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第一章 愛が重め故、断罪されました

オレだけ諦めるなんて、そんなカッコ悪い真似、出来る筈がないよな? (side ジャン)

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エリーズが来て、三か月あまり経った頃―
エリーズより王都に戻る旨を告げられた。

精一杯カッコつけて。
まるでほんのしばしの別れだと、何も気にしていない様な程を装って精一杯笑って。
何とか無事エリーズを送り出した後で、ようやくオレは、あの時の侍女の気持ちが分かった気がした。


オレはずっと

『あの時自分が身を引いたのは正しかったのか、それともそれは不誠実な事だったのか』

と、侍女の目に最後自分がどう映っていたのかばかりを気にしていた。

しかし相手の為にならぬからと、必死に自身の思いを諦めるよう自分に言い聞かせてきた側の思いとしては……。
相手が幸せになってくれればただそれだけで十分だったようだ。

改めて、自分がいかにガキだったかを思い知らされて恥ずかしくなる。


同時に、

『これで自分の事しか考えられない子どもだった自分の恋が終わったように、エリーズの中にあるオレへの思いも終わるだろう』

……少しセンチメンタルな気分に浸りながら、そう考えたオレは甘かった。






◇◆◇◆◇

離れてなお、エリーズは毎日オレに手紙を書いて寄越した。

いや、正しくは毎日届く訳ではない。
こんな田舎に王都からの郵便を毎日せっせと運ぶ者はない。

王都からの郵便が届くのは週に一度。

それ故、毎週末、七通から九通程度の封筒が一度にオレの元に届くのだ。


こちらで三か月暮らした彼女もこうした郵便事情はよく知っているはずだ。

だから手紙はせめて週に一度出すだけで十分間に合う事を、彼女も分かっているだろうに。


エリーズはそんな郵便事情など全くお構いなしに、毎日オレ宛の手紙を書いているようだった。

いや、一週間は七日しかないのに手紙が九通以上来ているのだから毎日以上か。


筆まめというか、何というか……。

エリーズらしいとでも言えばいいのだろうか?




エリーズからの分厚い封筒を見た配達人は

「どんな大掛かりな事業の嘆願書なんですか?!」

戦慄わなないていた。

オレが開いた手紙を遠目に見た者は、こちらの生活を気遣う内容がビッチリ書かれた文面に

「呪いの手紙ですか??!」

と怯えていた。


手紙にはいつも子ども達への菓子やら何やらが沢山添えてあったから。
それを毎回運んでくれる者は

「愛が重い!!」

とウンザリしていた。


そしてエリーズからの手紙はいつも

『結婚してください!』

の言葉で締めくくられていた。


その最後の一文に力なく笑って独り言ちる。

「あー、それは無理だな……」


無罪を証明された今、エリーズは再び子爵のオレには到底手の届かない人となってしまった。

結婚どころか、最早気楽に話しかける事さえ今は叶うまい。


こんなことなら、王都などに行かせなければよかった。

彼女が世間知らずな事につけ込んで、王太子妃になる為に必要な純潔を奪ってしまえばよかった。


気を緩めるとそんな汚い思いが沸き上がってしまう。


しかしその一方で。
王太子妃となるに相応しい高潔な彼女を守りきり、あるべき場所に帰すことが出来た事を、オレは誇りにも感じていた。






◇◆◇◆◇

ある暖かな午後の事だった。

エリーズからの贈り物を受け取りに来た孤児院の子ども達に、エリーズがいつここに戻って来るのか尋ねられた。

「もう、ここには戻ってこない」

思い切ってそう本当の事を告げれば、子ども達が泣き出してしまった。

「どうして? どうして帰ってこないの?? エリーズ、すぐ帰って来るって言ってたよ?」

そう泣きながら詰められて。
オレは情けなく眉尻を下げる事しか出来なかった。

「エリーズがここには戻りたくないって言ったの?」

「そうじゃないが……」

「私、エリーズと長い事はなれてて寂しい。エリーズだってきっとそうよ。だから、ジャン様が早く迎えに行ってあげて!」

オレがエリーズを迎えに?
子ども達の言葉に思わず頭を掻いた。

そんな事、考えてもみなかった。

でもまぁ……。
思いついたとて、侍女と駆け落ちするのとは訳が違う。

王太子妃候補を攫って逃げるなど土台無理な話だった。


「それは……出来ない。そんな事をしたらここも、キミ達の家も無くなってしまう」

前回彼女を庇った時は、侯爵家が上手く裏から手を回したからオレにお咎めはなかった。
しかし今もし彼女を攫って逃げたら、今度こそオレは反逆者だ。

子爵である父にも、いてはこの領地にもお咎めが及ばない筈がない。


『年端も行かない子どもに残酷な事を言ってしまった』

そう気まずく思い、子ども達に背を向けようとした時だった。

「だからって諦めるの?」

いつもエリーズにくっついていた、六つにもならない女の子マリーが真っすぐオレの目を見据えてそう言った。

「エリーズなら諦めないよ!」

「そうだよ、エリーズなら絶対諦めない!」

マリーの声を受けて、子ども達が口々にそう騒ぎ始める。

「…………」


子ども達の真っすぐな思いが眩しかった。
子ども達のその向こう見ずな青さを酷く好ましく思った。

そして。
オレはそれと同時に、大切な人を守る為に早く大人になりたいと願っていたはずだった自分が、今となってはすっかり年を取り過ぎてしまっていた事に気づいた。

結局誰も守れぬまま、成長するのではなくただ老いて腑抜けてしまった自分。

それを老成した気になって、ほろ苦い思いと共に無理矢理飲み込んで、また大切な人を締めようとした時だった。


「エリーズはいつも言ってたよ。ジャン様は利益では動かない。でも困った人の為なら誰よりも先に動いてくれるとってもとっても素敵な騎士様だったって!!」

マリーがまた思いもかけず、そんな事を言うから。
オレは年甲斐もなく自分の胸が、かつての様にまた熱くなってしまったのを感じた。


すぐさま飛び出したい気持ちにかられたが、それでもまだ少しの迷いも残っていて。

屋敷の者達の顔をゆっくり見渡せば、驚いた事に皆笑顔で頷いてくれている。

最後に目が合った父は家令に言って、あの日エリーズが仕立てに出した上着を持ってこさせた。
どうやらこれを持ってとっととエリーズを連れ戻しに行けとのことらしい。

エリーズに会って、彼女のひたむきさ真っすぐさに絆される前の父なら、

『決して馬鹿な真似などせぬように』

と寧ろ厳しく止めてきただろうに、全く。


上着を受け取る際、家令が小く声で耳打ちしてきた。

「四日後に大規模な夜会が予定されていると、エリーズ様伝手で繋がった辺境伯からうかがっております。恐らくそこで何等かの発表があると思われますから、お迎えに向かわれるのであれば急がれたほうがよいかと」
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