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番外編 永遠の迷宮探索者 ~新月の伝承と竜のつがい~
1.伝承 (sideレリア)
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新月の夜に外に出てはいけないよ
竜に見つかって食べられてしまうから
この国にはそんな言い伝えがある。
おそらく新月の夜に道を踏み外して命を落としたものがいたのが元になっているのだろう。
十七になり、そんなおとぎ話を信じなくなった振りを装っている私は、そんなふうに思っている。
そんな私は、新月の真っ暗な夜道を、一人カンテラの明かりを頼りに急いでいた。
一番下の弟がまた熱を出したので、折り悪く不在の父に代わり、母に次ぎ一番の年長者である私が街の端に住む薬師を呼びにいくところなのだ。
薬師の家までもう少しという所だった。
そんな教訓まで思い出していたにも関わらず、私は見事に下り階段を踏み外した。
ゆっくりと宙を舞いながら、私も新月の夜に竜に見つかり食べられてしまったお話の一端となる運命なのだろうかと、そんな事を思った時だ。
酩酊するような甘い香りが辺りを包んだ。
その次の瞬間だった。
私の前に、黄金色の瞳をした片翼の美しい天使様が現れた。
宙を舞った私の体を、天使様は危なげなく優しく抱きしめるようにして受け止めてくださった。
体が近づいたせいで、より香りが甘く濃くなって。
私が、酒気に酔い正体をなくした人の様に、自分の呼気がどうしても荒く熱くなってしまうのを感じた時だ。
「大丈夫?」
そんな低く優しい声が私に向けられた。
それにハッとして体を離せば、そこにいたのは初めて見る旅装束を纏った背の高い綺麗な顔をした男の人だった。
見間違い、だったのだろうか?
カンテラで照らしてみた彼の瞳は金色ではなく、ありふれた青をしていて、そこに翼らしきものは見られない。
しかし、彼からは相変わらず先程香った甘い香りが漂っていて、その香りは一度だけ口を付けた事のある上等の蒸留酒の様に私の体を内側から鈍く焦がし続けた。
その後――
私を心配してくれた彼が暗闇の中、カンテラも使わずに危なげなく、私を薬師の元まで送り届けてくれたおかげで。
私の弟はその晩も、事なきを得る事が出来たのだった。
******
翌日、私は街の広場で昨晩助けてくれた彼を見つけた。
嬉しくなって思わず駆け寄れば、彼はその美しい容姿に似合わず実に気さくに私に向かって笑いかけてくれる。
昨晩の礼を伝えれば、彼はテオドールと名乗ると同時に、自らを昨晩この街にやって来た迷宮探索者だと言った。
また彼は、旅の疲れを癒す為、しばらくの間この街に留まる予定らしい。
なるほどそう言われてみれば彼は剣を佩いており、その身に纏う服も街で暮らす人々の着る者よりも、生地が厚く丈夫そうに見える。
そんな事を考えていると、不意に彼からまた、あの甘い香りがした。
休みの為、度数の高い酒を嗜んでいるのだろうかとも思ったが、昨晩同様そのような気配は見られない。
一度家に戻った後、昨晩助けてもらったお礼にと、焼き立ての挽肉が沢山詰まったパイを彼に差し出せば。
テオはまた優しく笑ってそれを受け取ってくれると、すぐそばにあったベンチに私と並んで腰かけた。
そうして、男性らしく私とは明らかにサイズの異なるその口をパクっと大きく開き、その場で一切れ程美味しそうに食べてみせてくれたから。
彼の甘い香りにあてられたまま、うっかり彼の鋭い牙にも似た犬歯と真っ赤な舌を覗き見てしまった私は、また不意にどうしようもなく体の中が熱くなっていくのを止められなかった。
弟や幼馴染の友人達であれば、きっと口の周りや服の上をパイの欠片まみれにしてしまっただろうに。
テオの食べ方はとても綺麗だった。
粗野という言葉とは実に縁遠い、その物腰の柔らかさからも感じてはいたが、やはり彼は良い家の生まれなのだろう。
そんな別の事を一生懸命考えているうちに、すっかりそれを食べ終えたテオとまた目が合った。
「どうかした?」
そう尋ねられ、言葉に窮する。
しかし何も言わない訳にもいかず、ふと思いついて。
「テオってもしかしてうわばみ?」
そう、香りの正体についてさりげなく尋ねれば
「……うわばみとは少し違うかな」
テオが何故か酷く可笑しそうに笑った。
そうして。
「少し違う? じゃあ、何なの??」
私の問いに
「……もっとずっとずっと悪いモノ」
