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本編

レーア

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【Rea】

十七歳の時の自分はなんて愚かで弱かったのだろうと、思い出すたび後悔でいつも胸が苦しくなります。

『何も出来ない子どもが番?』
『人間なんてエーヴェルトラーシュ様にはふさわしくない』

今にして思えば、そういった言葉は全てただ事実を言っていただけなのに……。

私はその言葉にいちいち傷ついて怯えて。
ただひたすらに王としての責務に奔走する彼の体温や言葉を恋しがってばかりで。
彼の番として彼を助け支えるどころか、彼を苦しめ困らせるばかりでした。


もしも生まれ変わることが出来たら……。

当然、もう彼のつがいになんて選ばれる幸運など持ち合わせてなんていないでしょうが。
でも、もしまた別の人生を歩む事が出来るのだとしたら。

『次は、もっと強い人になりたいな』

エーヴェルと離縁し一年が経って、ようやくそんな風に思う事が出来た、まさにその時でした。
本当に何の前触れもなく、私の前に再びエーヴェルが姿を現しました。


エーヴェルトラーシュ。
煌めく銀髪に、海のような深く蒼い瞳。
誰もが振り返るような美しくも雄々しい竜人の国の王であり、元私の夫。

何のとりえもない私の事を

『生涯にただ一人の唯一無二の僕の番』

そう呼んで、大事に大事に慈しんでくれた人。

別れてなお、私の心の全てを捧げる人。


エーヴェルになんて声をかければ良いのか分からず立ち尽くした瞬間、強く腕を引かれその腕の中にきつくきつく抱きしめられました。

彼の元を去る事を望んだのは私自身の癖に。
恋しくて恋しくて何度も何度も繰り返し夢に見た、懐かしい彼の体温に香りに、どうしようもなく涙がポロポロ零れます。


「一緒に帰ろう」

酷く切ない声でそう乞われ。
しかし、断腸の思いで首を横に振りました。

一年前と私は何も変わりません。
あの場所に戻ればきっと同じことの繰り返しです。

私はもう、彼を苦しめ困らせるようなことはしたくありません。
そう思ったのに……。

彼が突然私をその腕の中に横向きに抱き上げると、そのまま歩き出しました。
意図が分からず彼の顔を見上げますが、彼はその瞳を私から逸らしたまま、何も話してはくれません。

船の中に連れ込まれそうになって、慌てて一緒には行けない事を改めて必死に伝えたのですが……。
彼は金色の瞳のまま私を抱く腕の力を強めるばかりで、やはり何も言ってはくれませんでした。






******

いつだって私の気持ちを一番に大切してくれていた彼の行動が分からないまま、まるで攫われるようにして彼の国に連れ戻されました。

何も出来ないまま元の部屋に連れ戻された瞬間、この部屋で感じていた押しつぶされそうな孤独感が瞬時に蘇ります。

真っ青な顔をして思わず彼に一人にしないでと縋りつけば……。
彼は一瞬酷く苦しそうに奥歯を強く噛んだ後で、しかし追い詰められた私の気持ちに気づいていなかったころとは違い全て分かった目をしたうえで、あの時と同じように私の事を置いて部屋を出ました。

訳が分からぬまま半ば半狂乱になって彼を追おうとしましたが、私の部屋には新たに外側からかける鍵がつけられてしまったようで。

私がどれだけ泣いても、私が自ら部屋のドアを開ける事はだけは、どうしてもかないませんでした。




夜遅く、外が白み始める頃、ようやく彼が部屋に戻って来ました。

ここでは私は生きられないから帰して欲しいと言えば、彼は

「うん、知っている」

そう暗い目のまま言いました。

「それで構わない」

彼の言葉の意図が分からず彼の目を見上げます。

「君がいない世界で僕は生きていけない。でも、僕はここを離れられない。君が死んだら僕も死ぬ。だから、死ぬまでここに居てよ」

思いもかけなかった、彼の血を吐くような言葉に返す言葉が見つかりませんでした。

それでいいのかなと疑問が湧きます。
しかし同時に、それしかないのだなと腑に落ちた思いもしました。






******

この歪な死にゆく関係に、最初に耐えかねて動いたのは彼を心から敬愛する臣下と侍女達でした。

直ぐにまた何も口に出来なくなった私の手と首を鎖につないで、私以上に苦しそうな顔をしながら、優しかった侍女が無理やりに私の喉の奥にどろどろとしたスープを流し込みます。

一度その場に出くわしてしまったエーヴェルは流石にその惨状に辛そうに眼を背けて、鎖を解いてはくれましたが……。
結局、黙認する事に決めたのでしょう。
次の日からも侍女がその行為をを止める事はありませんでした。






******

ふと目を覚ましたとき、こちらをじっと見ていた彼の青い瞳と思いがけず、すぐ近くで目が合いました。

冒険者として出会った時には良く笑う人だったのに、そう言えばここに戻って以来、彼が笑ったところは見たことがなかったななんて事をぼんやりした頭で思っていると

『すまない』

彼が零れ落ちそうになったその言葉を涙を寸前のところでぐっと飲み込むのが見えました。




翌日、侍女に頼んで自分で久しぶりにスープを飲みました。
戻してしまわないように少しずつ。

その光景を、侍女が思わず涙を零して心から良かったと喜んでくれましたが、その後も私の病状は一進一退を繰り返すばかりで……。
それを見続ける彼の方が、私よりも先に壊れてしまうのではないかと、私には思われました。




私の体調のよい日が続いて、皆もフッと気が緩んだのでしょう。
ある晩、気が付けば部屋の鍵が開いていて、私は何かに誘われるように部屋を抜け出しました。

そうして気づいた時、私はお城の裏手にある、綺麗な湖の前に一人立っていました。

真冬の夜の湖の水は端が凍りつくくらい冷たくて。
水に触れた側から足の感覚がなくなるのが分かりました。

『もし幸運にも生まれ変わることが出来たら、もっと強い人になれますように』

そんな事を祈りながら、私はそっと目を閉じました。
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