上 下
3 / 39
本編

レーア

しおりを挟む
【Rea】

十七歳の時の自分はなんて愚かで弱かったのだろうと、思い出すたび後悔でいつも胸が苦しくなります。

『何も出来ない子どもが番?』
『人間なんてエーヴェルトラーシュ様にはふさわしくない』

今にして思えば、そういった言葉は全てただ事実を言っていただけなのに……。

私はその言葉にいちいち傷ついて怯えて。
ただひたすらに王としての責務に奔走する彼の体温や言葉を恋しがってばかりで。
彼の番として彼を助け支えるどころか、彼を苦しめ困らせるばかりでした。


もしも生まれ変わることが出来たら……。

当然、もう彼のつがいになんて選ばれる幸運など持ち合わせてなんていないでしょうが。
でも、もしまた別の人生を歩む事が出来るのだとしたら。

『次は、もっと強い人になりたいな』

エーヴェルと離縁し一年が経って、ようやくそんな風に思う事が出来た、まさにその時でした。
本当に何の前触れもなく、私の前に再びエーヴェルが姿を現しました。


エーヴェルトラーシュ。
煌めく銀髪に、海のような深く蒼い瞳。
誰もが振り返るような美しくも雄々しい竜人の国の王であり、元私の夫。

何のとりえもない私の事を

『生涯にただ一人の唯一無二の僕の番』

そう呼んで、大事に大事に慈しんでくれた人。

別れてなお、私の心の全てを捧げる人。


エーヴェルになんて声をかければ良いのか分からず立ち尽くした瞬間、強く腕を引かれその腕の中にきつくきつく抱きしめられました。

彼の元を去る事を望んだのは私自身の癖に。
恋しくて恋しくて何度も何度も繰り返し夢に見た、懐かしい彼の体温に香りに、どうしようもなく涙がポロポロ零れます。


「一緒に帰ろう」

酷く切ない声でそう乞われ。
しかし、断腸の思いで首を横に振りました。

一年前と私は何も変わりません。
あの場所に戻ればきっと同じことの繰り返しです。

私はもう、彼を苦しめ困らせるようなことはしたくありません。
そう思ったのに……。

彼が突然私をその腕の中に横向きに抱き上げると、そのまま歩き出しました。
意図が分からず彼の顔を見上げますが、彼はその瞳を私から逸らしたまま、何も話してはくれません。

船の中に連れ込まれそうになって、慌てて一緒には行けない事を改めて必死に伝えたのですが……。
彼は金色の瞳のまま私を抱く腕の力を強めるばかりで、やはり何も言ってはくれませんでした。






******

いつだって私の気持ちを一番に大切してくれていた彼の行動が分からないまま、まるで攫われるようにして彼の国に連れ戻されました。

何も出来ないまま元の部屋に連れ戻された瞬間、この部屋で感じていた押しつぶされそうな孤独感が瞬時に蘇ります。

真っ青な顔をして思わず彼に一人にしないでと縋りつけば……。
彼は一瞬酷く苦しそうに奥歯を強く噛んだ後で、しかし追い詰められた私の気持ちに気づいていなかったころとは違い全て分かった目をしたうえで、あの時と同じように私の事を置いて部屋を出ました。

訳が分からぬまま半ば半狂乱になって彼を追おうとしましたが、私の部屋には新たに外側からかける鍵がつけられてしまったようで。

私がどれだけ泣いても、私が自ら部屋のドアを開ける事はだけは、どうしてもかないませんでした。




夜遅く、外が白み始める頃、ようやく彼が部屋に戻って来ました。

ここでは私は生きられないから帰して欲しいと言えば、彼は

「うん、知っている」

そう暗い目のまま言いました。

「それで構わない」

彼の言葉の意図が分からず彼の目を見上げます。

「君がいない世界で僕は生きていけない。でも、僕はここを離れられない。君が死んだら僕も死ぬ。だから、死ぬまでここに居てよ」

思いもかけなかった、彼の血を吐くような言葉に返す言葉が見つかりませんでした。

それでいいのかなと疑問が湧きます。
しかし同時に、それしかないのだなと腑に落ちた思いもしました。






******

この歪な死にゆく関係に、最初に耐えかねて動いたのは彼を心から敬愛する臣下と侍女達でした。

直ぐにまた何も口に出来なくなった私の手と首を鎖につないで、私以上に苦しそうな顔をしながら、優しかった侍女が無理やりに私の喉の奥にどろどろとしたスープを流し込みます。

