上 下
13 / 81
クーベルタン市編Ⅲ 交流の章

3 冒険者談義 その二

しおりを挟む
「そうだ。これまでどんな依頼があったんですか? 言える範囲で構わないので、聞かせて貰えませんか?」
 何となく白けた場の雰囲気を変えようと、俺はわざと明るくそう言ってみた。それに冒険者の話を直に聞ける機会なんて滅多にないことだろう。折角異世界を訪れたんだから、ここならではの話が聞きたい。
 おう、いいぜ、と即座にフィオナ嬢が応じた。彼女もこの空気をどうにかしたかったみたいだ。
 ただし、続けて出た言葉が俺には理解不能だった。
「この前なんかエリュマントスを狩ってやったぜ」
〈……えーと、それって凄いことなんだろうか?〉
 鼻高々な彼女に思わず心の中でそう洩らす。
「狩ったのはあなたじゃないでしょ。ほとんどセレス一人で引き受けていたじゃない。ヴァレリーやナゼルさんは取り巻きの対処で精一杯だったし」
「へぇんだ。あたしは斥候だからな。獲物の下まで案内するのが仕事なんだよ。戦闘は得意な奴に任せるさ」
「また、そんな調子のいいことを言って」
 聞くところによると、エリュマントスは体高が三メートルを超える大猪の魔物だそうだ。巨大な体躯と牙を活かした突進が脅威で、まともに喰らえば大盾を構えた重装戦士でも防げないらしい。ワイルドボアというひと回り小さい眷属の魔物を引き連れており、エリュマントスばかりに気を取られていると、そちらにやれられることも珍しくないとか。
「それにしてもあの時のセレスさんの立ち回りは見事でしたねぇ」
 ナゼル氏が思い出したのか、心底感心したといった口調で呟く。エリュマントスの突進を華麗に避けて、的確に急所へダメージを与えていった様子を詳しく語ってくれた。
「そんなに凄かったんですか? 是非見てみたかったですね」
 俺は本心からそう口にした。
「惜しかったわね。もう一年早く来ていれば、武術大会の予選の様子がここでも見られたでしょうに。もっとも予選程度ではセレスの圧勝過ぎてつまらなかったかも知れないけど」
 去年、王都で開かれた本選で準優勝したという大会のことだろう。
「一対一ならあいつの独壇場だからな。何しろ、あいつには──」
「フィオナ、喋り過ぎよ」
 うっかり口を滑らせそうになったフィオナ嬢に、脇からイングリッド嬢の鋭い叱責が飛ぶ。どうやら話してはいけないことに触れそうになったらしい。
 恐らく、彼女の強さに関するスキルか切り札的なことだろう。
「おっと、悪い。今のは無しで。ちょっと飲み過ぎたかな」
 フィオナ嬢が素直に反省の弁を述べる。
 それを見たイングリッド嬢が、呆れながらも俺に向かって言った。
「気を悪くしたらごめんなさい。今のフィオナの発言もそうだけど、たぶんセレスがどうしてパーティーを抜けたかも気になっているわよね? でも、個人の事情に関わることだからそれを私達の口から言うわけにはいかないの。どうしても知りたければ本人に確かめて頂戴」
 個人の事情──というのは、やはり家柄にまつわることだろうか? イングリッド嬢は知りたければと言ったが、そこまで深入りする気はさらさらない。
 図らずも関わって厄介事に巻き込まれるのは御免だ。
 俺が望むのは安全安心な異世界紀行であって、権謀術数渦巻く貴族の権力闘争などでは断じてない。
 なんて思っていたのだが──。
 ダンッ、と突然、テーブルに杯を叩き付ける音がした。
 見れば静かに飲んでいたはずのヴァレリー青年が、いつの間にか目を血走らせて手元を睨んでいる。
〈何か剣呑そうな雰囲気だな〉
 その予感は的中して、とんでもないことを彼は言い出した。
「だいたいランベールの野郎が俺達に──」
「ちょっ、馬鹿、お前。こんなところで何てことを言いやがる」
 慌ててフィオナ嬢がヴァレリー青年の口許を手で塞ぐ。イングリッド嬢まで蒼い顔をしているところを見ると、先程のフィオナ嬢がしかけた失言とは次元が違ったみたいだ。
 幸いにも周囲からそれを咎める声は上らなかった。
 聞こえなかったのか、聞こえなかったふりをしてくれたのかは定かではない。
 ひと先ずは安心といったところだろう。
「折角、イングリッドが上手くとりなしてくれたのを台無しにしやがって」
 フィオナ嬢がカンカンになって怒っているが、正体を失くしたヴァレリー青年には届いていないようだ。
「今の彼の発言は聞かなかったことにしてくれると有り難いのだけれど……」
 気を取り直したイングリッド嬢が俺にそう言ってくる。
「何のことでしょうか?」
 俺は彼女の意を酌み惚けた。
「……いえ、何でもないわ」
 イングリッド嬢には俺の気遣いが正確に伝わったようだ。
 それにしてもヴァレリー青年には困ったものだ。普段の彼はここまで酔ったりしないのだとナゼル氏がフォローする。
「余程、これまでの鬱憤が溜まっていたようですね。それとあなたを前にして緊張が重なって飲み過ぎてしまったのでしょう。先程のことは大目に見てやってください」
 自分(?)で言うのも何だけど、美人を前にして緊張する気持ちはわからなくもない。何となく彼に親しみを感じてしまうのはそのせいかも知れない。
