桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
18 / 236
第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第17話 投影

しおりを挟む
「ウツロさんは、虫ではありません――!」

 肉体的に圧倒的な差がある大男を相手取り、彼はこのように勇気を見せた。

 ウツロはその少年の矜持きょうじに驚くと同時に、どうして自分にそこまでしてくれるのか、その心中を測りきれずにいた。

 さすがの南柾樹みなみ まさきも、真田虎太郎さなだ こたろうの勢いに気圧されたようだ。

「……わかったって虎太郎。どうせ俺は悪者だよーっと」

「待ちなさい、柾樹」

 立ち去ろうとした南柾樹を、星川雅ほしかわ みやびが引きとめた。

「なんだよ? まだ何かあんのかよ?」

「ウツロくんに着替えてもらうから。手伝ってあげてちょうだい」

「はあっ? なんで俺が?」

 どこか命令を下す支配者のような視線を、星川雅は南柾樹に送った。

「……けっ、わかったよ」

 素直に従う彼を見て、ウツロはこの奇妙な主従関係をいぶかった。

「着替えって?」

「その衣装はボロボロになってるし、アパートの中じゃ不釣り合いでしょ? 動きにくそうでもあるしね」

 戦闘服のことを指摘され、師から授かった黒刀こくとうの存在を彼は思いだした。

「俺の刀は……お師匠様から頂戴した黒刀は?」

「刀ってこれ・・のこと?」

 星川雅の手には、いつのまにかその黒刀が握られている。

 彼女は挑発するように、それをひらひらともてあそんでみせた。

「返せっ!」

「おあずけ」

「返してくれっ! それはとても大事なものなんだ!」

「ウツロくん、お願いだから立場を理解してよね? これはわたしが預かっておく。ちゃんと保管しておくから、そこは心配しないで」

「誰が信じると思う?」

「ウツロくん、わたしはあなたに頼んでるんじゃない。命令してるんだよ? すでにね」

 煮え湯をのまされている気分だったが、この場はおとなしくしておき、期を見計らう必要がある。

 ウツロはそう考えた。

「……あつかいには、気をつけてほしいな」

「よしよし、いい子ね。じゃあ柾樹、着替えはこれだから、あとはお願いね」

 星川雅はウツロの思考に気づいていたが、面倒を避けるためあえて詮索はせず、南柾樹に着替えの入った籠を手渡して、さっさと医務室を出ていった。

「へいへい、雅様。ほらほら、おめえらも。まったく、やってらんねえぜ」

 南柾樹は真田姉弟きょうだいにも退出を促した。

「ウツロくん、本当にごめんね。雅にはわたしからちゃんと言っておくから」

「いや、真田さん。俺は大丈夫だから」

 そんなことをしたらあの女に何かされるのではないかと思い、彼は真田龍子さなだ りょうこを気づかった。

 結局、あとにはウツロと南柾樹が残された。

 なんとも重苦しい空気が流れる。

「ほら、手伝ってやるから。とっとと着替えようぜ、ウツロくん・・・・・

むしず・・・の走るやつだ」

「何とでも言えよ。女の陰に隠れるような腰抜けが」

「何だと!」

「はいはい、わかったから。ちっとも話が進まねえだろ。ほれ、着替えだ」

 手渡された籠の中には、柔らかそうな布地が、きちんとたたまれて収まっている。

「……これを、着るのか?」

「着る以外にどう使うんだよ。火でも起こすのか?」

「火種にしては燃えにくそうだ」

「おめえな……ちっ……ほれ、ベッドに腰かけな」

 南柾樹は当たるのをこらえて、着替えを手伝うという目的を優先させることにした。

 それにしたがい、ウツロはそろりそろりと軋む体を動かす。

「うっ……」

「痛むか? ほら、ゆっくりでいいから」

 なるべく体を動かさなくてもいいように配慮しながら、南柾樹はウツロが身につけている装甲を脱がせていく。

「ふう、やっとはずれたぜ。そのピチピチした下着はそのままでいいから、上にこれを着な。野郎の裸なんか見たくねえし」

 紺色七分袖のフードつきスポーツパーカーと、黒地に白の三本ラインが入ったジョガージャージ。

 ともにノーブランド。

 やはり気をつかいながらウツロに着させる。

「へえ、意外と似合うじゃん。どうだい? 『人間』の服の感想は」

「柔らかくて、肌に吸いついて……動きやすいから、立ち合いのときにはいいかもしれないけれど。こんな薄っぺらい布じゃ、防御力は期待できないかな」

「『立ち合い』ね。まったく、クラシックな野郎だぜ」

 ウツロの一挙手一投足に、南柾樹はすっかりあきれた様子だ。

「あの……」

「ああ?」

「……あり、がとう」

 感謝してくれているということは了解しつつ、南柾樹は「ふん」とまた悪態をちらつかせた。

「歩けるか?」

「……ん、大丈夫だ」

 南柾樹はウツロを支えながらスニーカーを履かせ、そっと歩かせた。

 サイズは星川雅が推測し、用意しておいたのだ。

「無理すんなよ。とりあえず外へ出るぞ」

「ああ、すまない……」

 『人間』の服、か。

 それを着たからって、人間になれるわけじゃない。

 俺は虫だ……

 醜い、おぞましい毒虫……

 でも、あの子は……

 真田さんは俺に言った、人間だと。

 俺が人間だと言ってくれた。

 何なんだろう、この感じは。

 胸が、苦しい……

 苦しいのに、心が安らぐ。

 わからない、いまの俺には。

 でも、あの子は……

 真田さんは……

   *

 南柾樹は肩を貸すウツロのことを憂いていた。

 自分と同じ本質を持つこの少年を。

 彼にはわかっていた。

 つらく当たったのは、自分と同じだから。

 鏡で自分を見ているようで、イラついたから。

 こいつを救ってやりたい。

 もしかしたらそれが、自分にとっても救済になるのではないか?

 虫、虫か……

 知ったらこいつは軽蔑するのかな?

 俺も、虫だってことを……

(『第18話 幕間劇まくあいげき』へ続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...