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金衣公子と共に

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 私の機嫌は、普段よりも悪かった。そして、それはしばらく続いていた。何故なら、あの春の嵐の日に出会った男に繋がる唯一の手掛かりだった外套を兄が返してしまったからだ。いったいあの男は、誰だったのか尋ねてみると、「王一族の者に聞いてみたら、誰が渡したか分からないと言われたが、預けてきたぞ。」だそうだ。そして、兄に加担した桃も悪いのだ。恋人に言われたからとすぐに持ち出してしまったのだから。彼女も会ってお礼を言いたいと言っていたのに、これで完全に手がかりを失ってしまった。頼りになるものは、私自身の記憶だけだが、記憶はどんどん薄れていく。1週間も経てば、顔はぼやっと朧げになってしまう。きっとこのままあの男は、私の記憶の片隅で消えていくだろう。あの日の出来事は、些細なことと言えばそれまでだが、私は私なりの予定を邪魔されるのがすごく嫌だった。

 「まだ根にもっていらっしゃるのですか。」

 ぱちり、と花を適切な長さに切っている先生に言われる。

 「ええ、もちろん。」

 「些細なことじゃないですか。あなたはもう婚約が決まったようなものですよ。今更他の男に現を抜かすなんて。」

 先生には、病み上がり後の稽古の際に事情を話していた。

 「認めてませんから。それに、そんな下世話な話じゃなくて、私は、ただ……。」

 「ただ、返したいなんて、その心の在り方は認めまずが、姜家の嫁入り前の娘が直に行くべきじゃありません。私は、貴女が単独行動することも本当は、許したくありませんのに。」

 奥様が許すから教育係の私は強く言わないのですよ、そう何度も言われ聞き飽きたほどだ。この先生、こう千華せんかは、私に礼儀作法、特に生け花を教えている。言葉遣いも身のこなしも迂闊なことをすればすぐに指摘する。私が、反発的で棘のある言葉遣いが出るのは、先生の影響があるのは自分自身でもわかっていた。私は、厳しくて、美しい先生のことを実はけっこう気に入っているのだ。長年の付き合いなのだから良い部分も悪い部分も充分に知っている。だから、似てくる。

 「ずっと誰かと一緒にいるって、滅入るわ。」

 「……それは、私と居たくないってことでしょうか。」

 「先生に限りません。」

 「四六時中付きまとわれるのは窮屈ですが、生まれ持った環境です。一人で居たくないのに、いなければならない者もいるんですよ。苑、今日は、午後からは私の仕事についてきてください。」

 
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