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第三章 魅了王子は嫌われたい イライアスとシュゼット

6.せめてノックくらいして下さい(side シュゼット)

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警備兵に引き渡され、沙汰が下るまではお城の地下牢にでも投獄されるのかと思い、酷く焦りましたが……
意外にも私が案内されたのは来客用の浴室でした。




湯を使って肌についた泥を落とした後、綺麗に土を払った騎士服に再度袖を通そうとした時です。

「どうぞこちらを」

そう言って侍女の一人が私に向かい、一着のドレスを差し出しました。

繊細なレースで仕立てられたハイネックと、スリムなラインながら長く伸びた光沢のある生地で出来た裾がまるで人魚の尾ひれの様に美しい、ロイヤルブルーのドレスです。

「イライアス様からの贈り物です」

「へ???」

ゆっくり壁際に向かって後退しながら

「……それが……その、お気持ちは大変ありがたいのですが……私、ドレスが壊滅的に似合わなくて!!」

恥を忍んでお断りする理由をお話ししたのですが……
私を問答無用でここに引っ張っていらしたイライアス様強引なら侍女も侍女手練れで。
あっさりと壁際に追い詰められ、手際よくそれを着つけられる羽目になりました。






******


真っ青になりながら、麗しの王子様であらせられるイライアス様にこんな無様な姿を見られる前にどうにかここから無事逃げ出すルートは無いかと、部屋の中を見回した時です。

「リュシアンにプレゼントしようと思って準備していたんだけど。あぁ、やっぱりよく似合うね!」

いきなりノックも無く、仮にもレディが着替える部屋のドアを大きく開け放ち、堂々部屋に入っていらしたイライアス様が、私を楽し気に見降ろしながらそんなことを仰いました。


そんな楽しげなイライアス様の笑い声を聞いた、その瞬間です。
また不意に私の中で、またあの日の女の子達の嘲りの声が蘇りました。

そして、それにつられ思い出してしまった先日のジェレミーの

『まさか、それでパーティーに参加するつもりか??』

という声と不愉快そうな顔が鉤爪となって、また私の心を深く抉ります。


「…………自分がドレスが似合わない事など、そんな事! 自分が一番良く存じております!!」

今の自分の置かれた立場を考えれば、反論すべきではない事など頭で分かっていた筈なのに、

「だからお断りしたのに、それなのに。……それなのに、無理矢理着せておいて笑い物にするなんていくら何でもあんまりです!!」

気づいた時にはイライアス様に向かい、私は思わず噛みつくように、そんな事を言い返してしまっていました。


折角いい気分で笑っていらしたのに。
私なんかに言い返されて気分を害されたのでしょうか。

「君にドレスが似合わない? ……誰がそんな酷い事を言った?!」

イライアス様はそんな私の言葉を聞くや否や、これまでの柔らかな声から一変、不意に地の底を這うような低い声を出されました。


このような状況下で王太子殿下に噛みつくなど、馬鹿な事をしたと思います。

でも。でも、もういいです。
いっそ処刑されれば、この先こんな風に容姿を嗤われることだって、その度それに胸を痛める事だってもう無くなるのですから。

そう思って手で耳を塞ぎ俯けば、イライアス様が私に向けてその大きな手をグッと伸ばされました。
打たれるのかと思い、思わずギュッと目を閉じた、その時です。

「ごめん、シュゼットのドレス姿を笑った訳じゃないんだ。驚く仕草が可愛くてつい、ね。誤解させてすまない。……それに、それにシュゼットはとっても綺麗だよ、君を嗤うなんてとんでもない。ちゃんと鏡をみてごらん?」

そう言いながらイライアス様は長い指で私の涙を払うと、そっと鏡の方に向かって私の顔を上げさせられました。

私が綺麗?
……そんな馬鹿な。

そう思って恐る恐る鏡を見れば、そこにはヒョロッと背が高く体の薄い女装した青年などではなく、背の高い華奢な女の子が、イライアス様に背後から抱きしめられる様に立ち、茫然と私を見返すように映っていました。


「ね、綺麗だろう?」

イライアス様は鏡越しに私と目を合わせると、サプライズが成功した子供の様に本当に嬉しそうにフワッと破顔して見せられました。

正直……。
自分にはイライアス様がおっしゃるように、鏡に映る自分の姿が綺麗なのかどうかは分かりません。

でも、こんな風に無邪気に笑う、年上の男の人は初めてで。

イライアス様のそんな笑い顔を見てしまった瞬間、私は自分の鼓動が高く跳ね、これまでの辛い気持ちが、悪夢から覚める時の様にスッと薄らいでいくのを感じたのでした。
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