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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第4話 ウツロにまつわる略奪宣言
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「わたしも佐伯くんが、好き」
刀子朱利はウツロの唇を奪った。
「――っ!?」
はち切れそうな制服の谷間が、彼の腕にこすりつけられる。
ウツロは反射的に後ろへ跳躍した。
「……」
口を手で覆う。
衆目の場での大胆きわまる行動に、彼は困惑した。
「……ば、朱利っ! なにやってんだよ!?」
「うるさいなー、瑞希。中学の同級生じゃなきゃ、ぶっ殺してるとこだよ?」
「な……」
長谷川瑞希がとがめたが、刀子朱利はそれをおそろしい言い回しで弾き返した。
にらんでくる顔に不敵な笑みで返礼する。
「刀子さん」
日下部百合香が前に出た。
彼女は腕を組んで、冷静な眼差しを送っている。
「あなたが何を思い、どう行動するかは、あなたの自由だけれど、こういう公共の場で、あまり『やんちゃ』は、よろしくなくてよ?」
「ふん……」
先輩からの静かな威圧に、刀子朱利は「気に食わない」という顔をした。
「はーい、すみませんでした、日下部せんぱーい。でも」
「――?」
わざとらしく両手を挙げ、「参りました」というしぐさをしたが、
「あんまりわたしを怒らせると、先輩の弱みとか、握っちゃうかも、ね?」
「……」
実質的に脅迫する言葉を吐いた。
ひらりと後ろに手を組みなおして、前のめりの姿勢から、日下部百合香の顔を見上げ、なめるようにニヤニヤとのぞきこむ。
狂気をチラつかせられたことに、心中こそ穏やかではなかった。
だが日下部百合香は、負けじと眼下の不気味な少女に、戒めの視線を送りつづけた。
「ぷっ! やだなー、冗談ですよー! そんなこわい顔しないで。ああ、みんなもさー! あ、そうそう、授業が始まっちゃうー。さ、さ、みんな、急がなきゃねー」
刀子朱利は肩を揺らせてケラケラと笑った。
「じゃ、お先にー。あ、そうだ、真田さん」
「……」
彼女は真田龍子を見て、
「佐伯くんは、わたしがもらうからね?」
そう言ってもう一度、不敵にほほえんだ。
顔は笑っているが、その目は明らかに、真田龍子を見下していた。
「わーい、遅れうっ」
そのまま何事もなかったように体を翻して、その場をあとにした。
ウツロは遠ざかっていく彼女の背中を見つめた。
刀子朱利……
もしかして俺を、『値踏み』したのか……?
彼は気づいていた。
あの赤毛の少女が自分に接触するとき、ほんの一瞬だけ見せた鋭い殺気に。
あれは常人のものではない。
人間を殺傷すること、それが体に染みついている者だけが放つことのできるものだ……
刀子朱利……
いったい彼女は、何者なんだ……?
ウツロは先ほど受けた辱めよりも、それが気になってしかたがなかった。
いっぽう、真田龍子は沈黙していた。
ウツロにキスを……
わたしのウツロに……
こんな侮辱があるだろうか?
しかもあの女はそれを恥じることもなく、むしろ逆に『宣戦布告』をした。
わたしのウツロを、わたしから奪う――
そう『宣言』したんだ……
刀子朱利、許さない……
わたしのウツロを、よくも、よくも……
このように真田龍子は彼女にしては珍しく、嫉妬の炎をメラメラと燃えたぎらせたのだった。
「なんなの、あいつ、頭おかしいんじゃない? あ、龍子、あんなやつのこと、気にしなくていいから……」
「いや、瑞希、わたしは平気だから……でも、ありがとう……」
真田龍子は人格を疑われまいと、必死で気丈にふるまった。
「ったく、昔からああいうとこあるんだよね。ネジがぶっ飛んでるっていうかさ。きっと母親が現役の防衛大臣なのを、鼻にかけてるんだよ」
長谷川瑞希は気を使って、真田龍子の気持ちを落ち着かせようと、口を動かした。
「刀子さんのお母さん……防衛大臣って、甍田美吉良大臣のこと?」
「ああ、そうなんです。『刀子』は母方の姓らしくて……なんでそれを名乗ってるのかは、わからないけど……あ、でも……なんでも、古流武術だかなんだかを、継承してるって家らしくて……」
彼女は流されるまま、なじみの少女の素性を話した。
「そういえばあなたたちのクラスに、もうひとり閣僚か官僚のお子さんがいなかったかしら?」
「ああ、夕真のことですね? 確か彼の父親は、えーと……内閣官房室長? だかをやってる人で……」
「氷潟夕慶でしょ? 名前が似てるから、もしかしたらと思っていたんだけれど。とんでもないサラブレッドなのね」
「二人とも幼なじみらしいですね。わたしは中学校でいっしょで、そこからしか知らないけど、あんまり仲いいって感じでもなかったですよ」
会話はいつの間にか、刀子朱利と氷潟夕真の話題へとシフトしていた。
「おほん、諸君」
「うわっ!?」
音楽教師・古河登志彦の咳払いに、一同はびっくりしてわれに返った。
「うわっ、じゃないよ。なんだか先生、傷つくなー。ほらほら、授業が始まっちゃうよ? 今日も一日、勉学にいそしみたまえ。さあ、行った行った」
彼は残った者たちへ音楽室からの退室を促した。
「真田、行こう」
「あ、うん、佐伯……」
ウツロは真田龍子の手を掴んだ。
「……」
その手は小刻みに震えていた。