 今夜のところは私が送って行きますよ、あとは女性同士でごゆっくりどうぞ、とナゼル氏が席を立つ。壁際に向かい、大盾を外して抱えると、開いた方の手でヴァレリー青年に肩を貸しながら店を出て行った。
 残された俺達三人の間には微妙な空気が流れる。ナゼル氏はああ言ったものの、そもそもが女性陣のみではないので姦しいことにもならない。
「そういえばユウキはこの後どうするつもりなの? 今夜これからという意味ではなくて、明日以降のことだけど。このまま領都で暮らすの? それとも旅を続けるのかしら?」
 イングリッド嬢が気を利かせてか、そんなことを訊いてくるが、実はそれこそが目下の悩みの種だった。
 無理矢理放り込まれたこの世界でやりたいことが特にあるわけではない。
 敢えて目的を挙げるとすれば、この身体を元の持ち主に返すとか、本来の自分の肉体を探すとかだが、具体的なプランは皆無だ。
 漠然と王都があるなら行ってみようかというくらいだが、この世界での旅が簡単なものでないのは先刻体験済み。
 安全第一に考えるなら街を出ずに、どうにかここで生活の基盤を築くことも選択肢としては有り得たが、果たして外見上は単なる小娘に過ぎず、異世界の知識も経験もない自分にそんなことが可能だろうか。
「実はまだ決めかねているんです。これといって当てもないまま出てきてしまったものですから」
 俺は正直に告白した。
 わかるぜ、その気持ち、とフィオナ嬢が同感の意を示す。
「あたしらも似たようなものだったしな。ツテもない女が一人で生きていくには安い賃金の下働きで一生こき使われるか、娼館で身体を売るか、あたしらみたいに冒険者にでもなるしかないからな」
「そうね。冒険者が訳あり人間の巣窟って思われては困るけど、出自に関係なく実力次第で上を目指せる数少ない職業なのは確かよ。その分、危険が付きものなのは言うまでもないわね」
 やはり、女一人で生きるのは容易ならざることらしい。
 もちろん、身体を売るなどは論外だ。
「あの、私でも冒険者になれたりするんでしょうか?」
 何となくそう訊ねてみたところ、質問が漠然とし過ぎていたのか、フィオナ嬢とイングリッド嬢が困惑した視線を交わす。先に代表して答えたのはイングリッド嬢だ。
「それはわからないわ。なれるなれないで言えば犯罪者や奴隷でない限り、冒険者の登録に制限はない。けど、ユウキが聞きたいのはそういうことではないでしょ? 私が言えるのは誰でも最初は初心者ということよ。いきなり魔物退治に出て無事に戻って来られる者なんていないわ。あのセレスでもね。腕前だけの問題じゃない。装備一つとっても依頼によって必要な物が変わってくるの。休息の仕方やペース配分を間違えれば標的に辿り着くまでに疲労困憊して返り討ちに遭うなんてことも珍しくない。それを防ぐには経験を積むしかないわ。そして自分の力量に合った依頼を見極めることね。それを誤れば最悪死ぬことになる。でも裏を返せばそうして成長していくことで、いずれは黄金級にだって到達できるかも知れない」
「そうそう。冒険者だからって常に死と隣り合わせの依頼ばかりじゃないからな。最初のうちは薬草採取なんかの危険の少ない仕事を受けることをオススメするぜ。地味で儲からないって一部の奴らは馬鹿にするけど、それだって絶対に魔物に遭わないわけじゃないし、油断していると痛い目を見ることになる。ただ、そういう時は大抵弱い魔物が相手だから経験を積むには打って付けなんだ。討伐依頼じゃないから敵いそうになければ逃げても一向に構わないしな。要はやり方次第ってことさ。冒険者になれるかどうかは」
 実際にソロで採取専門にしている冒険者も少数ながら存在するそうだ。極めればそれだけで生活していくことも不可能ではないらしい。
 でも、本気で冒険者をするつもりなら王都に行った方が良いぜ、と言われた。
「それはどうしてでしょう?」
「依頼の質も量も他所とは段違いだからさ。あたしやイングリッドは偶然が重なってここに居着くことになっちまったけど、特に理由が無いなら選択の幅が大きい場所の方が自分に合った依頼を見つけやすいだろ? それだけ無事でいられる確率が高まるってことだからな」
「フィオナの言う通りよ。ここでは残念ながら生活していくために多少無理な依頼でも引き受けざるを得ないことがざらにあるわ。依頼の数が限られているからね」
 なるほど。冒険者になるなら参考にしよう。
 だが結局、この時には結論は出なかった。
 そこまで急ぐ話ではないし、そのうちまた彼女達の話を聞く機会もあるだろう。最終的に決めるのはそれからでも遅くはない。
 その際は是非、ヴァレリー青年には正気でいて貰いたいものだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。 貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。 …あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

