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本編
雪が降る前に
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「明後日この街を発つよ……雪が……」
「そう」
『雪が降る前に』
ラーシュはせっかくそんな言い訳を用意してくれていたのに。
その言葉を聞く前に、うっかり了承の返事を被せてしまった事を申し訳なく思います。
でも、流石に私だってもう分かっています。
ラーシュと共にいる時間は楽しくて胸が潰れそうになるくらい離れがたいけれど、一緒に居ることも同じくらい苦しいのです。
テオから聞いた、番だった私に言ったというラーシュの言葉を思いしました。
『君がいない世界で僕は生きていけない。でも、僕はここを離れられない。君が死んだら僕も死ぬ。だから、死ぬまでここに居てよ』
テオの口からその言葉を聞いた時は、番を求める本能に縛られるラーシュをただただ可哀そうに思ったものですが。
こうしてラーシュと向かい合っていると、悲壮過ぎる覚悟を持ってそう言ってもらえた番だった私のことがただただ羨ましくて仕方なくなります。
だから……。
今度は私が頑張る時だと思いました。
「またこの街に立ち寄ったときには声をかけてね」
隣人を送り出す時の様に、明るい声を出してそう笑えば、もう二度とこの街には立ち寄らない覚悟をしているのであろうラーシュが
「あぁ、約束する」
そう言って、私と合わせ鏡の様に綺麗に笑ってみせてくれました。
「見送りはいい」
「お見送りには行けないと思うの」
また言葉が被りました。
私と違って大人で強いラーシュがどうぞと私に言い訳をさせてくれます。
「……明日、隣街に行く用事があって……」
「……そうか。テオは一緒か? この辺りの治安はいいようだが、くれぐれも道中気を付けて」
二人の間に重い重い沈黙が落ちた時でした。
「なぁーん」
そう小さく鳴いて、別れを告げるように拾った黒猫が私の足に額を擦り付けて来ました。
「この子はどうするの?」
私の質問に、ラーシュが優しい声で返します。
「連れて行くことにするよ」
「そっか……寂しくなっちゃうな」
子猫の頭を指で掻いてやれば、子猫がしっぽをピンと立てて私の手にも額をこすり付けました。
「それじゃあ、元気でね。いろいろありがとう」
最後に大好きだったラーシュの海のように青い瞳を見ようか迷った末、やめました。
ラーシュの部屋を一人出た後で、もう二度と会えないであろうラーシュの姿を最後に鮮明に目に焼き付けておけばよかったという後悔と、このまま記憶の中で朧げに風化させてしまえる安堵感が綯い交ぜになって、心が粉々に砕けてしまいそうに痛みます。
自分の部屋に帰る途中でテオに会いました。
テオに声を掛けられた瞬間、安堵感からか我慢していた涙が溢れ、思うように息が出来なくなります。
きっと、番だった頃の私と同じ取り乱し方をしてしまったのでしょう。
テオが私以上に苦し気に彼自身の胸をグッと押さえたのが分かりました。
長い時間が経って、ようやく私が少し落ち着いた頃、テオが
「昔、西にある洞窟の最下層に降る光を浴びれば、記憶が消えると聞いた事がある。レーアに、その光を取って来てあげることが出来たらよかったんだけど」
そういって苦し気に微笑んで見せました。
「記憶が消える光?」
その言葉に思わず縋ります。
かつてお城での苦しい記憶を無くしたように、ラーシュの事を忘れられたらどんなに楽になれるでしょう。
「あくまでおとぎ話のような噂だ。それでも光が持ち帰られるものならば、私がいくらでも探しに出て行くんだけど……どのみち光は持ち帰ることは出来ないからね」
真っ白な綺麗手袋を付けた手でテオが優しく私の涙を拭ってくれました。
「……変な話を聞かせてしまったね。凶悪なモンスターが出るとの噂の場所だ。間違っても好奇心から行ったりしないように。約束して」
「流石に、そんなおとぎ話を信じて冒険に行くような子どもじゃないわ」