一度その場に出くわしてしまったエーヴェルは流石にその惨状に辛そうに眼を背けて、鎖を解いてはくれましたが……。
結局、黙認する事に決めたのでしょう。
次の日からも侍女がその行為をを止める事はありませんでした。






******

ふと目を覚ましたとき、こちらをじっと見ていた彼の青い瞳と思いがけず、すぐ近くで目が合いました。

冒険者として出会った時には良く笑う人だったのに、そう言えばここに戻って以来、彼が笑ったところは見たことがなかったななんて事をぼんやりした頭で思っていると

『すまない』

彼が零れ落ちそうになったその言葉を涙を寸前のところでぐっと飲み込むのが見えました。




翌日、侍女に頼んで自分で久しぶりにスープを飲みました。
戻してしまわないように少しずつ。

その光景を、侍女が思わず涙を零して心から良かったと喜んでくれましたが、その後も私の病状は一進一退を繰り返すばかりで……。
それを見続ける彼の方が、私よりも先に壊れてしまうのではないかと、私には思われました。




私の体調のよい日が続いて、皆もフッと気が緩んだのでしょう。
ある晩、気が付けば部屋の鍵が開いていて、私は何かに誘われるように部屋を抜け出しました。

そうして気づいた時、私はお城の裏手にある、綺麗な湖の前に一人立っていました。

真冬の夜の湖の水は端が凍りつくくらい冷たくて。
水に触れた側から足の感覚がなくなるのが分かりました。

『もし幸運にも生まれ変わることが出来たら、もっと強い人になれますように』

そんな事を祈りながら、私はそっと目を閉じました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

どうやら私は竜騎士様の運命の番みたいです!!

ハルン
恋愛
私、月宮真琴は小さい頃に児童養護施設の前に捨てられていた所を拾われた。それ以来、施設の皆んなと助け合いながら暮らしていた。 だが、18歳の誕生日を迎えたら不思議な声が聞こえて突然異世界にやって来てしまった! 「…此処どこ?」 どうやら私は元々、この世界の住人だったらしい。原因は分からないが、地球に飛ばされた私は18歳になり再び元の世界に戻って来たようだ。 「ようやく会えた。俺の番」 何より、この世界には私の運命の相手がいたのだ。

異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜

雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。 モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。 よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。 ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。 まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。 ※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。 ※『小説家になろう』にも掲載しています。

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結済み】番(つがい)と言われましたが、冒険者として精進してます。

BBやっこ
ファンタジー
冒険者として過ごしていたセリが、突然、番と言われる。「番って何?」 「初めて会ったばかりなのに?」番認定されたが展開に追いつけない中、元実家のこともあり 早々に町を出て行く必要がある。そこで、冒険者パーティ『竜の翼』とともに旅立つことになった[第1章]次に目指すは? [おまけ]でセリの過去を少し! [第2章]王都へ!森、馬車の旅、[第3章]貿易街、 [第4章]港街へ。追加の依頼を受け3人で船旅。 [第5章]王都に到着するまで 闇の友、後書きにて完結です。 スピンオフ⬇︎ 『[R18]運命の相手とベッドの上で体を重ねる』←ストーリーのリンクあり 『[R18] オレ達と番の女は、巣篭もりで愛欲に溺れる。』短編完結済み 番外編のセリュートを主人公にパラレルワールド 『当主代理ですが、実父に会った記憶がありません。』  ※それぞれ【完結済み】

処理中です...