階段落ちたら異世界に落ちてました!

織原深雪
ファンタジー
どこにでも居る普通の女子高生、鈴木まどか17歳。 その日も普通に学校に行くべく電車に乗って学校の最寄り駅で下りて階段を登っていたはずでした。 混むのが嫌いなので少し待ってから階段を登っていたのに何の因果かふざけながら登っていた男子高校生の鞄が激突してきて階段から落ちるハメに。 ちょっと!! と思いながら衝撃に備えて目を瞑る。 いくら待っても衝撃が来ず次に目を開けたらよく分かんないけど、空を落下してる所でした。 意外にも冷静ですって?内心慌ててますよ? これ、このままぺちゃんこでサヨナラですか?とか思ってました。 そしたら地上の方から何だか分かんない植物が伸びてきて手足と胴に巻きついたと思ったら優しく運ばれました。 はてさて、運ばれた先に待ってたものは・・・ ベリーズカフェ投稿作です。 各話は約500文字と少なめです。 毎日更新して行きます。 コピペは完了しておりますので。 作者の性格によりざっくりほのぼのしております。 一応人型で進行しておりますが、獣人が出てくる恋愛ファンタジーです。 合わない方は読むの辞めましょう。 お楽しみ頂けると嬉しいです。 大丈夫な気がするけれども一応のR18からR15に変更しています。 トータル約6万字程の中編?くらいの長さです。 予約投稿設定完了。 完結予定日9月2日です。 毎日4話更新です。 ちょっとファンタジー大賞に応募してみたいと思ってカテゴリー変えてみました。

冷女が聖女。

サラ
ファンタジー
冷蔵庫を背負った聖女の略称は冷女でした。  聖女が幸せに過ごす事でその国の豊穣が約束される世界。 『聖女召喚の儀式』で呼び出された玲の称号は『冷女』そして、同時に召喚された従妹のシオリは『聖女』 冷たい女はいらないと捨てられた玲だったが、異世界のステータス開示で見られる称号は略称だった。  『冷蔵庫(広義)と共に玲の祝福を持つ聖女』の略称は『冷女』、『聖女に巻き込まれた女』の略称は『聖女』  そして、玲の背中にまるで、背後霊のように付いている冷蔵庫。この冷蔵庫は人には見えない。でも、冷蔵庫はとても便利でサバイバルにピッタリ。しかもレベルが上がると色々と便利な用途(機能)が使えるようになり、冷蔵庫さえあれば生きていくのに問題はない。  これは異世界で冷蔵庫と共に召喚された聖女が幸せになり異世界があるべき姿に戻るお話。

処理中です...