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第二章 孤高の獣は眠らない ゼイムズとローザ
11.分かりにくい人(side ローザ)
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また別の者が口を開こうとした時だ。
それを見計らったかのようにブライアンが
「殿下、時間です。参りましょう」
そう言って再び馬車のドアを開き、その者を黙らせた。
「そのままではお風邪を召されます。せめてお召し替えを……」
コリュージュ伯の妻が慌ててそう言ったが、ブライアンは冷たい一瞥を以てそれも拒絶する。
馬車のドアが閉まり、また冷たい大粒の雨が降り始めたが、今度こそ住人たちは私達の為に道を開けた。
「殿下も魔術が使えたのですね」
ゼイムスが馬車の中に戻って来てドアが閉まった安堵から、思わずそんな事をゼイムズに話しかければ。
「いや、オレにそんな力はない。知っているだろう」
ゼイムスは口の動きを外の者達に読まれないよう、口をあまり動かさず小さな声で、そんな驚くような返事を返してきた。
「でもさっき……」
「あれはただ、風の流れを見て、雲が晴れる瞬間を見計らってさも魔術で晴れにしたように見せかけただけだ」
子どものゼイムスならば、絶句する私の姿を見て、さぞ自慢げに笑って見せたことだろう。
しかし、百戦錬磨の彼にとって今回のパフォーマンスなど取るに足りない物らしい。
前髪から雨水を滴らせるゼイムスが、外の者達には分からぬよう安堵ため息に似た吐息を小さく漏らした時だった。
コンコン
思いもかけず再び馬車のドアが小さく叩かれ、ゼイムスが思わず警戒にビクッと指先を震わせた。
外を見れば、窓を叩いたのは七歳くらいの一人の女の子だった。
女の子は何かを雨から守る様に胸に押し抱きながら立っている。
ゼイムスは一瞬躊躇った後、警戒しながらゆっくりドアを開いた。
「殿下、妃殿下。この度はこんな遠くまでわざわざいらっしゃってくださり、本当にありがとうございました」
きっと繰り返し練習したのだろう。
女の子は少し緊張した面持ちでそう言うと、チュニックの裾を掴んで一生懸命練習したのであろうすこしぎこちないカーテシーをした後、その手に持っていた物をゼイムスに差し出した。
******
「何を受け取られたのですか?」
走り出した馬車の中そう尋ねれば、ゼイムスはまた苦い顔をして、その手の中に受け取った物を見せてくれた。
ゼイムスの手の中にあった物、それは二対の組紐だった。
決して高価なものではないが、翡翠色をした糸とロイヤルブルーの糸で丹念に組まれており美しい。
きっと、ゼイムスと私の瞳の色を模し、心を込めて作られたものなのだろう。
今回はあんな事になってしまったが、元々悪意を持って迎えられたわけではないのだ。
そう思えば強張っていた肩の力が抜けていくのが分かった。
「願い事をしないとですね」
そう言って手首を差し出せば、ゼイムスは酷く複雑そうな顔をした。
「……こんな安物、無理して着けなくてもいいんだぞ」
そう言いながら、ゼイムズ自ら私の意図を察して私の手首に巻いてくれる。
「無理などしていません。殿下と私の色が混ざった美しい物なので嬉しいです」
子ども返りしていたゼイムスと話していた癖で思わず本音を口にしてしまい、しまったと慌てて口を噤んだ。
いったいどんな嫌味が返ってくるのやらと、そう思い溜息をついた時だった。
「お前は何を願う?」
ゼイムスが結ぶのに手間取っている振りをしながら、目線を落としたままそんな事を聞いてきた。
「そうですね……」
ゼイムスの意外な反応に困惑しながら、しかし再度
「折角美しいこれが、切れないことでしょうか」
そう思ったままを口にして見れば
「そうか……」
ゼイムスは泣き出しそうな、でもどこか嬉しそうな、そんな複雑な表情を隠すように、また窓の方に顔を向けて黙ってしまった。
「殿下は? 殿下は何を願われるのですか」
窓のガラス越しに目を合わせながらそう聞けば
「『殿下』と呼ばれ続けること。砕けた口を利かれないこと」
ゼイムスはこちらを向かぬままそう言った。
ゼイムスの突き放すような拒絶の言葉にまた胸の奥が冷たく凍りかけた時だ。
「分かったか」
そう言われ
「はい、で……」
『殿下』
そう言おうとした瞬間、黙るよう手で制された。
今度は何が気に障ったというのだろう。
涙が零れぬよう強く唇を噛み、下を向いた時だった。
ゼイムスが、私に向けて組紐と共に手首を突き出した。
『結べ』
そういう意味であっているだろうか??
