上 下
48 / 59
第三章 刺激的なスローライフ

46.俺の夢

しおりを挟む
兄の元に帰す事を望んだのは、他の誰でもないトレーユ自身の癖に。

「……分かったよ。帰ろう」

ため息交じりに苦笑しながらそう言ったカルルの言葉に、彼は一瞬酷く苦し気に顔をしかめた。
しかしすぐさまそれ自身の恋情を全て消し去るかのように、見ている俺の胸が痛くなるくらい淡く淡く微笑み、カルルからゆっくりその手を離した。

その時だった。

「その代わり、私はキミの兄上とは結婚しないし王太子妃にはならないからね」

カルルがまたそんな事を言い出したものだから、トレーユの表情が瞬時に再び酷く険しくなった。


「それでは意味がありません!!」

そう噛みつかんばかりのトレーユに、

「意味?」

昔二人で話していた時の癖なのだろうか。
カルルがそんなトレーユに怯えるでもなく、聞き分けの無い子供と話を諭すように『分からないなぁ』とわざとらしく肩をすくめて見せた。


「僕は姉上を王太子妃に……」

「何の為に? 私はそんな事望んでいないよ」

「ですが!!」

「……キミは昔から頭はいい癖に人の話を聞かないとこがあるからなぁ」

カルルは懐かし気に目を細め、幼い少年にするように、トレーユの髪をそっと撫でながら言った。

「キミは私が不当にその地位を追われたと未だに思っていたのだろうけれど……、本当にそうではないんだよ」

カルルのこれまでとは異なる凪いだ穏やかな声に

「……姉上?」

トレーユの表情に初めて戸惑いの色が浮かんだ。




「もう一度だけ言うよ。私は王太子妃の座など今となってはこれっぽっちも望んでいないんだ。だから、そんな私を無理に王太子妃に戻すというのならば、それこそキミが嫌う不当な扱いをキミ自身が私に強いる事になる」

これまでの調子とは異なった、カルルの威厳に満ち落ち着いた声に、そしてきっぱりとした物言いに。
トレーユはしばらく何か反駁せねばと黙ったまま口を閉じたり開いたりしていたが、彼女の意思が覆る事はないと悟ったのだろう。

トレーユは下を向き、グッとその形の良い唇を噛んだ。

「トレーユ、キミは私を帰す事ばかり考えてくれていたけれど……私が一番望んでいたことは、キミが約束通りちゃんと帰って来てくれることだったんだよ。そして、トレーユ、キミはそれを叶えてくれた。あの時私がどれほどキミに救われたか、キミは分かっていない」

そう言って。

それ以上力を入れて傷つけてしまわぬようになのだろう。
カルルがゆっくりとその瑞々しい唇で、そっとトレーユ唇に触れた。

「だからトレーユ、一緒に帰ろう。もしキミがそれを望むのならば、王位を継ぐ事からは最も縁遠い第四王子と、新たに立ったその婚約者として。キミが私を救ってくれたんだ。だから、他の者の地位を脅かしたり不用意に傷つけたりしないとキミが誓ってくれるのであれば、私はキミと一緒に帰ろう」






◇◆◇◆◇

「さて、では今度こそ参りましょう」

トレーユとカルルが去った後、そう言って二コラがローザに向けて、またキザったらしく手を伸べた。
僅かに頬を染めニコラの手を取ったローザが、そうだったと思い出したように俺を見た。

「ハクタカ、一緒にしばらく住まないかと言ったのは私なのに申し訳ないが、そういう訳で、私は一度王都の家に戻ろうと思う。ハクタカとアリアは良かったらしばらくここを自由に使ってくれ。流石にハクタカ一人では大変だろうから、王都から今度こそ修繕と屋敷の維持管理の為に人を寄こそう」

