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三章

英雄への道

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 蜂蜜色に炒められた野菜が、いい出汁を作りだした深みとコクがあるスープを啜る。
 スパイスの効いた味は、保存調味料を一切使わず野菜本来の味をシッカリと活かしており一度口に含めば皿を机に置くことなく飲み干す。
 真横に座る、シシリは無我夢中でご飯にありつき、スープなんかもう三杯目にたった今いったところだ。

 アルトリアと言えば嫌な顔を一切せず、にこやかに振る舞い、スープを多めに入れてシシリに渡した。

「はい、シシリちゃん」

「ありがと、アルトリア。マスターのお嫁、なる?」

「ちょ、おま! ばっ……ゴホッゴホッ!」

 唐突なシシリの発言に、口に含んだスープを吐き出しそうになるが、吐き出す訳にはいかないと理性が働いた。
 そのせいで、スープは変な所に入り結果辰巳は盛大にむせる。

「別に、驚く事じゃない。マスターは、女の子……訂正、可愛い女の子が大好き」

「お前、それ俺が恋をしてたら邪魔でしかないからな?」

「なぜ? だって、事実。マスターのデータの中は可愛い女の子で一杯」

「いや、事実かもだけど、あれは二次元だし? って今は関係ないだろ!」

「ふふふふ」と、控えめでありながら程よい高さで上品な笑い声が辰巳の必死な訴えをオブラートに包んだ。
 ムキになった自分が、恥ずかしくもありアルトリアを見ることも出来ずスープを再度啜る。

「本当に仲が良いのですね。ですが、私と仮に添い遂げるとなれば、タツミさんが不幸になりますから」

「不幸?」

 辰巳が、スープの野菜を瞳に写しながら問うた。

「ええ。私達、王族の女性には代々、魔女と言う異名が与えられているのです。神が人々に与えた恩寵の残りカスとでも言えばいいでしょうか」

「アルトリア様、そんな自分を貶める言い方をせずとも……昔は、それでも民を導く力となっていたのですよ?」

 バルハの宥めた言い方に、辰巳はユックリと視点をずらしアルトリアを視界に入れた。
 フォークを机に置き、視線を落とすアルトリアは、何かを思い出しているのか手が震えている様にも見える。
 何か、声をかけるべきなのだろうがこの時に限って気の利いた言葉が思い浮かばず口は固く閉ざされたままだ。

「アルトリア、魔女と聖女は紙一重」

「え?」

「昔、ある世界にはジャンヌ・ダルクと言う女性が居たの。彼女は、民の為に立ち上がり革命を起こした。それで皆からは聖女と謳われたの。けれど、最終的には魔女として火炙りにされた。つまり──」

「つまり?」

 アルトリアが、尋ねるとシシリはスープの入った皿を持ち上げた。

「結局人の主観。私には、魔女じゃなくてアルトリアが聖女に見える。だから、お代わり、頂戴」

 その答えで良かったのか、悪かったのか。それこそ、アルトリア自身の主観なのだろう。気の利いた言葉であり、シシリの内なる優しさに触れた辰巳は我が身のように何故だか嬉しくもなった。
 自然と行動に出て、頭を撫でてやろうとソッポを向きながら辰巳の手はシシリの頭上を捉える。

「痛い、マスター。なぜ、チョップする」

「え? いや、何となくだよ。まあ、あれだ」

「気にしなくていい。私はマスターの一番の理解者。だから、嫁には意地悪するから」

「それ、全然大丈夫じゃねえよ? つか、そしたらアルトリアに意地悪するきじゃねぇか」

「大丈夫。アルトリアは、苛める側じゃなくて苛められる側な気がする。だから、マスターの参加も視野に入れてる」

「おい、お前は夜な夜なアルトリアに何しようとする気なんだ? 怖ーよ」

「任せて」と、ヒッソリ親指を立てるものだから、辰巳はもう一度さっきよりも強く額めがけて手刀を繰り出した。
 アルトリアは、一部始終を見ていたのか少し目を湿らせながら笑顔で小首を傾げて口を開く。

「ええ、分かりました。シシリちゃん、ありがとう」

 涙を滲ませる美女を間近で見て、辰巳の心は息苦しさを伴った。弱さを見せるアルトリアに対して、護りたいと思った気持ちが優しさなのか、本能なのか、はたまた下心なのか恋なのか。
 ただ一つ分かる事は、彼女が魔女では無く心優しい人間だということだ。同時に、人の汚い部分を垣間見て嫌悪を抱く。

