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17.覚めない夢

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 王都の屋敷から来た手紙に目を通す。
 以前の父上は、感情に任せて僕を罵っていたけれど、その高慢な態度はなりを潜めた。

 その理由として最も大きいのが、僕が正式に伯爵位を継いだことだろう。
 父上の現在の立場は、王都屋敷の管理人。嫡子への冷遇により、父上が権力を取り上げられたことは、貴族界でも知られている。だから、社交の場に出向いても、父上の相手をする人はほとんどいないようだ。

 マシューが起こした騒動も父上に影響を与えた。つかず離れずの距離だった従兄叔父の一家が、明確に父上を拒絶することになり、味方に取り込める者が一人もいない状況だ。

 権力を失った父上に対して、父上の兄が当主を務める子爵家は、絶縁状を叩きつけたらしい。僕にその経緯を説明し、新たな関係構築を願った手紙が送られてきた。

 僕にとって子爵家は親戚だ。でも、僕が苦しんでいたとき、一切手助けをせず、無視していたのは彼らである。今さら「良い関係を築きたい」と言われても、「どの口がそれを言うの?」と返すしかない。

 実際は「僕の親戚は従兄叔父一家だけだと思っている」というのを、色々貴族的に婉曲に伝えるにとどまったけれど。

「『予算の増額をお願いしたい』……ね」

 恨み言が書き連ねられていた頃に比べれば、手紙の内容はだいぶ理性的になった。でも、僕に対しての謝罪は一切ない。
 自分がしたことに悪いところがあったと分かっていたとしても、これまで蔑んできた息子に謝るなんて、父上の自尊心が許さないのだろう。

 怒りや憎しみの激情を堪えながら書いたのか、強すぎる筆圧でインクが滲んで見える。

 それに対して、「おやまぁ……大変そうですね?」としか感想を抱けず、さっさと手紙を捨てようとする僕は、なかなか性格が悪い。

「――やっぱり僕は、【悪役令息】ってことだね」
「それはあれ・・が言っていた言葉ですね。意味は何となく分かりますが、アリエル様に相応しくはないと思います」

 紅茶を用意してくれたブラッドが、眉を顰めながら呟く。その不満そうな様子に、僕は笑みをこぼした。

 ブラッドが『あれ』と呼んでいるのはマシューだ。名前を呼ぶのも嫌らしい。他の使用人たちもそう呼んでいるし、よほどマシューは嫌われたようだ。

 そんな相手に対して、情報を探る役目をこなしていた使用人たちには、臨時ボーナスをあげた。僕の爵位襲名も終わって忙しさもなくなったので、順に有給休暇もプレゼントする予定だ。

「ふふ……僕の性格の悪さは、自分がよく分かってるよ。積極的に誰かを貶めようとは思わないけどね。ただ、因果応報はあるべきだ」
「当然でしょう。アリエル様はたくさん傷つけられてきたのです。今の対応は生ぬるいくらいですよ」
「ブラッドは過激だね」

 父上への怒りを見せるブラッドの腕をポンポンと叩いて宥める。淹れてもらった紅茶を飲んで気持ちが和らいだ。

「――手紙はいつも通り処分しておいて」
「かしこまりました。……どちらへ?」

 立ち上がった僕にブラッドが視線を注ぐ。街に行くと言えば、嬉々とついてくるつもりなのだろう。慣れた街だけれど、デートと思うとより楽しいから。
 まあ、今日はちがうけれど。

「庭に。昨日蕾だった花があるんだ」
「……アリエル様は、本当に花がお好きですね」

 ブラッドはなんだか拗ねた表情に見える。
 家庭教師から側近へ、そして恋人になり……その関係はさらに深まった。それにより、ブラッドの様子は少しずつ変化しているように思える。具体的に言うと、感情を素直に表すようになった。

 もともと愛を語る言葉は雄弁だったけれど、最近は年上の余裕をかなぐり捨てて、甘えた様子を見せることも多い。

 それが僕の気を引くためのものであることは分かっている。分かっていて、まんまと引っ掛かってしまうのだから、僕は大概ちょろい。どちらも愛ゆえだから、恋人同士の戯れのようなものだ。

「花に嫉妬しているの?」

 外へと向かう足を止め、ブラッドの方に手を伸ばす。
 当然のように腰を抱き寄せられ、逆らうことなく逞しい胸に身を預けた。目の前にあるタイの結び目を弄り、ブラッドの首筋に指先を這わせる。

 悪戯な手はブラッドに容易く捕まえられて、ちゅっと唇に食まれた。熱い舌に指先をくすぐられ、背にぞくりと快感が走る。

 何も知らなかった頃より、だいぶ快感に弱くなった気がする。

「……嫉妬する私はお嫌いですか?」
「ううん。……可愛いね」
「ふ……アリエル様の可愛さには負けます」

 頤に指がかかり、そっと顔を上げる。近づいてきた唇を受け止め、熱く濃厚なキスを交わした。
 どう考えても昼日中にするものではないけれど、それを咎める者はここに一人もいない。

「ん……ふ、ぁ……」
「アリエル様、愛しています」

 熱っぽい眼差しに見つめられ、僕はくすりと笑みをこぼした。

 昨夜、というか朝方まで僕を抱いて離さなかったというのに、ブラッドの欲には終わりがないようだ。
 その精力旺盛さは、物語の中の王子様みたいなキラキラとした美しい見た目との乖離が凄い。

 そんなブラッドの求めに、「疲れる」「やぁだ」なんて言葉を吐きながらもしっかりこたえてしまうのだから、僕はブラッドの愛に溺れてしまっている気がする。

 それを嬉しく感じてしまうのだから、もうどうしようもない。このまま覚めない夢であることを願うばかりだ。

「……僕も愛してるよ。ブラッドと一緒にいられて、凄く幸せ」
「私も幸せです」

 強く抱き締められ、再び唇が重なる。妖しく身体を這うブラッドの手に身を震わせ、甘い息が零れた。

 この幸せな日々がいつまでも続きますように。

 そう願って、僕はうっとりと目を閉じた。



――――――


本編完結です。
お付き合いいただきありがとうございました!
この後、少し時間をおきまして、後日談・番外編を公開する予定です。お時間があるときにご覧いただけましたら幸いです。

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みんなの感想(4件)

Madame gray-01
2023.04.30 Madame gray-01
ネタバレ含む
asagi
2023.04.30 asagi

ご感想ありがとうございます!
しばらくお待ちくださいませ~✨
執筆がんばります(*`・ω・)ゞ

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朝倉真琴
2023.04.28 朝倉真琴
ネタバレ含む
asagi
2023.04.28 asagi

ご感想ありがとうございます!
ぎりぎり紳士を保つ攻めも、がっつく攻めも、どちらも魅力的ですよね~(*ノ▽ノ*)
今回ブラッドは堪える感じでしたが、関係がさらに深まると、違う魅力も出てきそうです……(*´艸`)
煽った責任はしっかり身体でとる……アリエルは疲労困憊になりそうですね!笑
今後もぜひお楽しみくださいませ。
更新がんばります(*´∀`*)

解除
たまご
2023.04.28 たまご
ネタバレ含む
asagi
2023.04.28 asagi

ご感想ありがとうございます!
楽しんでいただけて嬉しいです。
父親とその家族の末路は、番外で書く……かもしれません。
今後もぜひお楽しみくださいませ。
更新がんばります(*´ω`*)

解除

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