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三章

一国の王女

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「タツミ様、タツミ様、おつきになりましたよ」

 控えめな声と揺さぶりに意識が覚醒し始める。

「ダメ、マスターはそんなんじゃ起きない。柔肌……必須」

「そ、そうな……ぉおこれはなんとも……。タツミ様は、毎回この様に起きてらっしゃるのですかな?」

「そう。私が毎回、丁寧に起こしてる。バルハ、マスターの腕を掴んで」

「え? いつも一人で」

「バルハ──」

「は、はい。命の恩人である、シシリ様の命とあらば、この老骨無礼を承知で。すいませんタツミ様」

 バルハの、呆気に取られた声と物を漁る音。
 加えて、手首を力強く拘束される感覚に毎回重たい筈の瞼が瞬時に開く。

「あ、あのバルハさん? 何をやって? つか、シシリ……お前なんで肌着になってんの?」

「マスター、いつも拒むから。今日なら行ける気がしたの。……訂正、逝かせる気がしたの」

「おい、お前のその脳内ピンクな思考はどーなってんの? 行けねぇから! つか、いかせねぇから、ふざけんなコラァ」

「おやおや、はははっ」

「ハハハじゃないっすよバルハさんも、手を離してください」

「あ、えっと失礼しました」

 少し恥ずかしげにバルハは告げると、馬車の外に先に降りた。
 辰巳はシシリにチョップをかましてから、バルハのあとを追う。
 外は冷たい風が闇夜で吹き付け、燦然たる星や月が儚さを醸しながら大地を照らしていた。

 辰巳は空気を一杯に吸い込むと、背伸びをしながら吐き出す。

「はぁ、やっと着いたんですね王都に……って、あれ?」

「どうしたの、マスター」

 目の前には、畑や田んぼが数箇所。街頭に照らされる事の無い材木で出来た一軒家がヒッソリと佇んでいた。
 帝都で暮らしていてからのそれは、あまりにもギャップがあり過ぎて言葉に困る。

「タツミ様、行きましょう」

「え、ええ。分かりました。いくぞ、シシリ」

 田んぼや畑は何だか懐かしい感じがする。この世界に来てからというもの、辰巳の私生活は自然に触れて過ごしたとは言えなかった。
 護衛や討伐で、森などに駆り出される事はあっても、仕事とそれとは話が別。

 空気も美味しいと感じたのは、ココ最近引き篭もって他ゆえのことなのだろうか云々を考えつつ歩いていると建物に着いた。遠目で観ていたよりも、古臭い。

「お入りください」

 バルハは、締りの悪いドアを平然と開けて一礼をした。

「あら、お帰り! バルハ!」

 部屋の中に入ると、奥から、気品に溢れた女性の健やかな声が出迎えた。

「アルトリア様。お客人を呼んで参りましたのに、料理などは私が」

 部屋の中は、なにやら香ばしい香りが充満している。
 美味しそうな匂いと、料理を作る音が心を踊らせ体はそれに応えるように腹の音を鳴らした。

「じゅるり」

「シシリ、擬音を発する前に涎をふけ」

 シシリを横目に溜息を吐くと、慌ただしく走って来た女性が満面の笑みで姿を表した。
 肌を隠すフリルがついた白いワンピースは、親しみやすさが滲み出ている。
 顔立ちが良く琥珀色に染まりウェーブかかった長い髪が良く似合っており、偏見ではあるがとても育ちが良さそうだ。
 長い睫毛とパッチりとした二重、高い鼻が絶世の美女の名を欲しいままにしていた。正直、日本では関わりを持つことすら罪として罰せられそうな勢いだ。

 辰巳は目の前には現れた美女を確認した瞬間、視線を落とす。恥ずかしかった、とてつもなく恥ずかしかったし、怖かった。
 女性と、しかもむっちゃ美人の女性と会話をするなんて産まれてこの方経験した事なんかあるわけが無い。
 つまるとことろ、固有スキル人見知りをたった今発動させたのだ。

