68 / 199
第1作 桜の朽木に虫の這うこと
第67話 絶体絶命
しおりを挟む
「くく、ウツロ……これからわしは、いったい何をすると思う?」
山犬・似嵐鏡月は、その大きな手をゆっくりと握りしめた。
「あああああっ!」
体を圧迫され、真田龍子は苦しみに絶叫した。
「ああっ、真田さんっ!」
「お師匠様っ、おやめくださいっ!」
ウツロもアクタも叫んだ。
「ふふ、ウツロ。お前、この女に惚れただろ? 気づかないとでも思ったのか? こいつのことを考えていると体がムラムラする、そうだろう?」
「う……」
「こいつをいま、お前の目の前で八つ裂きにしてやったら、さぞ面白いだろうなあ?」
拳の中で悶え苦しむ少女の姿に、山犬は下卑た表情で舌をなめた。
「あっ……があああああっ!」
似嵐鏡月はなおも、真田龍子を手の中で弄ぶ。
そのたびに彼女の顔は、痛みのあまり苦悶にゆがんだ。
「あはは、楽しいなあ、お前で遊ぶのは。弟を苦しめる邪悪な姉め。その痛みを刻みこんでくれる。ゆっくり、たっぷりとな」
「あ……あ……」
蹂躙に次ぐ蹂躙によって、真田龍子はもう限界だった。
大きな親指に頭をもたげ、いまにも事切れてしまいそうだ。
「や……やめ……もう……」
ウツロとてもう限界だった。
似嵐鏡月からの指摘、真田龍子を愛している――
そうだ、そのとおりだ。
認める、そうなんだ。
俺は彼女を、真田さんを愛しているんだ……
奇しくもではあるが、この陵辱劇によって、ウツロはやっとその事実を認識したのだ。
だからこそ、その愛した相手・真田龍子が、このような辱めをこれ以上与えられるのは耐えられない、とうてい――
もう破れかぶれだ。
このときウツロは理屈ではなく、彼としては珍しく、本能のおもむくままに行動した。
「うっ……うおおおおおっ……!」
「ああん?」
まさしく体当たり――
それをウツロは、自分を呪う「愛する存在」へ向け、行おうとした。
「寄るな、毒虫っ!」
「ぐおっ!?」
しかし突進してきた彼を、山犬はその大きな足で、軽々と蹴り上げた。
ウツロはくるくると回転しながら、地面を転がった。
「ウツロっ! なんてことを、お師匠様……!」
「ふん、『ゴミ』は黙ってろ。お前には何もできん」
アクタの気づかいも、似嵐鏡月はためらわず、はねのけた。
「うっ……ぐっ……ううっ……うううううっ……」
あまりのショックに、ウツロはすっかり打ちひしがれて、その場にうずくまってしまった。
無力だ、あまりにも。
俺には、何もできない。
愛する人が、真田さんが目の前で、苦しみ喘いでいるというのに。
助けてもやれない、何もしてやれない。
無力だ、俺は、俺は……
「あはは、楽しいなあ。ウツロ、お前をいじめるのは。自分は無力だ、そう考えているのだろう? そのとおりだな。愛する女のひとりもお前は守れんのだ。あまりにも無力、ああ、悲劇的だなあ」
「う……ぐ……ぐううううう……」
「ふん、苦しいか? 自分の矮小さあまって? 頭がおかしくなりそうだろ? なってしまえ。そのままこの場で、壊れてしまえ!」
形容しがたい暴虐。
こんな仕打ちが果たして許されるのか?
ウツロに地獄の苦しみを与えているのは誰あろう、血のつながった『実の父親』なのだ。
「……お師匠様……もう……おやめください……」
アクタはひたすら制止を試みる。
無理だとわかっていても――
もはや、この狂った山犬を、自分たちを憎悪する「父」を止められるのは、「俺」しか残っていないのだ。
「黙れと言っておろうが、『ゴミ』め。貴様もウツロと同じ、無力な存在よ。弟が発狂するところを、指でも咥えて見ているがいい。そのあとはひとおもいに、仲良く殺してやる」
「う……」
苦しかった、アクタは苦しかった。
つらい、死ぬほどつらい。
だがそれはウツロだって、いや、ウツロのほうが、ずっとつらいはずだ。
こんなに憎まれて、その存在を否定されて――
俺しかいない、やれるのは俺しかいない。
もう俺しか、ウツロを守れるのは、俺しか――
「う……う……」
「ウツロ、そのかっこう、最高の構図だぞ? 醜い毒虫、おぞましいその存在にふさわしい最期だ、実にな。アクタよ、お前も災難だな。バカな弟を持って……!」
アクタの中で、何かが切れた。
こんなやつに?
こんなやつに俺らは?
いや、俺なんかどうでもいい。
ウツロが、俺の弟が、こんな侮辱を受けている……
もう、後先なんかどうでもいい。
俺は守る、ウツロを守る、弟を、守る――!
