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第二章 生き急ぐように去って行く美少年の背中を切なく見送りたい

奥手過ぎる女王様による過剰防衛の攻略法について(side リュシアン)

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ついに本懐を遂げた翌朝―
浮かれて睦言むつごとを囁けばアーデに突き飛ばされた。

本来ならば腹を立てたり、傷ついたりすべき事なのかもしれないが……。
真っ赤な顔をしているアーデを見て、ようやく、ようやく男として意識して貰えたのだと思えば嬉しくて仕方がなかった。

しかし、そう浮かれていられたのも束の間……。

油断していたらアーデに、僕への胸の高鳴りはただの体調不良だと一蹴されてしまった。


どうしたとものかと頭を抱え、深い溜息をついた時だった。

「政に関しては有能なんですけどね。色恋事に関してはあの人、実に鈍感で面倒くさいですよ? 殿下の手なんかに負えますか?」

常に僕を子ども扱いしてくる、嫌味な宰相レナルドにそう挑発された。

「問題ない」

弱みを見せたくなくて、負けたくなくて。

「僕は負ける戦いはしない主義なんだ」

落ち着き払った風を装い短くそう返せば、宰相がさも面白げに片眉を上げて言った。

「では、大人になられた殿下のお手並み拝見といきましょう」






◇◆◇◆◇

自分の部屋に戻った後、この国に来て学んだ戦法を元にアーデ攻略の策を練る。

僕が学んだのは次のことだ。

①戦いは自分の得意とする領域テリトリーに相手を引きずり込んで行うこと

②勝てないかもしれない相手とは相手の弱点が見つかるまで戦わず、弱点が分かった後は徹底的にそこを責めること

③互いに疲弊する前に敵を上手い事味方に引き入れ、戦わずして勝つこと

④力技で押し切るのは、あくまで次策だということ


アーデに有効だと思われる僕の唯一の武器は、この容姿。
アーデの弱点は色恋沙汰に酷く疎いこと。


さて、それでどうしようと思った時だった。
机の上に置かれた、僕の祖国で開かれるパーティーの招待状が目に入った。

そうだパーティーだ!
そこなら自然に着飾ることが出来て、さらに僕の強みを生かす事が出来る。

元婚約者のエリーズや父の存在も、アーデの弱点を突く旨いギミックとして機能してくれるだろう。


しかし、もしそれが上手く行かなければ……。

アーデには悪いがその時は力で押し切らさせてもらう。

アーデを苦しませたり悲しませる事は本意ではないし、力での押し切りは最善策ではないのだが、力での押切は次策としてはいつの時代もそれなりに有用なのだ。






◇◆◇◆◇

仕立て屋があの貧乏子爵が着ていた形のジャケットのデザインを寄越した時には、そのデザイン画を破り捨ててしまわないようにするのに苦労を要した。

うんざりすることに、祖国ではあれが流行っているらしい。

本来ならばそんな趣味が悪い場になど近寄りたくもないのだが、作戦の為だと懸命に気持ちを繋いだ。




流行りなど全て無視して、ただ自分がアーデの目に際立って見えることだけに心血を注いだ衣装を纏えば、

「素敵……」

アーデが頬を実に愛らしく赤らめながらそんな事を言ってくれた。

上手く行ったと心の中でほくそ笑みつつ、そんな打算など微塵も感じさせないよう柔和に微笑んで見せる。

その瞬間、僕の見目の良さにまんまと騙された周囲の令嬢達がかつての様に色めき立ち、ざわつくのが良く分かった。




僕の心は血の一滴すら全て愛しいアーデのもので、エリーズになど未練の欠片もないというのに。

エリーズを見て不安げにその瞳を彷徨わせるアーデを見ていたら、その健気な様子に胸が痛くなってしまった。

すぐに自分が心を捧げるのは生涯アーデだけだと、その場に跪いてその手に唇を押し当ててしまいたい衝動に駆られたが、これもアーデとの未来のためなのだと思い懸命に耐えていた時だった。


癪な事に、そんな僕の様子に気づいたのだろう。
エリーズの隣に立っていた貧乏子爵が

「オレは利益じゃ動きませんが……男には負けると分かっていても戦わないといけない時がありますからね。ご武運を」

そんな馬鹿な事を言って来たから、意図せず脱力する羽目になった。


何が『負けると分かっていても戦わないと』だ。

仮にもお前は元騎士だろうに。

最悪勝てなくてもいい。
しかし国土を焼かれてしまえば、そこから立ち直るまでに長い時間を要し人も国も疲弊する。

だからこそ戦では勝てなくとも負けてはならぬのだ。


去って行く貧乏子爵の背をぼんやり見ながら、この国は相変わらず平和ボケしているんだなと、そう鼻で嗤えば、迷子の子猫のような顔でこちらを見ていたアーデと目が合った。

「貴方が望むのなら、この国を無血で取って来てリボンをかけて差し出して見せますよ」

思わずそんな事をアーデの耳に囁けば、それを冗談だと勘違いしたアーデが、少し困ったような顔をして曖昧に笑った。






◇◆◇◆◇

国に戻った翌日―
神妙な顔をしたアーデに執務室に来て欲しいと言われ、ついに勝負の時が来たと気を引き締めた。

待ち合わせ場所に執務室を指定された。

しかしそこは僕に優位な領域テリトリーではない為、上手い事言いくるめ部屋で待つよう伝えれば、初心なアーデは僕の下心を疑うことなくすぐにそれに同意してくれた。


少しでも多くアーデの目を引けるよう、服の色合いをまだ自分がこちらに来たばかりの頃好んで着ていた物に変え。
目薬を差し、大きく深呼吸をした後で寝室のドアを開けた。


そして。

常日頃より宰相との化かし合いで得た演技力でもって芝居を打ってみせれば、その嘘に気づかずアーデが泣きそうな顔をして僕の頬に優しく触れてくれた。

アーデから触れてもらえた。

それだけで嬉しくてしかたなくて、思わずキスしてしまいそうになるのを耐えるのは苦痛でしかなかった。


その為、本当はもっとアーデに色々しゃべらせて、僕から離れられぬよう言質を取るってからダメ押しにベッドに沈めるつもりだったのだけれど……。

「どれだけ私がリュシアンを愛してるか」

思いもかけず、アーデがそんな嬉しい事を言ってくれたから、それ以上我慢が効かず思わずそこで押し倒してしまった。






◇◆◇◆◇

事後―
結局また、力で押し切ることになった事を一応は反省しつつ、

『離縁なんて言い出したら、更なる武力行使もやぶさかでない』

という事を匂わせながら

「そういえば、大事な話って何だったんですか?」

そう尋ねた。


すると……。

僕に騙されたばかりだというのに

「ずっと私のそばにいてくれる?」

思いもかけずアーデがそんな、うっかり本物の涙が滲んでしまいそうなくらい嬉しい事を言ってくれたから。

「えぇ、そう約束したでしょう?」

本当はもっと大人って余裕たっぷりに笑って見せたかったのに、思わず素の表情を晒してしまった。

そうしてまだまだ彼女には勝てそうにない事を悟った僕は、改めて彼女に負けだけはせぬことを、強く心に誓うのだった。
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