「この方が、バルハを救ってくれたのですね?」

「はい、そうでございます。アルトリア様」

「えっと……その、なんて言うか気に──」

 細く綺麗な手が、辰巳の手とシシリの手を強く握った。

「ひゃいでくなはい」

 唐突のイベントに、声は上擦り顔は真っ赤に染まる。

「ふふふ、愉快な方ですね」
 あざとく笑みを浮かべると、そのまま腕を引っ張り女性、アルトリアは部屋の中へと辰巳達を連れて入った。

「え、ちょ、まっ」

 強引で無作法ではあるが心做しか、嬉しそうにも見えて嫌な気分には全然ならなかった。

 ダイニングには、木材で出来た丸椅子と机があり、部屋の所々にはドレスを着た小さい少女と男性とバルハが映っている。

「座ってまっててください。直ぐにご飯の用意をしますから」

「アルトリア様、貴女様は王女なのですから。それに見合った振る舞いをしてください。残りの準備は私がします故」

 キッチンに行こうとしたアルトリアをバルハは静止するが、頬を膨らませムッとした表情を作るとバルハを強引に椅子へ座らせた。

「もう! バルハだって長旅で疲れてるんだからジッとしてて! 私が用意するの! 初めて来たお客人なんですから」

「──始めて?」

 辰巳がその一言を繰り返すと、皺のよった瞳と目が合う。バルハは頷いて、アルトリアに聞こえないように配慮してなのか小さく口を開いて囁くように言った。

「ええ、アルトリア様がお産まれになってから十七年になりますが、未だかつてこの場所に人が立ち寄った事はありません」

「そう、なんですか……」

(じゃあ、なぜバルハは王の都などと言ったのだろうか?明らかに一軒家だし、家臣やメイドも見当たらない。言い方は悪いが、農家にしか見えないんだが)

「そうです。私達は嘗ての王国を追放された哀れで救いようのない王族なのです」

 皿を配りながらアルトリアは、笑顔で言ってはいたが控えめに瞳を見ると苦しそうだった。
 辰巳は申しわけない気持ちと、聞いてしまった後悔で口を固く結ぶ。

「気にしないでください。嘗ての王が未熟だったのですよ。だから、負けたのです──争いに」

「アルトリア様……これ以上は」

「いいじゃない。今はもう、語り継がれる事も無い昔話なんですもの」

「アルトリア、食べ物は、ここでいい?」

 何気にシシリも、物を運ぶのを手伝っているようだ。だが、これが気が利いてやった事では無いことを辰巳は知っている。
 不自然に、欠けた野菜と肉の炒め物。不自然に減ったスープ。どれもこれもが、シシリの運んできたものだ。

「シシリお前、人様が作って──」

「ぁあ、美味しそう! 出来はどーかなあ? んー、上出来ねっ!」

「なっ、アルトリア様。そんな、無作法な」

「いいのいいのっ! ささっ、食べましょっ」

 小皿に盛り付けられていくオカズは、豪勢ではない。ましてや、王族が食べているとは思えないほど質素といっても過言ではない。
 それでも、にこやかに盛るアルトリアの姿や、タジタジになりながらも手伝うバルハの姿も相まってとても美味しそうに感じるのだから不思議なものだ。

「マスター、これ、美味しい、よ?」

「お前な、なんでまだ誰も手を付けてないのに分かるんだよ」

「美味しい、よ?」

 聞く耳持たず、フォークには白身の煮魚が湯気を立てながら乗っかっている。
 生姜の効いたいい香りが、嗅覚を刺激して食欲は増してゆく。だが、まだ皆が箸を持っていないのに食べるのは無礼であると口を閉ざした。

「シシリちゃんは、食べてほしいんですよね?」

「うん」

「じゃあ、まずは皆さんで頂きますをしてからにしましょうか?ね、シシリちゃん」

「分かった、頂きますしよ、マスター」

「だな。頂きますすっか」

 こうして、この世界に来て始めて多人数での食事を辰巳は行った。





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