99 / 199
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第17話 プライド
しおりを挟む
体育倉庫をあとにした刀子朱利は、痛む体を黙らせながら、校舎裏へと向かった。
「……っ!?」
教職員用出入口わきの壁にもたれかかって、氷潟夕真が待っていた。
彼女が近づくと、彼はスッと目を開け、鋭い視線を送った。
「ふん、ぜんぶ『観察』してたってわけだね」
「……」
状態を維持したまま、氷潟夕真は黙っている。
「何よ? 何か言いたいことがあるんでしょ?」
「……」
相変わらず彼は沈黙している。
「ああ、もう。こっちはヘトヘトだってのに、ああイラつく……まったく、もう少しで雅のやつをぶっ殺せたってのにさ。毒虫のウツロ……あいつさえ邪魔に入らなかったらね……」
刀子朱利は正直な胸中を、幼なじみの前で吐露した。
「……敗者の弁、か」
氷潟夕真は静かに、しかしはっきりとそう言った。
「てめえ、夕真、口のきき方に気をつけろよ? もういっぺん言ってみろ、八つ裂きにしてやる……!」
「……吠えるな、負け犬がよ」
その言葉に、彼女は怒髪天に達した。
「てめえ、ぶっ殺してや……」
セリフをしゃべり終える前に、氷潟夕真の大きな手が、刀子朱利の首に食らいついていた。
「んぐ、んんん……!」
首根っこを引っつかまれたまま中空へと持ち上げられ、彼女は激しく嗚咽した。
「……こういうことだ、朱利。お前は詰めが甘すぎる……だから勝てないんだぜ、雅ごときにな……」
淡々とした口調で、彼は吐き捨てた。
だが刀子朱利の耳には、ほとんど入っていない。
呼吸が困難なあまり、体をバタつかせ、苦悶の表情を浮かべている。
「ぶはっ……!?」
灸を据えたと思ったタイミングで、氷潟夕真はスッと手を放した。
「げほっ、げほ……」
刀子朱利は酸素を取り戻そうと必死になっている。
そんな彼女を、金髪の少年は冷ややかな目線で見下ろした。
「夕真……げほっ、げほ……なにすん、だよ……」
刀子朱利は地面に伏した状態で、彼を見上げた。
その目からは苦痛の涙が垂れている。
「……朱利、お前は頭が悪いんじゃない、学習能力がなさすぎるんだ……それを伝えたかったんだよ……」
氷潟夕真は冷い表情を変えず、そう言い放った。
「何を、生意気な……」
ようやく呼吸が落ち着いてきたが、幼なじみからの通達が悔しくてしかたなかった。
それが図星であることを、彼女はわかっていたからだ。
決して認めたくはなかったが。
「……屈辱だろ? それでいい……その屈辱で、今度こそ雅を殺せばいい……」
屈折してはいるが、これが彼なりの、幼なじみへの応対だった。
彼は踵を返すと、歩き出した。
「ふん……」
刀子朱利はやっと立ち上がり、氷潟夕真の遠ざかっていく背中をにらんだ。
「わかってるし、そんなこと。次こそ雅をぶち殺す……それは確定してるんだからね?」
歩きながら彼は、心の中でため息をついた。
「……やっぱりお前、バカだよな……」
刀子朱利はギリギリと歯軋りをした。
「……ああ、そうだ……」
「な、何よ……」
氷潟夕真は突然立ち止まって、なにやら切り出した。
「……万城目日和」
「……!?」
「……ウツロと接触したようだ。お前たちが倉庫でドンパチやってるのを、わざわざ教えてやったみたいだぜ……」
刀子朱利は驚愕した。
万城目日和――
かつてウツロの父・似嵐鏡月が殺害した政治家・万城目優作のひとり娘。
実は似嵐鏡月に保護されており、ウツロと同様、暗殺のイロハを叩き込まれた。
特定生活対策室のデータベースから『失敬した』情報には、確かにそうあった。
「万城目日和、ついに動いたんだね……何が目的? ウツロやわたしたちを、かく乱したいってこと……?」
刀子朱利はのどを詰まらせながら、氷潟夕真に問いただした。
「……さあな、そこまではわからない。だが確実にいえるのは、俺たちも油断はできないってことだ……」
「ぐ……」
彼は再び歩き出した。
「待ちなさいよ、話はまだ……」
「俺の話は終わった。少なくともな……」
「く……」
大きな背中がどんどん遠ざかっていく。
「はん、どうせまた、あの南柾樹と仲良くケンカでもしようってんでしょ!? いいよねえ、かまってくれるお友達がいてさ!」
氷潟夕真は何も答えない。
彼の姿はついに、校舎の陰へと消えた。
「う……」
刀子朱利は拳を握った。
強さのあまり、血がにじんでくる。
それほどの屈辱だったのだ。
仇敵である星川雅に敗北した挙句、幼なじみの氷潟夕真にまで虚仮にされた――
「ぐ、うう……」
彼女は涙を流した。
今度は苦痛からではない。
そのプライドを、強すぎる自身のプライドを、ずたずたに引き裂かれたことによるものだった。
「ちく、しょう……」
全身を震わせ、刀子朱利は咆哮した。
「ちっく、しょおおおおおおおおおおっ……!」
その声はただ、氷潟夕真の耳にだけ届いていた。
それ以外は人気のない放課後の黄昏に、溶け込むように消えていったのだった――
