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六章
奇跡の力
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雅が先の戦闘で死んだ事に加えて、ベルフェゴールとの戦いに於いて、自分の無力さを痛感し虚無感に襲われていた。神殺しの槍・擦り傷一つでも自殺的衝動を促進させる機能が付いている。つまり、ベルフェゴールは切っ先を見事に躱し弾き返していたのだ。
鼻っから勝負は着いており、辰巳自身が見定めの対象だったと気が付いたのは、ベルフェゴールの冷めた反応を見ての事。
「俺は──弱い」
「マスター、辛気臭いです。今は自分の事よりもアルトリアを身ならなってください」
此処は嘗ての栄えを忘れた帝都・アルヴァアロン。
煉瓦は崩れ落ち、陳列していた出店の屋根を突き破り品々を見るも無残に押しつぶしていた。
だが、状況はそれには留まらないのが現実。理性を忘れた叫び声は、人の尊厳足るものを消し去り、繁栄を謳う者は誰一人として居ない。神を慕い、敬い、崇め奉る修道士や僧侶ですら例外は無く我が命可愛さに人を踏み台に走り回る。
悲痛に満ちた叫び・自分を守る為の恫喝。思わず顔を顰めたくもなる世紀末を形にした、悪魔が言う絶景が広がっていた。だが、そんな中で自分を奮い立たせ寄り添う女性の姿が辰巳の視界には入っている。
「アルトリアは、大切な家族を喪っても尚、気さくに健気に笑顔を振り撒いています。マスター?マスターは、一体何を喪ったのですか」
「それは……」
「マスターは、自分が慕うと決めた者が動いているのに、私情に駆られ動かないのですか。今、マスターが弱いだとか関係はありません。──ですよね?」
返しの付いた刃物で抉られたかのように心臓に痛みが走った。胸を抑え、悶えて叫び逃げ出したくなる正論をシシリは、瞬き一つせずに平坦な口調で放つ。辰巳は、返す言葉もなく視線を伏せると小さい衝撃が手のひらを襲った。
「突っ立ってても仕方がありません。行きましょう、マスター」
手を握り引っ張るシシリは、辰巳の背を押した。
「あ、ああ」
シシリの強引な後押しのお陰で、辰巳は重たい一歩を踏み出す。今も何処かで燃えているのか、暗く高い空は茜色に染まり、風が運んでくるは煤や何かの燃えた臭い。暗雲とした雰囲気は、一切の笑いは無く、皆が皆世界の終わりを見た表情をしていた。
ただ今は良くも悪くも、虫の大軍はアルヴァアロンには居ないようだ。それだけが救いだと、負傷している騎士や商人達は口ずさんでいる。
「アルトリア、私達は何をすればいい」
「えっと、この先に重症患者が多数いる協会がいるらしいのだけれど……シシリちゃん達はそこをお願いできるかしら?」
「ああ、分かった。っても、俺はこんな経験した事もないからな……力になれるかどうか……」
日本でも、大震災が起きたりと様々な災害は起こっていた。そして、起こる度に自衛隊やボランティアの人々は現地に趣く。が、人口にしたら僅か一握りだろう。辰巳もまた、一握りから零れた行動をしなかった人種である。
(やらない善より、やる偽善……か)
「私も分かりません……。と言うか、正直混乱しています。ですが──これもまた試練なのかなあと」
笑顔の奥で、アルトリアは何かを思い出している様子だった。
「だが、それよりも、やっぱり立派だよアルトリアは」
何をしたらいいかもわからないのに、我先に行動を取り人々を先導している姿は圧巻だった。王たる器を目の当たりにして辰巳は頷く。
「俺達も手探りだが出来るだけのことはしよう」
「マスター、流石」
「お前のお陰だ。ありがとう。さ、行くとしよう!」
血で赤く染めた手で指を指した先は屋根が崩れ落ちた協会。加えて扉の外にも患者が溢れかえっている始末。辰巳とシシリは、アルトリアの頼みを頷き受諾し、人を掻き分けて協会へと進んだ。
「これは……なんだ、よ」
想像を遥かに超えた惨状が広がっていた。
衛生面も何も彼もが機能を失っていたのだ。布でおおわれ外に運ばれて行くのは死体だろう。幾つも重なった苦痛に悶える声は、一つの声となりおぞましく禍々しい。正気を保つのが精一杯の中で聞き覚えのある声が辰巳の意識を手繰り寄せた。
「お、おい!! タツミ……だよな?」
震えた声は真正面から聞こえた。赤髪の短髪、大破した胴当て、左目に巻かれた包帯は血で染まっている。
「ゼクス……」
「良かった……。本当に良かったよ」
過去のおちゃらけた様子は無く、さながら孫に会う老夫婦の様にゼクスは辰巳との再会に右目から涙を流した。
「良かったじゃねぇよ」
辰巳は、遺恨を忘れた訳じゃない。だからこそ頭を下げた。
「あの時は、すまなかった……」
遺恨。それは、辰巳がゼクスに向けるべきものではなくゼクスが辰巳に向けて然るべきものだった。
「謝る事は無い……。俺達も状況をもっと把握出来ていれば弁論の余地はあったはずなんだ。力及ばず、本当に申し訳なかった」
辰巳が過ちだと気が付いたのは、つい最近の事だった。雅が言っていた、ギルド本部から空いた風穴。それがヒントとなり、ベルフェゴールと隠身の神の発言で解に至ったのだ。
ベルフェゴールは、誰からか得た情報で辰巳に能力があると思っていた。もし、ゼクスがギルドに証言をし情報が流れたのならシシリが能力を持っていると分かるはずだ。
にもかかわらず、ギルドの連中も辰巳が能力の持ち主だと思い込んでいた。となれば、ギルドも堕天使達との繋がりがあったのだと答えは自然と導き出せる。
「ゼクスが謝ることは無い。感情的になった俺が悪い。お礼と言っちゃなんだが、俺達にできる事はあるか?仲間として」
ゼクスは、辰巳の手を取り懇願する。
「あの奇跡の力で皆を助けて欲しい」
鼻っから勝負は着いており、辰巳自身が見定めの対象だったと気が付いたのは、ベルフェゴールの冷めた反応を見ての事。
「俺は──弱い」
「マスター、辛気臭いです。今は自分の事よりもアルトリアを身ならなってください」
此処は嘗ての栄えを忘れた帝都・アルヴァアロン。
煉瓦は崩れ落ち、陳列していた出店の屋根を突き破り品々を見るも無残に押しつぶしていた。
だが、状況はそれには留まらないのが現実。理性を忘れた叫び声は、人の尊厳足るものを消し去り、繁栄を謳う者は誰一人として居ない。神を慕い、敬い、崇め奉る修道士や僧侶ですら例外は無く我が命可愛さに人を踏み台に走り回る。
悲痛に満ちた叫び・自分を守る為の恫喝。思わず顔を顰めたくもなる世紀末を形にした、悪魔が言う絶景が広がっていた。だが、そんな中で自分を奮い立たせ寄り添う女性の姿が辰巳の視界には入っている。
「アルトリアは、大切な家族を喪っても尚、気さくに健気に笑顔を振り撒いています。マスター?マスターは、一体何を喪ったのですか」
「それは……」
「マスターは、自分が慕うと決めた者が動いているのに、私情に駆られ動かないのですか。今、マスターが弱いだとか関係はありません。──ですよね?」
返しの付いた刃物で抉られたかのように心臓に痛みが走った。胸を抑え、悶えて叫び逃げ出したくなる正論をシシリは、瞬き一つせずに平坦な口調で放つ。辰巳は、返す言葉もなく視線を伏せると小さい衝撃が手のひらを襲った。
「突っ立ってても仕方がありません。行きましょう、マスター」
手を握り引っ張るシシリは、辰巳の背を押した。