 辰巳の表情が、自然と眉頭に皺を寄せ険しさを作るとバルハが一度咳払いをしてから口を開いた。

「──タツミ様。貴方が居た帝都は、嘗てアルトリア家が治めていた国なのですよ」

「やはり、ですか。話の流れから予想はついてました」

「突如として現れた死霊やホムンクルス、様々な怪物が王都や近隣の村や街を襲い始めたのです。奇跡の力を求めた民は王族である先代のアルトリア様に救いを求めました」

 静かに横に座るアルトリアは、仲裁に入ることは無いようだ。

「しかし、たった一人の力で万を越す力に抗えるはずもありません。王都はたった数ヶ月で壊滅しかける事態になりました。
 ──そんな時です、国を救い今や英雄と奉られ者が現れたのです。それが、現代まで続く帝都の歴史の一ページ目」

「そして、私達は、悪魔が魔女の力を取り返しに来ただとか言われ立場を追われたのです」

 笑顔を崩さず、アルトリアはさも気にしてない立ち振る舞いをする。

「と言う事は、皇帝も力を?」

「ええ。しかも、私なんか比べ物にならない力を……。ま、まあ私にはバルハも居ます、先代方がお造りになった王都が無くても大丈夫……です」

無垢な笑顔は、辛さを表に出さまいとしての演技なのかもしれない。しかし、それでも同情できるほどの経験を辰巳はしてきてないのだ。安い言葉を唾を飲み込み押し流した。

「なにを、おっしゃいますかアルトリア様。あの王都は喪ったかもしれません。ですが、私にとっての王都は……私の都はここなのです。無くなったなどと言わないでください」

バルハは、首を左右に振るった。
眉頭を狭め嗄れた声をより震わし訴えた。そこには、偽りがなくアルトリアに対しての絶対的な忠誠を感じる。同時に、理不尽とも言える追放を恨みそれでいて認めてしまっているアルトリアに悲しさを感じている風にも辰巳の双眸には見えていた。

(だから、始めて出会った時も……ここに来る時もバルハは誇らしげに王都だと言っていたのか)

「分かった」

 何を分かったのか、問われれば答えはない。けれど、辰巳は立ち上がり二人を見つめた。
 シシリも何故か立ち上がり、腕を組んでいる。悪役にでもなったつもりなのか。
 バルハとアルトリアが、静かに見つめる中で堂々と口を開いた。

「なら、王都を取り戻そう」

「そんな事が──」

 諦めてる様に視線を伏せるアルトリアとは別に、バルハは目に希望の色を写しながら話に食いついた。忠実な想いが伝わった辰巳は一度頷いてから胸に手を当てる。

「俺達には出来る。そもそも、その使命が俺とシシリにはあるんだ」

「使命、ですと?」

「ああ。この世界に蔓延る堕天使を駆逐する。そして、俺達は俺達で功績を上げるんだ。そうして、王の座を皇帝から取り返そう」

「そんな勝手なこと……ッ」

 視線を伏せたままアルトリアは、声と肩を震わせている。それでも、辰巳は話を止めることは無かった。

「勝手? 違うよ。民草の勝手な思想で追い出されたのはアルトリア達だろ。だから、帰るんだよ」

「帰る?」

「ああ、そうだ。アルトリアが居るべき場所。そして、居なきゃいけない場所だ。だから、俺はアルトリアの騎士として英雄になろう。まあ、カッコイイこと言ったけどさ? 俺も実は、この力が原因でギルドを追い出されてさ。だから、仕返しも兼ねてよ?」

「俺はギルドに仕返しができて、アルトリアは国に戻れる。一石二鳥だろ? ハッハッハー」

 後頭部をかき、情けない男を最後演じたのは柄にもなく真面目な話をしている辰巳自身が恥ずかしかったからだ。
 シシリは、それでも「マスターが決めたなら、私も付いていく」と口答えすること無く応えた。

 変わらないシシリの対応に、強ばった肩の緊張は解れホッと息を吐き、

「ありがとう」

 小さい声で伝えるとシシリも小さい声で応えた。

「マスターが、アルトリアを人形にしたい気持ちを無碍には出来ない」

「──お前、本当にブレないのな……」


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