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第1作 桜の朽木に虫の這うこと
第33話 奴隷道徳
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どれくらい時間が経っただろうか。
ドアをノックする音に、ウツロはもたげていた首を、そちらへと向けた。
「うぃー、いるかー?」
「柾樹……」
「入ってもいいか? 暇だから話でもしようぜ」
「どうぞ……」
入室した南柾樹はウツロの様子を一瞥して、一抹の不安に駆られた。
「どうした? うずくまって。またなんか、考えてたのか?」
「うん、ちょっとね……」
真田龍子の名前を挙げることはしなかった。
それは彼女への配慮でもあり、南柾樹への配慮でもある。
南柾樹自身は、「何かあったのでは?」と考えつつ、やはりウツロに配慮して、触れることはしなかった。
「邪魔するぜ」
彼はのっそりと中に入ってきて、敷布団の上にうずくまっているウツロの隣に腰かけた。
気の重さが肉体的な動きに出てしまっているが、今回ばかりはウツロに悟る余裕はなかった。
視線を合わせようとしない彼を横目に、どう切り出そうかと、南柾樹は少し念慮した。
「柾樹の料理、すごくうまかったよ」
「おお、気に入ってくれてうれしいぜ」
ウツロは気を使って先に声をかけたが、無理をしているので機械的な口調になっている。
南柾樹は合わせたものの、これでは身を案じるなというほうが難しい。
どうしたものかとためらっていると、またウツロがおせっかいで先に声をかけた。
「いいネギだったね」
「朽木市名産のブランド『朽木ねぎ』だ。ネギ、好きなのか、お前?」
「俺がいた隠れ里でも、ネギを栽培していたんだ。アクタと一緒に種から育てて、収穫して、料理や薬味に使っていた」
「アクタってやつのことになると饒舌になるんだな。お前のダチなんだっけ?」
「アクタとは物心つく前から、ともにお師匠様に育てていただき、切磋琢磨し合った仲なんだ。兄弟同然だと思っている」
「そう、か……」
物思いに耽っている彼に、南柾樹は一瞬、毒づきかけたけれど、自前の料理を評価してもらったこともあり、刺激するのは一応、避けることにした。
ウツロはといえば、アクタの話題を切り出したのがきっかけで、自分たちの生い立ちを思い出し、先ほどの真田龍子の件も忘れて、くだんの自己否定が発動した。
「アクタも俺も、肉親に捨てられた。俺は憎い、俺を捨てた親が、俺を廃棄した世界が」
「……」
彼は正直な気持ちを吐露した。
しかし話には続きがある――
そう感じた南柾樹は、ウツロの思いのたけを聞いてやろうと思い、あえて口は挟まなかった。
「だけど、ここに来てから……柾樹、お前や、真田さんたちに出会ってから……うまく言えないけれど、揺らいできているんだ。俺は人間とは、総じて悪い存在だとばかり思っていた。でも、ここで……お前たちと出会ってから……自分の考えていたことは、その……間違っていたんじゃないかって……」
「……」
ウツロは丸くした体をさらに締めつけるように、自身の葛藤を伝えた。
彼は身悶えるのを必死に抑えている。
「頭が混乱するんだ、わからなくて……人間とはいったい、何なのか……それを考えていると……」
苦しみを吐き出したウツロ。
南柾樹は、すぐ隣で震える同世代の少年に、最大限の配慮を試みようとした。
「……俺、頭わりいから、うまく言えねえけど……そんな、難しく考えなくても、いいんじゃねえか? なんつーか、同じ考えるなら、これまでのことより、これからのことをさ」
この言葉にウツロはカチンときた。
もちろん、南柾樹に悪意はない。
それどころか、直情的な性格を押して、彼としては言葉を選んだのだ。
しかし認識の不一致とはおそろしいもので、ウツロは自分のことを、自分の人生を、あるいは存在そのものを、否定されたような気がしたのだ。
彼は隣に座る少年に、憎悪の眼差しを向けた。
「……何がわかる、お前に……俺は捨てられた、廃棄された……この世にいらない、必要ない存在なんだ……この苦しみがわかるか? お前なんかに……俺はきっと、生きている限り、この苦しみと、戦っていかなくちゃならないんだぞ!?」
この態度に、今度は南柾樹が切れた。
しかし今回ばかりは、彼のほうがまだ冷静だった。
この「ガキ」にものを教えてやる――
そう決意した。
「俺だってそうさ」
「……?」
何を言っているんだ?
いったいどういう意味だ?