(『第18話 保健室の鼎談』へ続く)
「……っ!?」
教職員用出入口わきの壁にもたれかかって、氷潟夕真が待っていた。
彼女が近づくと、彼はスッと目を開け、鋭い視線を送った。
「ふん、ぜんぶ『観察』してたってわけだね」
「……」
状態を維持したまま、氷潟夕真は黙っている。
「何よ? 何か言いたいことがあるんでしょ?」
「……」
相変わらず彼は沈黙している。
「ああ、もう。こっちはヘトヘトだってのに、ああイラつく……まったく、もう少しで雅のやつをぶっ殺せたってのにさ。毒虫のウツロ……あいつさえ邪魔に入らなかったらね……」
刀子朱利は正直な胸中を、幼なじみの前で吐露した。
「……敗者の弁、か」
氷潟夕真は静かに、しかしはっきりとそう言った。
「てめえ、夕真、口のきき方に気をつけろよ? もういっぺん言ってみろ、八つ裂きにしてやる……!」
「……吠えるな、負け犬がよ」
その言葉に、彼女は怒髪天に達した。
「てめえ、ぶっ殺してや……」
セリフをしゃべり終える前に、氷潟夕真の大きな手が、刀子朱利の首に食らいついていた。
「んぐ、んんん……!」
首根っこを引っつかまれたまま中空へと持ち上げられ、彼女は激しく嗚咽した。
「……こういうことだ、朱利。お前は詰めが甘すぎる……だから勝てないんだぜ、雅ごときにな……」
淡々とした口調で、彼は吐き捨てた。
だが刀子朱利の耳には、ほとんど入っていない。
呼吸が困難なあまり、体をバタつかせ、苦悶の表情を浮かべている。
「ぶはっ……!?」
灸を据えたと思ったタイミングで、氷潟夕真はスッと手を放した。
「げほっ、げほ……」
刀子朱利は酸素を取り戻そうと必死になっている。
そんな彼女を、金髪の少年は冷ややかな目線で見下ろした。
「夕真……げほっ、げほ……なにすん、だよ……」
刀子朱利は地面に伏した状態で、彼を見上げた。
その目からは苦痛の涙が垂れている。
「……朱利、お前は頭が悪いんじゃない、学習能力がなさすぎるんだ……それを伝えたかったんだよ……」
氷潟夕真は冷い表情を変えず、そう言い放った。
「何を、生意気な……」
ようやく呼吸が落ち着いてきたが、幼なじみからの通達が悔しくてしかたなかった。
それが図星であることを、彼女はわかっていたからだ。
決して認めたくはなかったが。
「……屈辱だろ? それでいい……その屈辱で、今度こそ雅を殺せばいい……」
屈折してはいるが、これが彼なりの、幼なじみへの応対だった。
彼は踵を返すと、歩き出した。
「ふん……」
刀子朱利はやっと立ち上がり、氷潟夕真の遠ざかっていく背中をにらんだ。
「わかってるし、そんなこと。次こそ雅をぶち殺す……それは確定してるんだからね?」
歩きながら彼は、心の中でため息をついた。
「……やっぱりお前、バカだよな……」
刀子朱利はギリギリと歯軋りをした。
「……ああ、そうだ……」
「な、何よ……」
氷潟夕真は突然立ち止まって、なにやら切り出した。
「……万城目日和」
「……!?」
「……ウツロと接触したようだ。お前たちが倉庫でドンパチやってるのを、わざわざ教えてやったみたいだぜ……」
刀子朱利は驚愕した。
万城目日和――
かつてウツロの父・似嵐鏡月が殺害した政治家・万城目優作のひとり娘。
実は似嵐鏡月に保護されており、ウツロと同様、暗殺のイロハを叩き込まれた。
特定生活対策室のデータベースから『失敬した』情報には、確かにそうあった。
「万城目日和、ついに動いたんだね……何が目的? ウツロやわたしたちを、かく乱したいってこと……?」
刀子朱利はのどを詰まらせながら、氷潟夕真に問いただした。
「……さあな、そこまではわからない。だが確実にいえるのは、俺たちも油断はできないってことだ……」
「ぐ……」
彼は再び歩き出した。
「待ちなさいよ、話はまだ……」
「俺の話は終わった。少なくともな……」
「く……」
大きな背中がどんどん遠ざかっていく。
「はん、どうせまた、あの南柾樹と仲良くケンカでもしようってんでしょ!? いいよねえ、かまってくれるお友達がいてさ!」
氷潟夕真は何も答えない。
彼の姿はついに、校舎の陰へと消えた。
「う……」
刀子朱利は拳を握った。
強さのあまり、血がにじんでくる。
それほどの屈辱だったのだ。
仇敵である星川雅に敗北した挙句、幼なじみの氷潟夕真にまで虚仮にされた――
「ぐ、うう……」
彼女は涙を流した。
今度は苦痛からではない。
そのプライドを、強すぎる自身のプライドを、ずたずたに引き裂かれたことによるものだった。
「ちく、しょう……」
全身を震わせ、刀子朱利は咆哮した。
「ちっく、しょおおおおおおおおおおっ……!」
その声はただ、氷潟夕真の耳にだけ届いていた。
それ以外は人気のない放課後の黄昏に、溶け込むように消えていったのだった――
(『第18話 保健室の鼎談』へ続く)
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる