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13.爵位襲名のパーティー
しおりを挟む国王陛下からの正式に爵位の継承が認可された封書が届いた。
ほとんどの貴族は、この場合王都でパーティーを開催し、大々的に継承をアピールするものだけれど、それが絶対に必要というわけではない。
僕は今後も領地を本拠地にして動くため、近隣の貴族たちを招いた小規模のパーティーを開催することにした。
トンプソン伯爵領と関わりの深い貴族たちは、みな当然僕と父上の関係を知っているだろう。公言してはいないけれど、隠してもいないから。貴族は他の貴族の情報に敏くなければ上手く立ち回れない。
パーティーに招待した面々は、今後もトンプソン伯爵領と良い関係を築くためにと、そんなことはおくびにも出さずに、僕の爵位襲名を祝福しにやって来た。
「――爵位襲名おめでとうございます。前トンプソン伯爵もお喜びのことでしょう」
ここで言う前トンプソン伯爵とは、僕の祖父のことだ。父上は正式に爵位を持つ者からしたら代理でしかなかったので、あっさりと忘却の彼方に葬られている。
それが僕への媚び売りの一種であるとは分かっていたけれど、ごく普通の挨拶だから気にすることではない。
「ありがとうございます。祖父は私の襲名を楽しみにしていたそうですから、見せられなかったのは残念ですが」
「そうでしょうね。それにしても、トンプソン伯爵は婚約者がいらっしゃらないのですか?」
あまりにも単刀直入な問い掛けに、苦笑してしまいそうになるのを堪えた。
おそらく僕のことを、ろくに社交経験もない若造と見くびっているのだろう。問いかけてきた子爵の傍に令嬢が佇んでいるところを見ると、自分の娘を僕の婚約者に押し込もうという意思が感じられる。
隣で控えていたブラッドから不機嫌な雰囲気が漂った。僕しか分からないくらい僅かな反応だけれど、それを感じてくすぐったい心地がする。
まだブラッドの独占欲に慣れない。こんな片手間で払いのけてしまえるような話にまで嫉妬するなんて。
「……ご心配ありがとうございます。婚約者については内々に考えているところです。とはいえ、私は、はとこの子を後継者にしようと思っているので、婚約者になりたがる方はあまりおられないのではないかと」
「なぜ、わざわざはとこの子を……?」
子爵だけでなく、僕たちの会話に聞き耳を立てていた者たちもざわっと動揺を表す。
通常、嫡子ができなかった場合に、兄妹の子を後継に指名することがあるけれど、僕の年齢でそれを決めるのは異例だ。しかも、はとこの子、つまり母上の従兄の孫とは、僕との関係性が遠すぎる。
僕が実子をもうけないと決めたのは、当然ブラッドとの関係を考えてのことだ。ブラッドを愛していながら、他の人を妻に迎えるなんて僕はできない。
父上の行為と重なって、嫌悪感が湧くから。それに、無理に実子をもうけた結果、子どもに僕みたいな思いをさせてしまったら申し訳ないから。
ブラッドとの関係が壊れることになったらありえるのかもしれないけれど――そんなことを今は考えたくない。
候補がはとこの子となったのは、ひとえにトンプソン伯爵一族の人数の少なさによる。僕より年少で、かつトンプソン伯爵家の血を引いている者というと、はとこの子しかいなかったのだ。まだ生後六か月である。
母上の従兄がマシューに誘惑されかけた問題の際に、素早く僕におもねる手紙が送られてきたのは、これが理由でもあった。つまり、将来母上の従兄の孫に爵位を継承させる可能性を示唆して、彼の一家を僕の陣営に取り込んだのだ。
祖父は孫に甘い。その傾向は彼らにもしっかりあったようで、孫のためにと僕への協力を惜しまなかった。彼らの資産運用が、孫の代まで安定して行われている保証もないのだから、孫に爵位という安泰をプレゼントしたいのだろう。
――なにはともあれ、こんな内実を他の貴族に語るつもりはない。
「……子爵も、私の育った環境のことはご存知でしょう?」
僅かな悲しみと苦さをまとった表情を作る。僕の事情を知っている者ほど、この表情と言葉は効果的に作用した。
真実を隠すだけでなく、その反応を見ることでどの貴族が僕の領内の事情に明るいかも判断できる。一石二鳥だ。
「ええ……ですが……」
「私は普通の家族を知りません。ですから、どうしても、自分が幸せな家庭を築く想像ができないのです。……不幸にすると分かっていて、大切に育まれたご令嬢を妻に迎えるなんて失礼はできません」
「……」
沈黙した子爵に微笑む。
「子爵のご令嬢はお美しい方ですね。きっと素敵な婚約者に出会われることでしょう」
「……ありがとうございます」
娘の幸福を願うがゆえに、子爵は僕の言葉を安易に否定することはできず、受け入れるしかなくなった。その隣で令嬢は少し残念そうな雰囲気だ。
今の話は会場のみんなに知れ渡ったはずだから、これで不躾に婚約者の話題を出す者はいなくなるだろう。
僕は思い通りに情報を操作できたことに満足して、跳ねそうになる足を堪えて次の招待客への挨拶に向かった。
ふと、手の甲に何かが当たる。ブラッドの手だった。
さりげない密やかな接触とブラッドの目に滲む喜色に気づいて、小さく口元を緩める。
公にできない関係であっても、こうして愛を感じることが僕にとってなによりも幸せだった。
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