ローザのその申し出に、俺は首を横に振った。

「いや、ローザが帰るなら俺達もすぐにでもここは離れようと思う」

「村に帰るのか?」

ニコラの言葉に首を横に振れば、ニコラが実に面白そうに口の片方の端を吊り上げてみせた。

ニコラの思い通りになるのは実に癪だが……

「折角だから、このまま村には戻らず、しばらくいろんなところを見て回ろうと思う」

そう言って、

『付き合ってくれるか?』

と、アリアを振り返れば。
アリアがニコニコしながら頷いてくれた。

「ピー!!」

アリアの手の中でオーちゃんがそんな風に鳴き、ひょこっと俺の鞄の中からシューも顔を出した。
どうやら、オーちゃんとシューも俺の冒険に付き合ってくれるらしい。




ローザとニコラを見送り、片づけを済ませた後で。

「さて、まずはどこに行こうか」

半ば独り言の様にそう口に出して呟いた。
空は青く澄み渡り、太陽は眩しいまでに輝いている。


『オレの憧れの一人であったお前の親父のように……いや、それ以上の冒険者にお前なら、お前ならなれるって何度も言ってるだろうが!!!』

昨晩ニコはそう言ったが、魔王が倒された今、世界は割りと平和だ。

そんな世界で何をどうすれば、あの絶望の時代を人々を助けながら生き抜いた父さんの様に凄い冒険者になれるのか??
俺には皆目見当がつかない。

どうしたものかと俺が首を捻った時だった。


「ねぇ、次はレイラのところに行ってみようよ!」

アリアが俺を真似して空を見上げ、眩しげに微笑みながらそんな事を言った。

レイラとは今でも手紙で時々やりとりしているが、もう長い事会っていない。
レイラが住んでいるのは、ここからさほど遠くない山間の、平和な小さな鄙びた村だったか?

「なんかね、レイラはいま孤児院のお手伝いが大変で、なかなかそこを離れられないんだって」

俺の夢はいつか父さんの様に凄い冒険者になること。
凄い冒険を目指すなら、きっとそこは俺が目指すべき場所ではない……のだが?

俺の夢は同時に赴いた先の田舎で助けた不遇な美少女達と悠々自適なスローライフをおくることでもある!
きっとレイラが手伝っている孤児院不遇な環境には、俺の助けを待っている人達がいるのだ。

ニコラのせいで、そんな実に余計な野望まで思い出してしまったんだから、遠回りだろうと、お人よしと後でニコラに馬鹿にされても行かない訳にはいかないよな?

「よし! まずはレイラの暮らす村を目指すか」

降り注ぐ陽ざしに向かってグーッと伸びをしながらそう言えば、アリアが『わーい』と無邪気に笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】底辺冒険者の相続 〜昔、助けたお爺さんが、実はS級冒険者で、その遺言で七つの伝説級最強アイテムを相続しました〜

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 試験雇用中の冒険者パーティー【ブレイブソード】のリーダーに呼び出されたウィルは、クビを宣言されてしまう。その理由は同じ三ヶ月の試験雇用を受けていたコナーを雇うと決めたからだった。  ウィルは冒険者になって一年と一ヶ月、対してコナーは冒険者になって一ヶ月のド新人である。納得の出来ないウィルはコナーと一対一の決闘を申し込む。  その後、なんやかんやとあって、ウィルはシェフィールドの町を出て、実家の農家を継ぐ為に乗り合い馬車に乗ることになった。道中、魔物と遭遇するも、なんやかんやとあって、無事に生まれ故郷のサークス村に到着した。  無事に到着した村で農家として、再出発しようと考えるウィルの前に、両親は半年前にウィル宛てに届いた一通の手紙を渡してきた。  手紙内容は数年前にウィルが落とし物を探すのを手伝った、お爺さんが亡くなったことを知らせるものだった。そして、そのお爺さんの遺言でウィルに渡したい物があるから屋敷があるアポンタインの町に来て欲しいというものだった。  屋敷に到着したウィルだったが、彼はそこでお爺さんがS級冒険者だったことを知らされる。そんな驚く彼の前に、伝説級最強アイテムが次々と並べられていく。 【聖龍剣・死喰】【邪龍剣・命喰】【無限収納袋】【透明マント】【神速ブーツ】【賢者の壺】【神眼の指輪】  だが、ウィルはもう冒険者を辞めるつもりでいた。そんな彼の前に、お爺さんの孫娘であり、S級冒険者であるアシュリーが現れ、遺産の相続を放棄するように要求してきた。

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

俺だけステータスが見える件~ゴミスキル【開く】持ちの俺はダンジョンに捨てられたが、【開く】はステータスオープンできるチートスキルでした~

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人はクラスメイトたちと異世界へ召喚されてしまう。 異世界より召喚された者は神からスキルを授かるが、直人のスキルは『物を開け閉めする』だけのゴミスキルだと判明し、ダンジョンに廃棄されることになった。 途方にくれる直人は偶然、このゴミスキルの真の力に気づく。それは自分や他者のステータスを数値化して表示できるというものだった。 しかもそれだけでなくステータスを再分配することで無限に強くなることが可能で、更にはスキルまで再分配できる能力だと判明する。 その力を使い、ダンジョンから脱出した直人は、自分をバカにした連中を徹底的に蹂躙していくのであった。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

処理中です...