「ウツロ」
アクタの呟きに、うずくまっていたウツロは、嗚咽を抑えながら、声のするほうに首を傾けた。
「……お前は……何がなんでも……生きろ……!」
ウツロははじめ、言っているその意味がわからなかった。
だが、決然とした面持ちで立ち上がるアクタに、その覚悟を背負った姿に、胸騒ぎがわき起こった。
おそろしい、何かとんでもなくおそろしいことが起ころうとしている、その前触れを感じたのだ。
アクタは凛然と立ち上がり、そびやかすその肩で、大見得を切った――
「……俺が相手だ、クソ親父……!」
(『第68話 兄として――』へ続く)
山犬・似嵐鏡月は、その大きな手をゆっくりと握りしめた。
「あああああっ!」
体を圧迫され、真田龍子は苦しみに絶叫した。
「ああっ、真田さんっ!」
「お師匠様っ、おやめくださいっ!」
ウツロもアクタも叫んだ。
「ふふ、ウツロ。お前、この女に惚れただろ? 気づかないとでも思ったのか? こいつのことを考えていると体がムラムラする、そうだろう?」
「う……」
「こいつをいま、お前の目の前で八つ裂きにしてやったら、さぞ面白いだろうなあ?」
拳の中で悶え苦しむ少女の姿に、山犬は下卑た表情で舌をなめた。
「あっ……があああああっ!」
似嵐鏡月はなおも、真田龍子を手の中で弄ぶ。
そのたびに彼女の顔は、痛みのあまり苦悶にゆがんだ。
「あはは、楽しいなあ、お前で遊ぶのは。弟を苦しめる邪悪な姉め。その痛みを刻みこんでくれる。ゆっくり、たっぷりとな」
「あ……あ……」
蹂躙に次ぐ蹂躙によって、真田龍子はもう限界だった。
大きな親指に頭をもたげ、いまにも事切れてしまいそうだ。
「や……やめ……もう……」
ウツロとてもう限界だった。
似嵐鏡月からの指摘、真田龍子を愛している――
そうだ、そのとおりだ。
認める、そうなんだ。
俺は彼女を、真田さんを愛しているんだ……
奇しくもではあるが、この陵辱劇によって、ウツロはやっとその事実を認識したのだ。
だからこそ、その愛した相手・真田龍子が、このような辱めをこれ以上与えられるのは耐えられない、とうてい――
もう破れかぶれだ。
このときウツロは理屈ではなく、彼としては珍しく、本能のおもむくままに行動した。
「うっ……うおおおおおっ……!」
「ああん?」
まさしく体当たり――
それをウツロは、自分を呪う「愛する存在」へ向け、行おうとした。
「寄るな、毒虫っ!」
「ぐおっ!?」
しかし突進してきた彼を、山犬はその大きな足で、軽々と蹴り上げた。
ウツロはくるくると回転しながら、地面を転がった。
「ウツロっ! なんてことを、お師匠様……!」
「ふん、『ゴミ』は黙ってろ。お前には何もできん」
アクタの気づかいも、似嵐鏡月はためらわず、はねのけた。
「うっ……ぐっ……ううっ……うううううっ……」
あまりのショックに、ウツロはすっかり打ちひしがれて、その場にうずくまってしまった。
無力だ、あまりにも。
俺には、何もできない。
愛する人が、真田さんが目の前で、苦しみ喘いでいるというのに。
助けてもやれない、何もしてやれない。
無力だ、俺は、俺は……
「あはは、楽しいなあ。ウツロ、お前をいじめるのは。自分は無力だ、そう考えているのだろう? そのとおりだな。愛する女のひとりもお前は守れんのだ。あまりにも無力、ああ、悲劇的だなあ」
「う……ぐ……ぐううううう……」
「ふん、苦しいか? 自分の矮小さあまって? 頭がおかしくなりそうだろ? なってしまえ。そのままこの場で、壊れてしまえ!」
形容しがたい暴虐。
こんな仕打ちが果たして許されるのか?
ウツロに地獄の苦しみを与えているのは誰あろう、血のつながった『実の父親』なのだ。
「……お師匠様……もう……おやめください……」
アクタはひたすら制止を試みる。
無理だとわかっていても――
もはや、この狂った山犬を、自分たちを憎悪する「父」を止められるのは、「俺」しか残っていないのだ。
「黙れと言っておろうが、『ゴミ』め。貴様もウツロと同じ、無力な存在よ。弟が発狂するところを、指でも咥えて見ているがいい。そのあとはひとおもいに、仲良く殺してやる」
「う……」
苦しかった、アクタは苦しかった。
つらい、死ぬほどつらい。
だがそれはウツロだって、いや、ウツロのほうが、ずっとつらいはずだ。
こんなに憎まれて、その存在を否定されて――
俺しかいない、やれるのは俺しかいない。
もう俺しか、ウツロを守れるのは、俺しか――
「う……う……」
「ウツロ、そのかっこう、最高の構図だぞ? 醜い毒虫、おぞましいその存在にふさわしい最期だ、実にな。アクタよ、お前も災難だな。バカな弟を持って……!」
アクタの中で、何かが切れた。
こんなやつに?
こんなやつに俺らは?
いや、俺なんかどうでもいい。
ウツロが、俺の弟が、こんな侮辱を受けている……
もう、後先なんかどうでもいい。
俺は守る、ウツロを守る、弟を、守る――!
「ウツロ」
アクタの呟きに、うずくまっていたウツロは、嗚咽を抑えながら、声のするほうに首を傾けた。
「……お前は……何がなんでも……生きろ……!」
ウツロははじめ、言っているその意味がわからなかった。
だが、決然とした面持ちで立ち上がるアクタに、その覚悟を背負った姿に、胸騒ぎがわき起こった。
おそろしい、何かとんでもなくおそろしいことが起ころうとしている、その前触れを感じたのだ。
アクタは凛然と立ち上がり、そびやかすその肩で、大見得を切った――
「……俺が相手だ、クソ親父……!」
(『第68話 兄として――』へ続く)
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる