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4.諦めない男

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 十六歳で学園入学資格を得てからも、僕は王都への帰還の要請を断り、領地の屋敷でのびのびと過ごしている。

 貴族としての体裁は悪かろうと、僕を嫌う父上がいる王都にわざわざ行きたいなんて思わない。『病弱』を理由に断固拒否する。僕は健康優良児だけど、言うのはタダだからね。

 トモヤが残した日記で、僕が悪役令息として廃嫡の可能性があると知っているから、なおさら王都に行きたくない。

 どうせ、王太子とか偉い人を味方につけた異母弟が、僕を断罪するんでしょ? 異母弟をいじめたことはおろか、会ったことすらないけれど、危うきに近寄らずが吉。

 普通に生きていれば、王都で社交に励まなくたって、僕の爵位継承権は揺るがないのだ。大好きな領地で過ごすことを優先して何が悪いって話だ。僕を領地に追いやったのは父上だし。

 ――こんなにぐだぐだ考えたところで、ブラッドから愛の告白をされたことは記憶から消せない。
 告白された後、驚きがおさまってすぐに断ったけれど、ブラッドは挫けることなく僕を口説き続けている。


◇◇◇


「ねぇ、ブラッド。これ、煮炊きに使える?」

 ブラッドに手紙を振って見せると、にこりと怖い笑みが返ってきた。
 僕への怒りではないのは分かっているから、僕が怖がることはない。でも、美貌に浮かぶ満面の笑みに威圧感があることを、僕はブラッドから学んだ。

 父上の怒りに満ちた手紙はこれで何度目か。よく飽きないものである。僕が父上の言葉に従うことなんて、もうあり得ないのに。気落ちすることさえなくなった。
 ……それは、ブラッドからの愛の言葉が影響しているのかもしれない。

「さほどいい燃料になりませんが、裏紙は文字を書く練習に使えますよ。まとめて孤児院に送りましょう」
「……父上の恥が晒されるね」

 手紙を燃やそうとする僕はともかく、孤児院に送ろうとするブラッドの態度には、父上への悪意が満ちていた。

「アリエル様、愛しています」
「うん、知ってる。僕は愛していないけど」
「そうですね」

 もう慣れてしまった言葉を受け流すと、ブラッドがいつも通りの笑みを浮かべる。

 僕が気落ちしないようにするためか、父上からの手紙が届くと毎回愛の告白をされるのだ。
 でも、最近、ブラッドは揶揄って口説いているのではないかと思うようになってきた。

「……ブラッドは、本当に僕のことが好きなの?」
「なにをおっしゃるのですか。私の言葉をお疑いですか?」
「だって、僕が素っ気なく断っても、ブラッドは全然落ち込まないよね」

 僕が正直に告げると、ブラッドはきょとんと瞬きをした。「まさかそんなことを言われるとは思わなかった」と言いたげな表情だ。

「……私が落ち込まない理由を知りたいですか?」
「え? まあ、ブラッドが話したいなら、聞いてもいいけど……」

 にこりと笑むブラッドに、僕はなんだか嫌な予感を覚えながら頷いた。

「私が愛していても、アリエル様からの愛が返ってくるのが当然だとは思っていないからですよ」
「え……」

 諦めない愛の言葉とは裏腹に思える態度だ。あっさりしすぎじゃない?
 思わずポカンとブラッドを見つめると、愛しげに微笑まれる。

「私は今二十二歳。そしてアリエル様は十六歳。年の差はありますし、なによりアリエル様は未成年です。私からの愛の言葉を、すぐに受け止めていただけるとは思いません。男同士でもありますし」
「……そうだね。正直言うと、いくら愛を告げられても、どう受け取ったらいいか、僕は分からないでいるんだ」

 真摯に語るブラッドに、僕は初めて真面目に向き合った。
 これまで、ブラッドの告白を本気にしていなかったのは僕。その気持ちを受け入れられる器がなかったから。

「分かっています。ですから、アリエル様に本当に私の気持ちを理解していただけるまでは、お断りの言葉を本気だと受け止めないことに決めたのです。それに――」

 ブラッドの言葉って、執着心が強くて、なんだか粘着質な気がするような……?
 僕は思わず顔を引き攣らせた。正直、ブラッドがあまりに挫けていなさすぎて怖い。

 そんな僕の反応に構わず、ブラッドが言葉を続ける。

「男同士であり、理解できない愛でありながら、アリエル様は本気で私を拒んではいないでしょう? 血の繋がったお父上は強い意思で拒否されているのだから、アリエル様が決断できない性格というわけではないですし。つまり、私に心を傾けていただける可能性があるということ。そう自負しているからこそ、今は待ちの時間だと肝に銘じているのです」
「……自信ありすぎじゃない?」

 堂々と、いずれ心を手に入れると宣言したも同然のブラッドの言葉に、呆れると同時に苦笑してしまう。
 そんな言葉を聞いても、ブラッドを嫌いになる気がしないのだから、もしかしたらその自信は正当なのかもしれない。でも、今はまだ受け入れられる時ではないのは確かだった。
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