テオは真っすぐ私を見るとその犬歯を見せるように口を開くと、どこか悪そうな顔をして、しかし酷く酷く妖艶に嗤って見せたのだった。
竜に見つかって食べられてしまうから
この国にはそんな言い伝えがある。
おそらく新月の夜に道を踏み外して命を落としたものがいたのが元になっているのだろう。
十七になり、そんなおとぎ話を信じなくなった振りを装っている私は、そんなふうに思っている。
そんな私は、新月の真っ暗な夜道を、一人カンテラの明かりを頼りに急いでいた。
一番下の弟がまた熱を出したので、折り悪く不在の父に代わり、母に次ぎ一番の年長者である私が街の端に住む薬師を呼びにいくところなのだ。
薬師の家までもう少しという所だった。
そんな教訓まで思い出していたにも関わらず、私は見事に下り階段を踏み外した。
ゆっくりと宙を舞いながら、私も新月の夜に竜に見つかり食べられてしまったお話の一端となる運命なのだろうかと、そんな事を思った時だ。
酩酊するような甘い香りが辺りを包んだ。
その次の瞬間だった。
私の前に、黄金色の瞳をした片翼の美しい天使様が現れた。
宙を舞った私の体を、天使様は危なげなく優しく抱きしめるようにして受け止めてくださった。
体が近づいたせいで、より香りが甘く濃くなって。
私が、酒気に酔い正体をなくした人の様に、自分の呼気がどうしても荒く熱くなってしまうのを感じた時だ。
「大丈夫?」
そんな低く優しい声が私に向けられた。
それにハッとして体を離せば、そこにいたのは初めて見る旅装束を纏った背の高い綺麗な顔をした男の人だった。
見間違い、だったのだろうか?
カンテラで照らしてみた彼の瞳は金色ではなく、ありふれた青をしていて、そこに翼らしきものは見られない。
しかし、彼からは相変わらず先程香った甘い香りが漂っていて、その香りは一度だけ口を付けた事のある上等の蒸留酒の様に私の体を内側から鈍く焦がし続けた。
その後――
私を心配してくれた彼が暗闇の中、カンテラも使わずに危なげなく、私を薬師の元まで送り届けてくれたおかげで。
私の弟はその晩も、事なきを得る事が出来たのだった。
******
翌日、私は街の広場で昨晩助けてくれた彼を見つけた。
嬉しくなって思わず駆け寄れば、彼はその美しい容姿に似合わず実に気さくに私に向かって笑いかけてくれる。
昨晩の礼を伝えれば、彼はテオドールと名乗ると同時に、自らを昨晩この街にやって来た迷宮探索者だと言った。
また彼は、旅の疲れを癒す為、しばらくの間この街に留まる予定らしい。
なるほどそう言われてみれば彼は剣を佩いており、その身に纏う服も街で暮らす人々の着る者よりも、生地が厚く丈夫そうに見える。
そんな事を考えていると、不意に彼からまた、あの甘い香りがした。
休みの為、度数の高い酒を嗜んでいるのだろうかとも思ったが、昨晩同様そのような気配は見られない。
一度家に戻った後、昨晩助けてもらったお礼にと、焼き立ての挽肉が沢山詰まったパイを彼に差し出せば。
テオはまた優しく笑ってそれを受け取ってくれると、すぐそばにあったベンチに私と並んで腰かけた。
そうして、男性らしく私とは明らかにサイズの異なるその口をパクっと大きく開き、その場で一切れ程美味しそうに食べてみせてくれたから。
彼の甘い香りにあてられたまま、うっかり彼の鋭い牙にも似た犬歯と真っ赤な舌を覗き見てしまった私は、また不意にどうしようもなく体の中が熱くなっていくのを止められなかった。
弟や幼馴染の友人達であれば、きっと口の周りや服の上をパイの欠片まみれにしてしまっただろうに。
テオの食べ方はとても綺麗だった。
粗野という言葉とは実に縁遠い、その物腰の柔らかさからも感じてはいたが、やはり彼は良い家の生まれなのだろう。
そんな別の事を一生懸命考えているうちに、すっかりそれを食べ終えたテオとまた目が合った。
「どうかした?」
そう尋ねられ、言葉に窮する。
しかし何も言わない訳にもいかず、ふと思いついて。
「テオってもしかしてうわばみ?」
そう、香りの正体についてさりげなく尋ねれば
「……うわばみとは少し違うかな」
テオが何故か酷く可笑しそうに笑った。
そうして。
「少し違う? じゃあ、何なの??」
私の問いに
「……もっとずっとずっと悪いモノ」
テオは真っすぐ私を見るとその犬歯を見せるように口を開くと、どこか悪そうな顔をして、しかし酷く酷く妖艶に嗤って見せたのだった。
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