 俺なんかには想像すらつかない……

 そう思うと、あまりの得体えたいの知れなさに、体が凍りついてくる。

 しかし浅倉喜代蔵は、そんなウツロのしぐさに満足そうだった。

「こわいでしょ? マジでこわいんだよ、あの人。この俺ですら、気分次第しだいでいつ消されてもおかしくないんだから。でも俺は、かれこれ10年はあの方におつかえしている。これがどういう意味かわかるかな、ウツロくん?」

 一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが恐怖をあおってくる。

 何が言いたいんだ、この男は?

 ウツロは口をひらいたまま、冷汗ひやあせらした。

「閣下もじゅうぶん、わかっているんだよ。俺に手え出したら、ただじゃすまないってことをね。つまり、閣下には負けるけど、俺もかなりヤバいってこと。何が言いたいか、わかる?」

 言いたいことはわかってきたが、いちいちあおるのはやめろ。

 いや、これも術中じゅっちゅうに落とし込むための奸計かんけいなのか?

 ウツロは生唾なまつばを飲み込んだ。

「俺はね、ウツロくん……その気になれば、次の瞬間、君をこの世から消すことができる……ひとかけらの肉も残さずにね……それくらい強力なアルトラを持ってるってことだよ」

 浅倉喜代蔵は顔を寄せ、スローモーションのように言った。

 ウツロは飲んだ生唾がのどにつかえそうな感覚におちいった。

「どうする? 虫をあやつる君の力、エクリプスで俺と勝負するかい? ここは畑だ、虫ならたくさんいるだろうねえ」

 浅倉喜代蔵はヘラヘラしている。

 いけない、このままでは飲み込まれる……

 どうする?

 この男の言うとおり、アルトラを出して戦うか?

 いや、やめたほうがいい……

 理由はわからないが、俺の体がそう言っている……

 これまでの鍛錬たんれんや戦闘の経験からなのか……

 とにかく、この男と戦うのだけは、絶対にやめろ、と……

「試験とは……」

「ん?」

「あなたは試験とおっしゃった……その内容を、教えていただきたい……!」

「……」

 乾坤一擲けんこんいってき、まさにそれだった。

 細胞が戦闘を止める以上、この男の提案を飲むしかない……

 山のように地面に食らいつく体をやっと動かし、ウツロはイチかバチかのけに出た。

「面白い……素敵だねえ、ウツロくん。そのがんばっている感じ、気に入ったよ。試験の内容はね、閣下から質問を一つ授かってきたんだ。それを君に答えてもらって、その解答に俺が満足すれば、この場で君に危害きがいを加えるようなことは、絶対にしないとちかおう。だが、もし答えが気に食わなければ……」

 浅倉喜代蔵は口角こうかくをつり上げた。

「君にはひき肉になってもらうよ?」

 その瞳孔どうこうしゅうれんするのを見て、ウツロの心臓は岩のように固まった。

 逆らってはならない、逆らえば、すなわち……

「いいかな? いいなら、その質問を言うよ?」

 ウツロは緊張で破裂はれつしそうな体をだまらせた。

「……お願いします」

 唾も飲み込めなくなった口で、そう言った。

 それを受け、浅倉喜代蔵は一拍いっぱくを置いてから、ゆっくりと口をひらいた。

「ウツロくん、君は、自分が生まれてきたことを、不幸だと思うかい?」

「……」

 意外な内容に、ウツロは驚いた。

 しかし、心の奥底おくそこからわき上がる、一つの言葉があった――

(『第36話 アップグレード』へ続く)
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