訳の分からないままそれをゼイムスの手首に着ければ
「オレのも切ったら承知しない」
ゼイムスがそんな事を言った。
長い事ゼイムスの言葉の意味を考えた後で。
子ども返りしていたゼイムスにしていたような、気安い口調と呼び方に戻せという逆説的な意味なのかもしれないと、ようやく思い至る。
「……分かったわ、ゼイムス」
自分の考えに半信半疑のまま、恐る恐るそう返せば、ゼイムスが微かに左の眉を上げた。
…………もしかして。
今のは笑ったのだろうか?
子どものゼイムスが真っすぐな性質をしていて良く笑ったのに反して、大人になったゼイムスはその性質をすっかり歪められてしまったが故に、もうあまり笑わないのだと思っていた。
しかし大人になったゼイムズは自身を守る為、表出の仕方を変えてみせただけなのだとしたら……。
自らの力で強く生き抜いてきた彼の本質は、案外誰にも歪められてなどいないのかもしれない。
子どものゼイムスは、呪いを解く時
『キミとサヨナラするのは寂しいけど』
そう言ったけど。
きっとあのゼイムスも消えてしまった訳ではなく、今のゼイムスの一部として、確かにここにいるのだろう。
そう思えば嬉しくて
「ねぇゼイムス、守ってくれてありがとう。……私、また貴方と一緒に博物館で蝶が見たい」
そんな思いを勇気を出し、顔を上げて伝えれば。
「……考えておく」
ゼイムズは実に不機嫌そうな声でそう言って……また微かに左の眉を上げた。
それを見計らったかのようにブライアンが
「殿下、時間です。参りましょう」
そう言って再び馬車のドアを開き、その者を黙らせた。
「そのままではお風邪を召されます。せめてお召し替えを……」
コリュージュ伯の妻が慌ててそう言ったが、ブライアンは冷たい一瞥を以てそれも拒絶する。
馬車のドアが閉まり、また冷たい大粒の雨が降り始めたが、今度こそ住人たちは私達の為に道を開けた。
「殿下も魔術が使えたのですね」
ゼイムスが馬車の中に戻って来てドアが閉まった安堵から、思わずそんな事をゼイムズに話しかければ。
「いや、オレにそんな力はない。知っているだろう」
ゼイムスは口の動きを外の者達に読まれないよう、口をあまり動かさず小さな声で、そんな驚くような返事を返してきた。
「でもさっき……」
「あれはただ、風の流れを見て、雲が晴れる瞬間を見計らってさも魔術で晴れにしたように見せかけただけだ」
子どものゼイムスならば、絶句する私の姿を見て、さぞ自慢げに笑って見せたことだろう。
しかし、百戦錬磨の彼にとって今回のパフォーマンスなど取るに足りない物らしい。
前髪から雨水を滴らせるゼイムスが、外の者達には分からぬよう安堵ため息に似た吐息を小さく漏らした時だった。
コンコン
思いもかけず再び馬車のドアが小さく叩かれ、ゼイムスが思わず警戒にビクッと指先を震わせた。
外を見れば、窓を叩いたのは七歳くらいの一人の女の子だった。
女の子は何かを雨から守る様に胸に押し抱きながら立っている。
ゼイムスは一瞬躊躇った後、警戒しながらゆっくりドアを開いた。
「殿下、妃殿下。この度はこんな遠くまでわざわざいらっしゃってくださり、本当にありがとうございました」
きっと繰り返し練習したのだろう。
女の子は少し緊張した面持ちでそう言うと、チュニックの裾を掴んで一生懸命練習したのであろうすこしぎこちないカーテシーをした後、その手に持っていた物をゼイムスに差し出した。
******
「何を受け取られたのですか?」
走り出した馬車の中そう尋ねれば、ゼイムスはまた苦い顔をして、その手の中に受け取った物を見せてくれた。
ゼイムスの手の中にあった物、それは二対の組紐だった。
