上 下
25 / 57
第二章 孤高の獣は眠らない ゼイムズとローザ

12.孤高の獣は眠らない(side ゼイムズ)

しおりを挟む
オレは汚い。

体だけでなく、きっと心も。
長い事深い深い汚泥に浸りきってきたから、取返しなんてつかない程汚れ切っている。

そうして手足にはこびりついたヘドロの一部は硬く乾き、まるで囚人の鎖の様にオレをこの深い谷底に繋ぐ。

それなのに。
同じ場所まで引きずり堕としてやったと思っていたウィルは、あっさり自分だけ逃げていった。


「僕はさ、この国は歪んでて好きじゃないんだ」

そんな言葉を簡単に言い捨てて。
どれだけ焦がれてもオレは得る事をが出来なかった抗うだけの魔力を、そしてリリーを持っている癖に!
ウィルは再び全てをオレだけに押し付けてさっさと自分だけ逃げて行った。


オレだって……オレだってこんな歪んだ国大嫌いだ!!

それでも。
ウィルが逃げるなら、オレは王太子の座を絶対に降りたりなんてしない。

アイツが逃げるならオレが!
どれだけ無様であろうと、このヘドロの中藻掻ききり王となって、オレを汚し、この国を食い物にした奴らを一人残さず粛清してやる!!


寝台の上、立膝をつき、窓のそのとの闇を見つめながら、そんな事を考えていた時だった。

「寝ないの?」

隣で眠っていたローザがふと目を覚まし、少しかすれた声でそんな事を言った。




かつて学園で。
ローザは、オレからの理不尽に弱弱しく涙することも、屈して足元に縋ることもしなかった。

誰一人彼女を庇う者がいなくても、ローザは常に凛と顔を上げて己の矜持を保っており、その強さは思い続けたリリーと同じものだったから。
歪んだオレは汚すのが怖くて触れられなかったリリーの身代わりに、ローザを汚す事を選んだ筈だったのに。

本当に欲しいと心から願うのが、ローザ自身に変わってしまったのはいつからだったのだろう。


オレに魅入られた事を可哀そうに思いながら、美しい小鳥が逃げ出さないようその風切り羽を切るように、ローザの純潔を奪ったその後で

『あぁ、これで彼女はもうどこにも逃げられない』

そう胸を撫で下ろし、彼女もまたこの事に絶望して、オレと同じところまで堕ちてくればいいと安堵の溜息をついた。

オレと同じところまで堕ちて来たのならば、たった二人の深淵の中、彼女にはせめてオレが優しくしてやろう。
まるで愛しているかのように、ローザの乞うまま……オレの願うまま、甘やかしてやろう。
……そう思っていたのに。

ローザもまた、オレの元から一度あっさり逃げてみせたから。
死に物狂いになって再度捕らえた彼女のその羽を、オレは二度と飛べぬよう無残に毟った。




それでもなお消えなかったローザの瞳に灯る炎に、オレがどれだけ救われたかをきっとローザは知らない。

それと同時に堕ちて来ない彼女に焦れて、彼女を何度も傷つける苦しさに怖さに、オレの心の奥の決して誰にも触れさせなかった最後に残った純粋な部分が血を流す程に痛む事もまた、彼女は知らない。


傍らに繋ぎとめたローザの熱に慰められ、安心して深く眠りこける様になればなる程、また彼女が逃げてしまう事が怖くなる。

そのせいで彼女が再び飛び立てぬよう、彼女の傷が癒えぬよう、その傷口に爪を立てるような真似をしてしまいそうな衝動に、毎晩駆られてしまうから。
だから、オレはローザの傍で眠りこける事を止めたのだけれど……。

そんな意地を張り続けられる程、オレは強くはなくて。
彼女の安寧を願うべきところで、オレがわざわざ傷つけなくて済む様、オレが隣で深く眠れるよう、早くローザ自らオレと同じ汚い所まで堕ちてきて欲しいと、ずっと、そんな酷い事ばかり願っていたというのに。


『殿下と私の色が混ざった美しいものなので嬉しいです。ですから、私が願うのは……これが切れてしまわないことでしょうか』

組紐を見たローザが、かつてオレがリリーに言って欲しいと願いつつ、決して叶えられなかった事をサラリと言って。
彼女は同じ所まで堕ちてくるどころか、こんな細い細い紐一本で、あっさりオレの心を僅かながらこの深淵から引き上げてみせた。




まるで地獄の底に垂らされた細い命綱のようだと、手首に巻かれた美しい色の組紐を見て思う。

あぁでも。
大人のオレが本気でこれに縋れば、この細い紐はあっさり切れてしまうだろう。

長い間、かつて身に着けていた物とは色の組み合わせが異なる紐を見つめた後、オレは自分の中で更なる覚悟が決まるのを感じた。


そうだ、やはりこれを切ってしまうのは惜しい。
だからオレは……。
これを切らぬためにも、それに手を伸ばすことなく、一人この深淵で耐えて見せよう。

かつての、まだ幼かった自分ですら

『ローザを守る力と知恵が手に入るなら、ボクは喜んでそれを受け入れて見せる』

そう言い切ってみせたのだ。
今のオレに出来ぬはずなどないだろう。




……あぁ、そうだ。
お前達も覚悟するがいい、オレを食い物にした腐りきったウジ虫ども。

近いうちに必ず、必ずオレがお前達を粛清してやる!










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

想いの他暗くてびっくりされたでしょうに。
ゼイムズとローザのお話、最後まで読んで下さり本当に本当にありがとうございました(/ω\)
何気にゼイムズ好きなので、読んでいただけてとても嬉しいです。

次は、ゼイムズとローザの子供のイライアスのお話になります。
引き続きお付き合いの程、どうぞよろしくお願いいたします☆
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結済】愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします

tea
恋愛
【第一章 あらすじ】 乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。 その結果、『愛が重い』『思い込みが激しい』と王子様に鬱陶しがられ、婚約破棄され濡れ衣を着せられ修道院に贈られる道すがら暗殺されかけましたが、一人の騎士が助けてくれました。 私を助けたが為に騎士の任を解かれた彼は、私が送られた修道院がある子爵領の領主様の息子でもありました。 一見冴えないくたびれたオッサン風(でも実はイケメン)の彼に恋して楽しく勝手に尽くしているうちに相思相愛になり、再度プロポーズしてきた王子様なんて興味なく、子爵領のみんなと幸せになるお話。 完結済みです。 【第二章 あらすじ】 ざまぁされたお馬鹿王子のその後のお話。 ざまぁされ国を追われた王子が、隣国の美しくも『生き急ぐように去っていく美少年の背中を切なく見送りたい』というのが性癖の女王様に、そのジャックナイフのようにとがった所も世間知らずぶりも、愛でたいように愛でられた結果、彼女に相応しい男になりたいと懸命に努力し、その努力が報われたり報われなかったりしながら優しい大人になっていくお話。 *他サイトでは何気に第二章の方が好評でした 第一章・第二章ともに完結しました。

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

婚約破棄イベントが壊れた!

秋月一花
恋愛
 学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。  ――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!  ……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない! 「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」  おかしい、おかしい。絶対におかしい!  国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん! 2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。

処理中です...