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第二章 孤高の獣は眠らない ゼイムズとローザ
4.偽り者(side ゼイムズ)
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ある日の事だ。
オレの吹っ掛ける理不尽についに耐えかねたのだろう。
突如ローザがオレに盾突いた。
全ての理不尽に反旗を翻すかのように、ガラスの様だと思っていたローザの瞳に急に鮮やかなロイヤルブルーの炎が灯るのを見た瞬間、彼女のこんな炎のような激情を引き摺り出せたのはオレだと思ったその瞬間、背筋に歓喜や愉悦に似た何かが走った。
そしてその瞬間、この真っ直ぐオレだけに向けられた視線を、他の誰にも取られたくないと思ったオレは、
『これは彼女に与える罰だ』
と、自分自身にどうしようもない最低の言い訳をして彼女の肌を暴いた。
ローザの素肌はその瞳の色と同様、ガラスの様に冷たいのだと思っていたのに。
触れたそれは酷く熱く、その熱がオレをどうしようもないくらい夢中にさせる。
酷いやり方で、繰り返し貪った後で、彼女の白い肌に残してしまった無残な執着の痕をまるで労わるように、繰り返し口付けを落とし優しく揺すれば、ようやく彼女の声に抗えない甘さが混ざった。
それに気を良くし、実にオレらしくも無い、馬鹿な事を口走った瞬間だった。
ローザがウィルの名前を呼んで助けを乞うた。
当然だ。
彼女の婚約者はオレではなく、ウィルなのだから。
それなのに……。
それがどうしてもどうしても許せなくて、いっそ彼女が望んだわけでないとしても、結果裏切ってしまった弟の元に帰れなくなってしまえばいいと思って彼女の中を白く汚した。
ローザが誰にも頼れなくなって孤立して、オレにだけ縋っていればいいと思った。
しかし、そうなってなおローザが頼ったのはオレではなくウィルで。
気付いた時、ローザはオレの前から姿を消してしまっていた。
******
リリーと連れ立って訪れたパーティーで、いつもの様に婚約者らしくダンスを踊っていたときだった。
「そんな物、無理してつけ続けなくてもいいのよ?」
リリーに小さい声でそう苦笑され、なんの事かと首を傾げる。
リリーの目線を追えば、それが袖口からうっかり見えてしまった組紐の事だと気づき、
「あぁ」
と曖昧な返事をして、なんでもないフリをしながら軽く手首を振って、急ぎそれをシャツの中に隠そうとした。
この組みひもは、昨年リリーとお忍びで下町に遊びに行った際、
『こうして私の“嘘”に付き合ってくれているお礼』
そうニッコリ微笑み囁いて、リリーがオレにくれたものだった。
何でも、これが切れた時、持ち主の願いを叶えてくれるのだという。
「ゼイムスは何を願うの?」
そう楽しげにリリーに聞かれて思わず言葉に詰まった。
『嘘』
いつだって、オレは嘘で塗り固められた王子様の仮面を被ってリリーの前で過ごしているくせに。
彼女から無邪気にオレ達の関係はあくまで偽りのものだとそう突っぱねられるのは辛かった。
『リリーの心が欲しい』
本当はそう言いたかった。
しかしそれを言って仕舞ったが最後、良心の呵責に耐えかねリリーはオレの隣に立つ事をやめてしまうだろう。
だから
「真実の愛かな?」
この嘘の絆が、つまらない願いの成就と引き換えに切れてしまうことの無いよう、精一杯、決して叶いそうもないものを考えて。
道化のようにおどけて見せた。
こんな安物、王太子である自分がつけるようなものではないと、オレだって分かっていた。
けれど、リリーが選んでくれたそれはリリーとオレの色が混ざった美しいものだったから。
オレにとってはかけがえのない宝物だった。
だから。
リリーはオレに気を使ってくれたのだろうけれど、
『そんな物』
彼女から、そう言われてしまった事が悲しかった。
オレにとってはかけがえのない物でも、彼女にとっては違うのだと、改めて思い知らされる。
ダンスを踊りながら、周囲に気づかれる前に隠さねばと慌てたのが悪かったのだろう。
ぐいと袖の中に押し込もうとした際、カフスボタンに引っ掛け、組紐はあっけなく切れてしまった。
そしてそれがゆっくり床に落ちていくのが見えた。
ダンスを止めてしまうことなどどうでもいいと、思わず伸ばそうとしたオレの手をリリーが
「大丈夫だから」
そう言って優しく引いた。
「これまで大事にしてくれてありがとう。でももういいの。大丈夫だから‥‥‥」
視界の端でそれが誰かの靴に踏み潰されるのを見た瞬間、何だか突然ひどい疲れを感じて、眠りたいと思った。
リリーの傍でのあの温かい微睡ではなくて、ローザの隣で夢も見ず深く深く。
眠り込んでしまいたいと、そう思った。
******
卒業式の夜、オレがリリーではなくローザを結婚相手に選んだ話は、瞬く間にどういう訳か酷く美化されて市井に伝わり、
『王太子は王冠を捨てる覚悟で、真実の愛を選んだ』
と人気を博しているのだと聞いた。
そして誰がそんな噂を流したのかは知らないが、あの組紐がその愛を成就させたのだと馬鹿のように売れているのだという。
馬鹿馬鹿しすぎて反論する気力も出てこない。
歪んだ愛に真実も嘘も無い。
在るのはただただローザを泣かせ傷つけてばかりという残酷な現実だ。
そんな事を思いながら、ぼんやり窓の外を眺めていた時だった。