「長谷川さん、わたしたちも行きましょう?」
「え、あ、はい、先輩……」
四人は連れ立つように、音楽室をあとにした。
(『第5話 校舎裏の会話』へ続く)
刀子朱利はウツロの唇を奪った。
「――っ!?」
はち切れそうな制服の谷間が、彼の腕にこすりつけられる。
ウツロは反射的に後ろへ跳躍した。
「……」
口を手で覆う。
衆目の場での大胆きわまる行動に、彼は困惑した。
「……ば、朱利っ! なにやってんだよ!?」
「うるさいなー、瑞希。中学の同級生じゃなきゃ、ぶっ殺してるとこだよ?」
「な……」
長谷川瑞希がとがめたが、刀子朱利はそれをおそろしい言い回しで弾き返した。
にらんでくる顔に不敵な笑みで返礼する。
「刀子さん」
日下部百合香が前に出た。
彼女は腕を組んで、冷静な眼差しを送っている。
「あなたが何を思い、どう行動するかは、あなたの自由だけれど、こういう公共の場で、あまり『やんちゃ』は、よろしくなくてよ?」
「ふん……」
先輩からの静かな威圧に、刀子朱利は「気に食わない」という顔をした。
「はーい、すみませんでした、日下部せんぱーい。でも」
「――?」
わざとらしく両手を挙げ、「参りました」というしぐさをしたが、
「あんまりわたしを怒らせると、先輩の弱みとか、握っちゃうかも、ね?」
「……」
実質的に脅迫する言葉を吐いた。
ひらりと後ろに手を組みなおして、前のめりの姿勢から、日下部百合香の顔を見上げ、なめるようにニヤニヤとのぞきこむ。
狂気をチラつかせられたことに、心中こそ穏やかではなかった。
だが日下部百合香は、負けじと眼下の不気味な少女に、戒めの視線を送りつづけた。
「ぷっ! やだなー、冗談ですよー! そんなこわい顔しないで。ああ、みんなもさー! あ、そうそう、授業が始まっちゃうー。さ、さ、みんな、急がなきゃねー」
刀子朱利は肩を揺らせてケラケラと笑った。
「じゃ、お先にー。あ、そうだ、真田さん」
「……」
彼女は真田龍子を見て、
「佐伯くんは、わたしがもらうからね?」
そう言ってもう一度、不敵にほほえんだ。
顔は笑っているが、その目は明らかに、真田龍子を見下していた。
「わーい、遅れうっ」
そのまま何事もなかったように体を翻して、その場をあとにした。
ウツロは遠ざかっていく彼女の背中を見つめた。
刀子朱利……
もしかして俺を、『値踏み』したのか……?
彼は気づいていた。
あの赤毛の少女が自分に接触するとき、ほんの一瞬だけ見せた鋭い殺気に。
あれは常人のものではない。
人間を殺傷すること、それが体に染みついている者だけが放つことのできるものだ……
刀子朱利……
いったい彼女は、何者なんだ……?
ウツロは先ほど受けた辱めよりも、それが気になってしかたがなかった。
いっぽう、真田龍子は沈黙していた。
ウツロにキスを……
わたしのウツロに……
こんな侮辱があるだろうか?
しかもあの女はそれを恥じることもなく、むしろ逆に『宣戦布告』をした。
わたしのウツロを、わたしから奪う――
そう『宣言』したんだ……
刀子朱利、許さない……
わたしのウツロを、よくも、よくも……
このように真田龍子は彼女にしては珍しく、嫉妬の炎をメラメラと燃えたぎらせたのだった。
「なんなの、あいつ、頭おかしいんじゃない? あ、龍子、あんなやつのこと、気にしなくていいから……」
「いや、瑞希、わたしは平気だから……でも、ありがとう……」
真田龍子は人格を疑われまいと、必死で気丈にふるまった。
「ったく、昔からああいうとこあるんだよね。ネジがぶっ飛んでるっていうかさ。きっと母親が現役の防衛大臣なのを、鼻にかけてるんだよ」
長谷川瑞希は気を使って、真田龍子の気持ちを落ち着かせようと、口を動かした。
「刀子さんのお母さん……防衛大臣って、甍田美吉良大臣のこと?」
「ああ、そうなんです。『刀子』は母方の姓らしくて……なんでそれを名乗ってるのかは、わからないけど……あ、でも……なんでも、古流武術だかなんだかを、継承してるって家らしくて……」
彼女は流されるまま、なじみの少女の素性を話した。
「そういえばあなたたちのクラスに、もうひとり閣僚か官僚のお子さんがいなかったかしら?」
「ああ、夕真のことですね? 確か彼の父親は、えーと……内閣官房室長? だかをやってる人で……」
「氷潟夕慶でしょ? 名前が似てるから、もしかしたらと思っていたんだけれど。とんでもないサラブレッドなのね」
「二人とも幼なじみらしいですね。わたしは中学校でいっしょで、そこからしか知らないけど、あんまり仲いいって感じでもなかったですよ」
会話はいつの間にか、刀子朱利と氷潟夕真の話題へとシフトしていた。
「おほん、諸君」
「うわっ!?」
音楽教師・古河登志彦の咳払いに、一同はびっくりしてわれに返った。
「うわっ、じゃないよ。なんだか先生、傷つくなー。ほらほら、授業が始まっちゃうよ? 今日も一日、勉学にいそしみたまえ。さあ、行った行った」
彼は残った者たちへ音楽室からの退室を促した。
「真田、行こう」
「あ、うん、佐伯……」
ウツロは真田龍子の手を掴んだ。
「……」
その手は小刻みに震えていた。
「長谷川さん、わたしたちも行きましょう?」
「え、あ、はい、先輩……」
四人は連れ立つように、音楽室をあとにした。
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