上 下
30 / 39
番外編 永遠の迷宮探索者 ~新月の伝承と竜のつがい~

2.東の迷宮(sideレリア)

しおりを挟む
それからまたしばらく経った頃。
生まれつき体の弱かった弟がまたまた熱を出した。

今度は家にいた父が走って薬師を呼びに行ったが、この街にある薬では治せないと、弟の容態を見て薬師は実に気の毒そうに首を横に振った。

薬師の見立てによれば、この街の東にある迷宮の最深部に育つ珍しい薬草があればもしかしてとのことだったが……。
我が家にそのような高価な薬草を買うだけのお金は当然ながら無い。


『弟を助けてください』

教会で祈る私に声をかけてくれたのは、やはりテオだった。

事情を話せば、テオはあっさりそれを取って来てくれると言う。
しかし、テオにはその薬草がどんな姿形をしているかを知らなければ、探し方も分からないらしい。

私も連れて行って欲しいと彼に頼めば。

「……いいよ」

絶対にダメだと言われると思っていたのに、彼からはあっさり同行の了承をもらう事が出来た。





******

急ぎ家に戻り、支度を整える。
家族には絶対に反対される事が分かっていたから、置手紙だけを残す事にして。
私はクローゼットの中から華やかさはないが仕立ての良い厚手の外套と丈夫な皮のブーツ、そしてナイフやロープ、蝋燭にコンパスと旅に必要な道具がコンパクトに、しかし大量に詰まった鞄を引っ張り出した。

外套もブーツも、鞄も鞄の中身も。
どれも、私がまだ表立って新月の竜のお話を信じていた頃より、美しき数々の伝承に魅入られ、いつか探索者になって竜を探す冒険の旅に出るのだと夢みて少しずつ集めてきた、宝物だ。

その鞄の中に水を詰めた水筒と、急いで作ったハムとチーズのサンドイッチを詰め込んで待ち合わせ場所に急げば、

「じゃあ行こうか」

テオがいかにも旅慣れた様子で、全く気負うことなく私に向かってその手を伸べてくれた。






******

「何があっても絶対に守って見せると誓うけど。でも、出来るだけ離れないで」

そう言って。
テオが伸べてくれた左手に触れた瞬間、彼が一瞬ピクリとその指先を強張らせた気がした。

何か変な事をしただろうかと気になってテオを見るも、彼はその身にまとう香りの様に甘く微笑むばかりで、特段普段と変わった様子も、何か私を見とがめるような素振りも見られない。

『気のせいだったのだろうか?』

そう思った時だ。
テオが不意に立ち止まると、右手で剣を抜いた。

思わずカンテラで洞窟の先を照らそうとして、テオに止められる。
怖くなって思わず離れぬ様指を絡めるようにして繋いでいた右手に、無意識の内に力を籠めれば、

『心配ない』

とばかりにテオが親指の腹で優しく私の手の甲を撫でてくれるのが分かった。

それに安堵して、息を殺し周囲の気配を探った時だ。
少し先の天井からカサカサと何か巨大な生き物が蠢く音が聞こえると共に、そこに八つの赤い光が見えた。

「逃げよう!」

そう私が叫んだのと、テオにまっぷたつに切り裂かれ絶命したそれの死骸がドスンと音を叩て目の前に振って来たのは、ほぼ同時だった。

真っ青になりつつ、目の前に振って来たそれを見れば。
その正体は何と、この迷宮の主と噂されている八つの目を持つ巨大な足長蜘蛛に似た魔獣であった。

おそらく、最下層に更に強力な魔物が湧いた為、住処を追われ別の巣穴を求め這い出してきたのだろう。

一人でこの国の騎士団一隊の力に相当すると言われているブロンズランクの探索者のパーティーでさえ、この魔獣を一人で倒す事は出来ないと言われている。
そのため私は、伝承に倣い蜘蛛にとって催眠効果の高い香を焚いて、魔獣が眠っている間に薬草を採取するつもりだったのだが。

『もし、ここにテオがおらず、そのままあれが街に這い出してきていたら……』

そんな事を思った瞬間、改めて背筋が恐怖で凍った。

「早く街に戻って騎士団に報告を!」

私がそう言ったのと、

「少しでも早い方がいいだろうから、近道しようか」

テオがそう言いながら道の淵に立ち下を指さしたのもまた、ほぼ同時だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』

伊織愁
恋愛
 人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。  実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。  二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』

異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜

雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。 モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。 よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。 ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。 まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。 ※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。 ※『小説家になろう』にも掲載しています。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...