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1.目覚めのとき
しおりを挟むふと目が覚めた。
僕は誰? ここはどこ?
――ああ、そうだ……僕は父上から領地に追いやられて……。
思い出した。ベッドから体を起こして周囲を見ると、見慣れない部屋。なんとなく違和感がある。
「……は!?」
視界に入った僕の手が大きい。七歳相応の大きさだったはずの手が、細くすんなりと伸びている。日に当たっていないのではと思うほど白くて少し荒れた肌。
視点もなんだか高い。というか、体が大きくなっている……?
呆然としながら、傍にあった鏡台に近づき覗き込むと、美麗な少年が僕を見つめ返した。
「ウソでしょ……」
少年の髪は藍色。目は濃い灰色。繊細な顔立ちは亡くなった母上に似ている。でも、色味は父上と同じ――。
「これ、僕……?」
アリエル・トンプソン。
伯爵家の嫡男にもかかわらず、母上が亡くなった途端に冷遇され、領地に一人で追いやられた七歳の子ども。
――そう、僕は七歳だったはずなのに、鏡に映る姿はどう見ても、十代半ばにしか見えなかった。
◇◇◇
混乱したまま、とにかく情報を得ようと、辺りを物色した。
七歳までの記憶しかないとはいえ、僕は貴族としての教育を受けていた。どんな状況であっても、冷静に状況把握を心掛ける精神は、既に身についている。
不思議と記憶にあるよりも頭が良くなったような気もする。知らなかったはずの知識が、当たり前のように思い出された。
「なんだろう……数学とか、物理とか……いつ学んだのかな……」
本棚には教材があるけれど、学んだ記憶はない。でも、確かにその知識はあって、教材をめくってみれば、見覚えのある筆跡でメモが残っている。
部屋はとにかく物が少なかった。視界に入るものはすぐに全て調べ終わり、途方にくれる。
「僕がここで生活していたのは間違いないけど……」
見覚えがないのに、慣れた感覚のする部屋。
体に不自由はないから、記憶はなくとも、つい最近まで僕の体が動いていたのは間違いない。
僕はここでどんな生活を送っていたんだろうか。
目覚める直前まで、僕は母上が亡くなった悲しみと、すぐに後妻を迎えた父上への戸惑いと怒りを抱いていた。嫡男だというのに何故か冷遇され、一人で領地に追いやられることになり、絶望してもいた。
領地に向かう馬車の中、涙を溢していたことを覚えている。きっとそのまま眠ってしまったのだ。
起きた今は、激しい感情の全てが消え失せ、戸惑いだけが残っている。
本棚の傍にある書き物机の前に座る。いくつかの引き出しがあって、既に中も確かめていたけれど、記憶に関するものは何もなかった。
「うーん……どうしたらいいんだろう」
記憶がない状態で、これからどうしたらいいのか分からない。
ここは僕が追いやられる予定だった領地の屋敷だと思うけれど、人の気配をあまり感じない。でも、きっと使用人はいるだろう。彼らに話を聞いてみるべきか。
その場合、記憶喪失と知られて不具合が起きないか不安がある。僕はここの使用人がどういう人たちなのかも知らないのだ。
「……ん、これは……?」
足を組もうとしたところで、膝が机の天板に当たった。カタッと板がずれる音がする。
にわかに楽しくなってきた。
僕はミステリー系の物語が好きで、よく読んでいた。天板に仕掛けがあって、何か物が隠してあるのは、鉄板のストーリーである。鉄板すぎて隠し場所としては相応しくない気もするくらいだ。
「ダイアリー……」
天板の仕掛けを手で探ると、一冊のノートが出てきた。日記らしい。僕の記憶にはないから、ここ数年の僕が書いたものだろう。
これで記憶を探れる!
ホッと安堵しながら表紙を開く。
「……僕はアンジョウトモヤ。いつの間にか、悪役令息アリエル・トンプソンになっていたけど、元ニホンジンの男だ。僕が生きた証を残すためにこれを記す」
最初のページに書かれた文章を読んで、頭に疑問符が溢れる。とりあえず読み進めてみると、なんとなくここ数年の事情が分かってきた。
僕は領地に向かう馬車の中で記憶を失い、【アンジョウトモヤ】という人格が表面に現れていたらしい。【アンジョウ】が家名で【トモヤ】が名前。
トモヤは自身がアリエルと呼ばれることと、置かれている状況から、【BLゲーム】の中の【悪役令息】であるアリエル・トンプソンに、成り代わっていると思ったようだ。
【BLゲーム】の中で、アリエルは母親が亡くなった後、父親から冷遇されて領地で一人寂しく暮らし、後妻と父親の間に生まれた異母弟クリスを憎んでいた。
その結果、学園への入学のために、王都の屋敷に戻ってから、アリエルはクリスをいじめ抜く。学園入学は、父親が貴族としての体面を保つために決めたことらしい。
クリスはみんなに愛される人物で、【攻略対象】と呼ばれる王太子や宰相子息、騎士団長子息などに愛され守られることになる。それ故、クリスをいじめるアリエルは断罪され、廃嫡された上で国外に追放されるのだ。
「――つまり、そういうストーリーの物語と、僕の境遇が一致していたということかな」
分からない言葉は多々あるけれど、なんとか理解して呟く。
少なくとも、トモヤは自分が【BLゲーム】の中のアリエルに成り代わったのだと思って行動していたようだ。
悪役令息にならないように、怒りや悲しみを隠し、家族の愛をほしがっていたみたい。愛してもらいたいがために、たくさんの勉強をして優秀さをアピールしていたとの記録が残されている。
「……いや、家族の愛は無理でしょ。父上のあの顔……完全に僕のことを嫌っていたよ……。あ、僕にトモヤの記憶がないように、トモヤも僕の記憶がなかったのかな?」
別れた時の父上の顔は、実の息子に向けるとは思えないほど冷めきっていた。憎しみにも近く感じた。
当時はそれに気づく余裕がなかったけれど、今にして分かる。入婿だった父上は、政略結婚の相手との間に生まれた僕を厭っていたのだ。生まれたときから、僕に対しての愛情なんてこれっぽっちもなかったのだろう。
後妻は父上の元恋人だったらしいと使用人が噂していた。それが事実なら、父上は母上と結婚してからも、恋人を愛人にしていて、母上が亡くなったのを幸いに、後妻に迎えたのだろう。前妻との間の子の僕は、幸せな家庭の邪魔でしかなかった。
それが、僕が領地に一人で追いやられた理由だ。
僕の記憶がなかったトモヤは、儚い希望を抱いて努力をしていたようだけれど、それに対しての父上の答えは分かりきったものだった。
日記の最後に挟まれていた、一通の手紙。父上からのもので、厳しい言葉が書かれている。
「『学園入学のために教師を送る。愚かなお前には不釣り合いだろうが、トンプソン伯爵家に恥をかかせないよう努めろ。あと、わがままはいい加減止せ』って……トモヤの努力は一切伝わっていなかったみたいだなぁ」
憐れみが浮かぶ。僕に残っている知識から、トモヤが愚かというような人物だとは思えない。わがままという部分は分からないけれど、日記にそのような描写はなかったから、誰かが偽りの報告を父上にしていた可能性がある。
「……いくら努力しても実らないし、【BLゲーム】のように進んでいくと思ったから、絶望しちゃったのかな。だから、トモヤの人格が消えて、また僕が表面に現れた……」
思えば、僕の人格が表面から消えたのも、領地に追いやられるという絶望がきっかけだった気がする。
絶望で目を閉ざしたトモヤも、もしかしたら今の僕のどこかで眠っているのかもしれない。
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