桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第36話 脱出

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 気配けはいを殺しながら廊下ろうかしのあしに、ウツロは二階中央までやってきた。

 朽木市くちきし描写びょうしゃした、くだんの絵地図えちずに目をらす。

 人首山しとかべやま――

 アクタが「口寄くちよせ」によって指定した場所が、そこだった。

 いったい、どこにある?

 彼は絵地図になめるような視線を送って、その名前をさがした。

 あった――

 人首山、斑曲輪区ぶちくるわくの北、そこにそびえる連峰れんぽう一角いっかくにある。

 朽木市のブロック分けでいうと、現在地である蛮頭寺区ばんとうじくの上が六車輪区ろくしゃりんく、さらにその上だ。

 ここからなら西側にしがわ山伝やまづたいに北上ほくじょうすれば、縮尺しゅくしゃくからかんがみても、おれの足なら一時間ほどでけるはずだ。

 山歩やまあるきのほうがれているし、街の中をとおるのはあまりにも危険だ。

 よし、そうとわかれば。

 いや、待てよ……

 ウツロにはひとつ心当たりがあった。

 静かに階段を降り、彼は医務室へと向かった。

 ぐちの外から中の気配をさぐる。

 誰もいない……

 慎重しんちょうに、物音ものおとを立てないよう配慮はいりょして、中へと侵入しんにゅうする。

 ウツロが最初にいた場所、横になっていたベッドの真向かいのデスク。

 きれいに整頓せいとんされたその周囲を確認する。

「……!」

 やはり、ここだったか――

 デスクと壁の拳大こぶしだい隙間すきまに、彼の黒刀こくとうななめに立てかけられていた。

 あの女、星川雅ほしかわ みやびの考えそうな場所。

 俺にとって一番の盲点もうてんかくしていたな。

 師・似嵐鏡月にがらし きょうげつからたまわった大事な刀。

 これだけはどうしても、捨ておくことはできない。

 彼はそっと、黒刀を隠し場所から抜き取った。

 さて、あとはここを出るのみ……

 これもやはり心当たりがあった。

 次に彼は、反対側の食堂へと向かった。

 表玄関おもてげんかんから外へ出れば、さすがに人目ひとめにつくだろう。

 あの食堂は建物の北側にあった。

 そこなら地理的に山側にも近い。

 ウツロは感覚器官を駆使くしして、自分の気配は殺し、かつ他者の気配は最大限ひろいながら、食堂へと足をれた。

 テラスのかぎは下に降ろすタイプで、容易よういに開けることができた。

 なんだかぎゃく気味きみが悪い。

 こと順調じゅんちょうに運びすぎではないか?

 これではまるで、脱出してくださいと言っているような感じだ。

 しかしそうだとしても、いまは詮索せんさくしているひまなどない。

 アクタが、お師匠様が、待ってくれているのだ――

 ウツロはくだんの人工庭園じんこうていえんに入り、左奥ひだりおくの松の木へよじのぼって、そのまま高い白壁しろかべを強くった。

 この様子をつぶさに観察していたかげが、食堂の入り口から姿をあらわした。

 星川雅――

 彼女だ。

 開いたドアに体をあずけ、口もとに指をわせながら、彼女は思案しあんしていた。

 さあ、どうするか……

 雅樹まさき龍子りょうこに知らせていたのでは時間を食ってしまうし、だいいち、面白くない・・・・・

 最高の選択肢せんたくし、それをチョイスしてあげる。

 わたしのウツロ・・・・・・・

 邪悪なみをかべ、星川雅はペロリと舌をなめた。

   *

「ウツロくん、服をつくろってみたんだけど……あれ?」

 開いたままのドアから真田龍子さなだ りょうこが顔をのぞかせたとき、当然中はもぬけのからだった。

「トイレかな?」

 気になって部屋へ入った彼女の目に、テーブルの上にある書置かきおきがまった。

「これは、雅の字?」

 ウツロくんが人首山へ呼び出された

 わたしは先に後を追う

 龍子、柾樹、早く来て

「たいへん……」

 開け放したドアを不審ふしんに思った南柾樹みなみ まさきが顔を出した。

「龍子、どうした?」

「柾樹、これっ!」

「マジかよ……」

 文面ぶんめん戦慄せんりつすると同時に、二人は胸騒むなさわぎを禁じえなかった。

「何か、いやな予感がする……」

「ああ、俺もだ。急ごうぜ!」

 あわてた二人は、ドアを閉めるのも忘れ、その場を後にした。

 階段から転げるように降りていったあと、向かいの部屋のドアが、静かに開いた――

(『第37話 再会』へ続く)
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