そう言って笑えば、テオが私が泣きやんだ事にホッとしたように微笑み返してくれました。
「そう」
『雪が降る前に』
ラーシュはせっかくそんな言い訳を用意してくれていたのに。
その言葉を聞く前に、うっかり了承の返事を被せてしまった事を申し訳なく思います。
でも、流石に私だってもう分かっています。
ラーシュと共にいる時間は楽しくて胸が潰れそうになるくらい離れがたいけれど、一緒に居ることも同じくらい苦しいのです。
テオから聞いた、番だった私に言ったというラーシュの言葉を思いしました。
『君がいない世界で僕は生きていけない。でも、僕はここを離れられない。君が死んだら僕も死ぬ。だから、死ぬまでここに居てよ』
テオの口からその言葉を聞いた時は、番を求める本能に縛られるラーシュをただただ可哀そうに思ったものですが。
こうしてラーシュと向かい合っていると、悲壮過ぎる覚悟を持ってそう言ってもらえた番だった私のことがただただ羨ましくて仕方なくなります。
だから……。
今度は私が頑張る時だと思いました。
「またこの街に立ち寄ったときには声をかけてね」
隣人を送り出す時の様に、明るい声を出してそう笑えば、もう二度とこの街には立ち寄らない覚悟をしているのであろうラーシュが
「あぁ、約束する」
そう言って、私と合わせ鏡の様に綺麗に笑ってみせてくれました。
「見送りはいい」
「お見送りには行けないと思うの」
また言葉が被りました。
私と違って大人で強いラーシュがどうぞと私に言い訳をさせてくれます。
「……明日、隣街に行く用事があって……」
「……そうか。テオは一緒か? この辺りの治安はいいようだが、くれぐれも道中気を付けて」
二人の間に重い重い沈黙が落ちた時でした。
「なぁーん」
そう小さく鳴いて、別れを告げるように拾った黒猫が私の足に額を擦り付けて来ました。
「この子はどうするの?」
私の質問に、ラーシュが優しい声で返します。
「連れて行くことにするよ」
「そっか……寂しくなっちゃうな」
子猫の頭を指で掻いてやれば、子猫がしっぽをピンと立てて私の手にも額をこすり付けました。
「それじゃあ、元気でね。いろいろありがとう」
最後に大好きだったラーシュの海のように青い瞳を見ようか迷った末、やめました。
ラーシュの部屋を一人出た後で、もう二度と会えないであろうラーシュの姿を最後に鮮明に目に焼き付けておけばよかったという後悔と、このまま記憶の中で朧げに風化させてしまえる安堵感が綯い交ぜになって、心が粉々に砕けてしまいそうに痛みます。
自分の部屋に帰る途中でテオに会いました。
テオに声を掛けられた瞬間、安堵感からか我慢していた涙が溢れ、思うように息が出来なくなります。
きっと、番だった頃の私と同じ取り乱し方をしてしまったのでしょう。
テオが私以上に苦し気に彼自身の胸をグッと押さえたのが分かりました。
長い時間が経って、ようやく私が少し落ち着いた頃、テオが
「昔、西にある洞窟の最下層に降る光を浴びれば、記憶が消えると聞いた事がある。レーアに、その光を取って来てあげることが出来たらよかったんだけど」
そういって苦し気に微笑んで見せました。
「記憶が消える光?」
その言葉に思わず縋ります。
かつてお城での苦しい記憶を無くしたように、ラーシュの事を忘れられたらどんなに楽になれるでしょう。
「あくまでおとぎ話のような噂だ。それでも光が持ち帰られるものならば、私がいくらでも探しに出て行くんだけど……どのみち光は持ち帰ることは出来ないからね」
真っ白な綺麗手袋を付けた手でテオが優しく私の涙を拭ってくれました。
「……変な話を聞かせてしまったね。凶悪なモンスターが出るとの噂の場所だ。間違っても好奇心から行ったりしないように。約束して」
「流石に、そんなおとぎ話を信じて冒険に行くような子どもじゃないわ」
そう言って笑えば、テオが私が泣きやんだ事にホッとしたように微笑み返してくれました。
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