「あ、ああ」
シシリの強引な後押しのお陰で、辰巳は重たい一歩を踏み出す。今も何処かで燃えているのか、暗く高い空は茜色に染まり、風が運んでくるは煤や何かの燃えた臭い。暗雲とした雰囲気は、一切の笑いは無く、皆が皆世界の終わりを見た表情をしていた。
ただ今は良くも悪くも、虫の大軍はアルヴァアロンには居ないようだ。それだけが救いだと、負傷している騎士や商人達は口ずさんでいる。
「アルトリア、私達は何をすればいい」
「えっと、この先に重症患者が多数いる協会がいるらしいのだけれど……シシリちゃん達はそこをお願いできるかしら?」
「ああ、分かった。っても、俺はこんな経験した事もないからな……力になれるかどうか……」
日本でも、大震災が起きたりと様々な災害は起こっていた。そして、起こる度に自衛隊やボランティアの人々は現地に趣く。が、人口にしたら僅か一握りだろう。辰巳もまた、一握りから零れた行動をしなかった人種である。
(やらない善より、やる偽善……か)
「私も分かりません……。と言うか、正直混乱しています。ですが──これもまた試練なのかなあと」
笑顔の奥で、アルトリアは何かを思い出している様子だった。
「だが、それよりも、やっぱり立派だよアルトリアは」
何をしたらいいかもわからないのに、我先に行動を取り人々を先導している姿は圧巻だった。王たる器を目の当たりにして辰巳は頷く。
「俺達も手探りだが出来るだけのことはしよう」
「マスター、流石」
「お前のお陰だ。ありがとう。さ、行くとしよう!」
血で赤く染めた手で指を指した先は屋根が崩れ落ちた協会。加えて扉の外にも患者が溢れかえっている始末。辰巳とシシリは、アルトリアの頼みを頷き受諾し、人を掻き分けて協会へと進んだ。
「これは……なんだ、よ」
想像を遥かに超えた惨状が広がっていた。
衛生面も何も彼もが機能を失っていたのだ。布でおおわれ外に運ばれて行くのは死体だろう。幾つも重なった苦痛に悶える声は、一つの声となりおぞましく禍々しい。正気を保つのが精一杯の中で聞き覚えのある声が辰巳の意識を手繰り寄せた。
「お、おい!! タツミ……だよな?」
震えた声は真正面から聞こえた。赤髪の短髪、大破した胴当て、左目に巻かれた包帯は血で染まっている。
「ゼクス……」
「良かった……。本当に良かったよ」
過去のおちゃらけた様子は無く、さながら孫に会う老夫婦の様にゼクスは辰巳との再会に右目から涙を流した。
「良かったじゃねぇよ」
辰巳は、遺恨を忘れた訳じゃない。だからこそ頭を下げた。
「あの時は、すまなかった……」
遺恨。それは、辰巳がゼクスに向けるべきものではなくゼクスが辰巳に向けて然るべきものだった。
「謝る事は無い……。俺達も状況をもっと把握出来ていれば弁論の余地はあったはずなんだ。力及ばず、本当に申し訳なかった」
辰巳が過ちだと気が付いたのは、つい最近の事だった。雅が言っていた、ギルド本部から空いた風穴。それがヒントとなり、ベルフェゴールと隠身の神の発言で解に至ったのだ。
ベルフェゴールは、誰からか得た情報で辰巳に能力があると思っていた。もし、ゼクスがギルドに証言をし情報が流れたのならシシリが能力を持っていると分かるはずだ。
にもかかわらず、ギルドの連中も辰巳が能力の持ち主だと思い込んでいた。となれば、ギルドも堕天使達との繋がりがあったのだと答えは自然と導き出せる。
「ゼクスが謝ることは無い。感情的になった俺が悪い。お礼と言っちゃなんだが、俺達にできる事はあるか?仲間として」
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