桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
101 / 181
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第19話 忍び寄る影

しおりを挟む
「どう、ウツロ? この世には、わたしたちなんかじゃ想像すらつかない世界があるんだよ?」

 星川雅ほしかわ みやびは念を押すように言った。

 ウツロはすっかりだまってしまった。

 あまりにも次元の違う、雲の上の話だったからだ。

「これ以上は話さないし、知るべきじゃない。あなたたちにもし危害きがいおよんだら、いくらなんでも心苦こころぐるしいしね」

 真田龍子さなだ りょうこも息がまるのを感じ、言葉を失っていた。

 星川雅は再びコーヒーをすすったが、その手はかすかにふるえている。

 自分で話を切り出したものの、組織の、そして『閣下かっか』のおそろしさをよく知っている立場として、戦慄せんりつかくせなかったのだ。

万城目日和まきめ ひより……」

 唐突とうとつにウツロがそう、口走くちばしった。

 星川雅と真田龍子は、ギョッとして彼のほうを見た。

「彼女からコンタクトがあった」

 ウツロはうなだれていた顔を上げ、真剣しんけん眼差まなざしで言った。

「……なんで、それを早く言わないのよ……?」

 星川雅が驚いてきき返す。

「いまの話に、気圧けおされてね」

 万城目日和まきめ ひより――

 ウツロの父・似嵐鏡月にがらし きょうげつに殺害された政治家・万城目優作まきめ ゆうさくのひとりむすめ――

 似嵐鏡月の末期まつご述懐じゅっかいによれば、彼がひそかに保護ほごし、ウツロと同じく、暗殺のすべ指南しなんしたとあった。

「万城目日和……ついに、動いたってゆうの……?」

 星川雅はおそるおそるたずねた。

「これを見てくれ」

 ウツロは先だっての『手紙』を二人の前に差し出した。

 その文面に彼女らは総毛そうけだった。

「なるほど、この『手紙』に誘導される形で、あなたは体育倉庫までやって来たってわけだね?」

「ああ」

「いったい、何が目的なのかな……わたしたちを、かくらんしたいってこと……?」

「わからない、そこまでは……何か、彼女なりの意図があるのかもしれない……」

 星川雅とウツロは、こんなふうにマジマジと『手紙』の文面ぶんめんに目をわせながら、万城目日和の思惑おもわくについて談合だんごうした。

「わたしを……」

 真田龍子がやにわに口をはさんだ。

「わたしを、助けようとしてくれたんじゃないかな……?」

 二人はポカンとした。

「わたしが傷つけられるってことは、ウツロも傷つく……生意気なまいきな考え方かもしれないけど、それをけようとしたんじゃ……」

 真田龍子は続けたが、星川雅とウツロは納得がいかない様子だ。

「龍子、悪いけれど、それはないって。万城目日和は叔父様おじさまの手にかかって、父親を殺されてるんだよ? ウツロが叔父様の実の息子だったってことも、おそらく知っているはず。ウツロににくしみを向けることはあっても、助けるだなんて……」

「龍子、すまないけれど、俺も雅に同意する。想像にすぎないけれど、万城目日和が俺のために何かをするなんてことは、ありえないと思うんだ。俺を傷つけるということは、あってもね」

 二人から食ってかかるような態度を取られ、真田龍子は萎縮いしゅくした。

「……そう、だよね……ごめん、変なこと言っちゃって……」

 彼女がシュンとしたのを見て、ウツロはあわてた。

「ご、ごめん龍子、こっちこそ……そんなつもりは、なかったんだ……」

「龍子はおひとよしすぎるよ。きにつけ、しきにつけね」

「雅、そんな言い方はないだろう」

「なによ? 珍しくわたしに同意するだなんて、せっかくいい気分だったのにさ」

 ウツロと星川雅がきなくさい雰囲気ふんいきになったので、今度は真田龍子があわてた。

「ああもう、落ち着いて二人とも。でも、こわいよね……いつおそってくるかもわからないんでしょ? その、万城目日和が……?」

 彼女は不安な気持ちを正直に吐露とろした。

「そうだね。くれぐれも油断はならないってとこだね」

 星川雅は指をあごに当てて、物思ものおもいにふけった。

 万城目日和への対策たいさくをどうするか。

 それを考えていたのだ。

「あ、そうだった……」

「なに、ウツロ?」

「これが、俺の革靴かわぐつの中にれられていたんだ」

 ウツロはくだんの『なぞ物体ぶったい』を、ブレザーのポケットから取り出して、二人にかざして見せた。

「これは、『つめ』かな……形からして、爬虫類はちゅうるいのもののようだね……」

 星川雅はマジマジとそれを見つめながら、そうべた。

「おそらく、万城目日和もアルトラ使いだ。この『爪』は、そのことを示唆しさしていると思うんだ」

 万城目日和がアルトラ使い――

 ウツロの指摘してきに、星川雅と真田龍子は戦慄を禁じえなかった。

 三人は拳大こぶしだいの大きな、するどいその『爪』に不気味さを覚えつつ、しばらく視線を離すことができなかった。

(『第20話 保健室の狂気、再び』へ続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

バーチャル女子高生

廣瀬純一
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

処理中です...