ウツロは南柾樹の口走った文言の意味を理解しかねた。
南柾樹は大柄な体躯を少しウツロのほうへ寄せて、重く口を開いた。
「俺も、孤児なんだよ……」
(『第34話 怪物の呻き』へ続く)
ドアをノックする音に、ウツロはもたげていた首を、そちらへと向けた。
「うぃー、いるかー?」
「柾樹……」
「入ってもいいか? 暇だから話でもしようぜ」
「どうぞ……」
入室した南柾樹はウツロの様子を一瞥して、一抹の不安に駆られた。
「どうした? うずくまって。またなんか、考えてたのか?」
「うん、ちょっとね……」
真田龍子の名前を挙げることはしなかった。
それは彼女への配慮でもあり、南柾樹への配慮でもある。
南柾樹自身は、「何かあったのでは?」と考えつつ、やはりウツロに配慮して、触れることはしなかった。
「邪魔するぜ」
彼はのっそりと中に入ってきて、敷布団の上にうずくまっているウツロの隣に腰かけた。
気の重さが肉体的な動きに出てしまっているが、今回ばかりはウツロに悟る余裕はなかった。
視線を合わせようとしない彼を横目に、どう切り出そうかと、南柾樹は少し念慮した。
「柾樹の料理、すごくうまかったよ」
「おお、気に入ってくれてうれしいぜ」
ウツロは気を使って先に声をかけたが、無理をしているので機械的な口調になっている。
南柾樹は合わせたものの、これでは身を案じるなというほうが難しい。
どうしたものかとためらっていると、またウツロがおせっかいで先に声をかけた。
「いいネギだったね」
「朽木市名産のブランド『朽木ねぎ』だ。ネギ、好きなのか、お前?」
「俺がいた隠れ里でも、ネギを栽培していたんだ。アクタと一緒に種から育てて、収穫して、料理や薬味に使っていた」
「アクタってやつのことになると饒舌になるんだな。お前のダチなんだっけ?」
「アクタとは物心つく前から、ともにお師匠様に育てていただき、切磋琢磨し合った仲なんだ。兄弟同然だと思っている」
「そう、か……」
物思いに耽っている彼に、南柾樹は一瞬、毒づきかけたけれど、自前の料理を評価してもらったこともあり、刺激するのは一応、避けることにした。
ウツロはといえば、アクタの話題を切り出したのがきっかけで、自分たちの生い立ちを思い出し、先ほどの真田龍子の件も忘れて、くだんの自己否定が発動した。
「アクタも俺も、肉親に捨てられた。俺は憎い、俺を捨てた親が、俺を廃棄した世界が」
「……」
彼は正直な気持ちを吐露した。
しかし話には続きがある――
そう感じた南柾樹は、ウツロの思いのたけを聞いてやろうと思い、あえて口は挟まなかった。
「だけど、ここに来てから……柾樹、お前や、真田さんたちに出会ってから……うまく言えないけれど、揺らいできているんだ。俺は人間とは、総じて悪い存在だとばかり思っていた。でも、ここで……お前たちと出会ってから……自分の考えていたことは、その……間違っていたんじゃないかって……」
「……」
ウツロは丸くした体をさらに締めつけるように、自身の葛藤を伝えた。
彼は身悶えるのを必死に抑えている。
「頭が混乱するんだ、わからなくて……人間とはいったい、何なのか……それを考えていると……」
苦しみを吐き出したウツロ。
南柾樹は、すぐ隣で震える同世代の少年に、最大限の配慮を試みようとした。
「……俺、頭わりいから、うまく言えねえけど……そんな、難しく考えなくても、いいんじゃねえか? なんつーか、同じ考えるなら、これまでのことより、これからのことをさ」
この言葉にウツロはカチンときた。
もちろん、南柾樹に悪意はない。
それどころか、直情的な性格を押して、彼としては言葉を選んだのだ。
しかし認識の不一致とはおそろしいもので、ウツロは自分のことを、自分の人生を、あるいは存在そのものを、否定されたような気がしたのだ。
彼は隣に座る少年に、憎悪の眼差しを向けた。
「……何がわかる、お前に……俺は捨てられた、廃棄された……この世にいらない、必要ない存在なんだ……この苦しみがわかるか? お前なんかに……俺はきっと、生きている限り、この苦しみと、戦っていかなくちゃならないんだぞ!?」
この態度に、今度は南柾樹が切れた。
しかし今回ばかりは、彼のほうがまだ冷静だった。
この「ガキ」にものを教えてやる――
そう決意した。
「俺だってそうさ」
「……?」
何を言っているんだ?
いったいどういう意味だ?
ウツロは南柾樹の口走った文言の意味を理解しかねた。
南柾樹は大柄な体躯を少しウツロのほうへ寄せて、重く口を開いた。
「俺も、孤児なんだよ……」
(『第34話 怪物の呻き』へ続く)
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