突然、事故でリリーと共に死んだはずのウィルが現れたかと思えば、オレに向けて魔法を放った。
オレの吹っ掛ける理不尽についに耐えかねたのだろう。
突如ローザがオレに盾突いた。
全ての理不尽に反旗を翻すかのように、ガラスの様だと思っていたローザの瞳に急に鮮やかなロイヤルブルーの炎が灯るのを見た瞬間、彼女のこんな炎のような激情を引き摺り出せたのはオレだと思ったその瞬間、背筋に歓喜や愉悦に似た何かが走った。
そしてその瞬間、この真っ直ぐオレだけに向けられた視線を、他の誰にも取られたくないと思ったオレは、
『これは彼女に与える罰だ』
と、自分自身にどうしようもない最低の言い訳をして彼女の肌を暴いた。
ローザの素肌はその瞳の色と同様、ガラスの様に冷たいのだと思っていたのに。
触れたそれは酷く熱く、その熱がオレをどうしようもないくらい夢中にさせる。
酷いやり方で、繰り返し貪った後で、彼女の白い肌に残してしまった無残な執着の痕をまるで労わるように、繰り返し口付けを落とし優しく揺すれば、ようやく彼女の声に抗えない甘さが混ざった。
それに気を良くし、実にオレらしくも無い、馬鹿な事を口走った瞬間だった。
ローザがウィルの名前を呼んで助けを乞うた。
当然だ。
彼女の婚約者はオレではなく、ウィルなのだから。
それなのに……。
それがどうしてもどうしても許せなくて、いっそ彼女が望んだわけでないとしても、結果裏切ってしまった弟の元に帰れなくなってしまえばいいと思って彼女の中を白く汚した。
ローザが誰にも頼れなくなって孤立して、オレにだけ縋っていればいいと思った。
しかし、そうなってなおローザが頼ったのはオレではなくウィルで。
気付いた時、ローザはオレの前から姿を消してしまっていた。
******
リリーと連れ立って訪れたパーティーで、いつもの様に婚約者らしくダンスを踊っていたときだった。
「そんな物、無理してつけ続けなくてもいいのよ?」
リリーに小さい声でそう苦笑され、なんの事かと首を傾げる。
リリーの目線を追えば、それが袖口からうっかり見えてしまった組紐の事だと気づき、
「あぁ」
と曖昧な返事をして、なんでもないフリをしながら軽く手首を振って、急ぎそれをシャツの中に隠そうとした。
この組みひもは、昨年リリーとお忍びで下町に遊びに行った際、
『こうして私の“嘘”に付き合ってくれているお礼』
そうニッコリ微笑み囁いて、リリーがオレにくれたものだった。
何でも、これが切れた時、持ち主の願いを叶えてくれるのだという。
「ゼイムスは何を願うの?」
そう楽しげにリリーに聞かれて思わず言葉に詰まった。
『嘘』
いつだって、オレは嘘で塗り固められた王子様の仮面を被ってリリーの前で過ごしているくせに。
彼女から無邪気にオレ達の関係はあくまで偽りのものだとそう突っぱねられるのは辛かった。
『リリーの心が欲しい』
本当はそう言いたかった。
しかしそれを言って仕舞ったが最後、良心の呵責に耐えかねリリーはオレの隣に立つ事をやめてしまうだろう。
だから
「真実の愛かな?」
この嘘の絆が、つまらない願いの成就と引き換えに切れてしまうことの無いよう、精一杯、決して叶いそうもないものを考えて。
道化のようにおどけて見せた。
こんな安物、王太子である自分がつけるようなものではないと、オレだって分かっていた。
けれど、リリーが選んでくれたそれはリリーとオレの色が混ざった美しいものだったから。
オレにとってはかけがえのない宝物だった。
だから。
リリーはオレに気を使ってくれたのだろうけれど、
『そんな物』
彼女から、そう言われてしまった事が悲しかった。
オレにとってはかけがえのない物でも、彼女にとっては違うのだと、改めて思い知らされる。
ダンスを踊りながら、周囲に気づかれる前に隠さねばと慌てたのが悪かったのだろう。
ぐいと袖の中に押し込もうとした際、カフスボタンに引っ掛け、組紐はあっけなく切れてしまった。
そしてそれがゆっくり床に落ちていくのが見えた。
ダンスを止めてしまうことなどどうでもいいと、思わず伸ばそうとしたオレの手をリリーが
「大丈夫だから」
そう言って優しく引いた。
「これまで大事にしてくれてありがとう。でももういいの。大丈夫だから‥‥‥」
視界の端でそれが誰かの靴に踏み潰されるのを見た瞬間、何だか突然ひどい疲れを感じて、眠りたいと思った。
リリーの傍でのあの温かい微睡ではなくて、ローザの隣で夢も見ず深く深く。
眠り込んでしまいたいと、そう思った。
******
卒業式の夜、オレがリリーではなくローザを結婚相手に選んだ話は、瞬く間にどういう訳か酷く美化されて市井に伝わり、
『王太子は王冠を捨てる覚悟で、真実の愛を選んだ』
と人気を博しているのだと聞いた。
そして誰がそんな噂を流したのかは知らないが、あの組紐がその愛を成就させたのだと馬鹿のように売れているのだという。
馬鹿馬鹿しすぎて反論する気力も出てこない。
歪んだ愛に真実も嘘も無い。
在るのはただただローザを泣かせ傷つけてばかりという残酷な現実だ。
そんな事を思いながら、ぼんやり窓の外を眺めていた時だった。
突然、事故でリリーと共に死んだはずのウィルが現れたかと思えば、オレに向けて魔法を放った。
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