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第三章 魅了王子は嫌われたい イライアスとシュゼット

5.カワイソウはカワイイ?(side シュゼット)

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それから少し経って――
多忙な父の名代で、領地の騎士服を纏い一人登城してきた時です。

「騎士様、助けて! 子猫が木から降りられなくなっちゃったの!!」

お城の中庭で偶然出会った女の子に潤んだ目で見上げられ、そんな事を頼まれました。

すぐ傍に立つ木を見上げれば、二階の窓程の高さの枝の先に何やらモコモコした茶色い毛玉が見えます。

「あぁ、あれか。ちょっと待ってて」

幼い頃ジェレミーに習ったよう、目線より少し上の高さに伸びていた枝に手をかけ、幹を足で押すようにしてぐっと体を持ち上げます。
それを二度、三度と繰り返せば、何と言う事でしょう、すぐに子猫に手が届きました。

「ありがとう、騎士様!」

子猫を受け取りホッとした表情で去って行く女の子に、木の上から笑顔で手を振り返していた時でした。

「リュシアン???」

突然、木の横に面する窓から声がして、ハッとしてそちらを向けば、すぐ傍に面白そうに身を乗り出す綺麗な男の人の顔がありました。

国王陛下によく似た美しい面立ちに、王妃様と同じロイヤルブルーの瞳。

「え?! イライアス様!!?」

この国の第一にして唯一の王位継承者である王太子殿下の、突然の登場に驚いた私は

「きゃあぁぁ!!」

思わずバランスを崩し、そのまま王妃様お気に入りの花壇に背中から派手に落っこちてしまったのでした。






******


「大丈夫?!」

慌てて階段を駆け下りてきたイライアス様が、紳士らしくその手を差し伸べてくださいました。

イライアス様はその背が高くスラリと均整の取れた容姿に遜色ない、実に綺麗な手をされていました。
しかし女のやはり私とは違い、その長い指の関節は男性らしくゴツゴツと骨ばっていて。
その大きな手は握った私の掌全てを、簡単にすっぽりと覆い隠してしまいまいます。

何故だかそれが酷く恥ずかしく思えて

「あ、ありがとうございます」

オロオロと目線を彷徨わせながらそう言えば

「一瞬リュシアンに見えたけど……驚いたな、女の子か」

イライアス様はそう言って、その綺麗な瞳を丸くされました。


「どこか痛いところは?」

幸い花壇の土がフカフカだったので怪我はありません。

しかし……。
恐る恐る自分の体の下に目をやれば、私の下敷きになってしまった花々は見るも無残な姿になってしまっているのが見えました。

王妃様の花壇を荒らした咎でどんな罰が下されるのかと考えれば、サッと全身から血の気が引きます。

「シュ……シュゼットと申します。王妃様の花壇を滅茶苦茶にしてしまい、本当に、本当に申し訳ございません!!」

思わず謝罪の言葉が震え、涙目になった時でした。

「怪我が無いなら花壇なんてどうでもいいんだけど……」

優しく微笑んでいたイライアス様が突然、クイッと不思議そうに首を傾げられた後、不意にその笑みをスッと消されると

「もしかして、君…………ボクが怖いの??」

青く澄んでいたロイヤルブルーの瞳の奥を、不意にドロッと仄暗く光らせ。
イライアス様が先ほどまでの優し気な声とはまるきり違う、低くお腹に響くような声で私の耳に口付けるようにしてそんな事を仰いました。


まさか

『はい、そうです!』

とも言う訳にいかず。
ガクブルしながら

「め、滅相もございません!」

そう首を横に振れば、

「……へぇ……かわいい……」

イライアス様は私の泥を払う振りをして、無断で私の頬に触れると、恍惚とした黒い笑みを浮かべられたままそんな事を呟かれました。


「はい??!」

予想外のイライアス様の言葉に半ばパニックになり、少し大きな声を出してしまった時です。

「あ! ううん、こんなに汚れちゃって可哀そうにって。そう!! 『可愛そう』って、そう言ったんだよぉ?」

イライアス様は浮かべていらした仄暗さを瞬時にパッと消すと、誰もが見惚れてしまいそうなくらい綺麗に微笑み

「おいで」

そう言って私の手をガシッと掴んだまま、颯爽と城内へ戻っていかれたのでした。
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