決して高価なものではないが、翡翠色をした糸とロイヤルブルーの糸で丹念に組まれており美しい。
きっと、ゼイムスと私の瞳の色を模し、心を込めて作られたものなのだろう。
今回はあんな事になってしまったが、元々悪意を持って迎えられたわけではないのだ。
そう思えば強張っていた肩の力が抜けていくのが分かった。
「願い事をしないとですね」
そう言って手首を差し出せば、ゼイムスは酷く複雑そうな顔をした。
「……こんな安物、無理して着けなくてもいいんだぞ」
そう言いながら、ゼイムズ自ら私の意図を察して私の手首に巻いてくれる。
「無理などしていません。殿下と私の色が混ざった美しい物なので嬉しいです」
子ども返りしていたゼイムスと話していた癖で思わず本音を口にしてしまい、しまったと慌てて口を噤んだ。
いったいどんな嫌味が返ってくるのやらと、そう思い溜息をついた時だった。
「お前は何を願う?」
ゼイムスが結ぶのに手間取っている振りをしながら、目線を落としたままそんな事を聞いてきた。
「そうですね……」
ゼイムスの意外な反応に困惑しながら、しかし再度
「折角美しいこれが、切れないことでしょうか」
そう思ったままを口にして見れば
「そうか……」
ゼイムスは泣き出しそうな、でもどこか嬉しそうな、そんな複雑な表情を隠すように、また窓の方に顔を向けて黙ってしまった。
「殿下は? 殿下は何を願われるのですか」
窓のガラス越しに目を合わせながらそう聞けば
「『殿下』と呼ばれ続けること。砕けた口を利かれないこと」
ゼイムスはこちらを向かぬままそう言った。
ゼイムスの突き放すような拒絶の言葉にまた胸の奥が冷たく凍りかけた時だ。
「分かったか」
そう言われ
「はい、で……」
『殿下』
そう言おうとした瞬間、黙るよう手で制された。
今度は何が気に障ったというのだろう。
涙が零れぬよう強く唇を噛み、下を向いた時だった。
ゼイムスが、私に向けて組紐と共に手首を突き出した。
『結べ』
そういう意味であっているだろうか??
訳の分からないままそれをゼイムスの手首に着ければ
「オレのも切ったら承知しない」
ゼイムスがそんな事を言った。
長い事ゼイムスの言葉の意味を考えた後で。
子ども返りしていたゼイムスにしていたような、気安い口調と呼び方に戻せという逆説的な意味なのかもしれないと、ようやく思い至る。
「……分かったわ、ゼイムス」
自分の考えに半信半疑のまま、恐る恐るそう返せば、ゼイムスが微かに左の眉を上げた。
…………もしかして。
今のは笑ったのだろうか?
子どものゼイムスが真っすぐな性質をしていて良く笑ったのに反して、大人になったゼイムスはその性質をすっかり歪められてしまったが故に、もうあまり笑わないのだと思っていた。
しかし大人になったゼイムズは自身を守る為、表出の仕方を変えてみせただけなのだとしたら……。
自らの力で強く生き抜いてきた彼の本質は、案外誰にも歪められてなどいないのかもしれない。
子どものゼイムスは、呪いを解く時
『キミとサヨナラするのは寂しいけど』
そう言ったけど。
きっとあのゼイムスも消えてしまった訳ではなく、今のゼイムスの一部として、確かにここにいるのだろう。
そう思えば嬉しくて
「ねぇゼイムス、守ってくれてありがとう。……私、また貴方と一緒に博物館で蝶が見たい」
そんな思いを勇気を出し、顔を上げて伝えれば。
「……考えておく」
ゼイムズは実に不機嫌そうな声でそう言って……また微かに左の眉を上げた。
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