異能力と妖と

彩茸

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霧ヶ山編

幻覚

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―――また、狼昂との戦いが始まった。狗神の言葉もあってか、狼昂は先程よりも
容赦なく攻撃を繰り出してくる。
鋭い牙と爪、切れ味抜群の葉。どれもが僕達の命を狩るために襲い掛かって来る。
・・・受けた傷が痛い。それでも、体を動かさなければ死んでしまう。
防戦一方になっていた僕達は、どんどん体力を消耗させていった。だがそれと同時
に、攻撃を避けるのが上手くなっていった。

「・・・ねえ、静兄。さっきから思ってたんだけど、狼昂の動きちょっと変じゃ
 ない?」

 攻撃を避けた僕に、晴樹が話し掛けてくる。
 確かに、狼昂は最初と違って何処かを庇うように動いているように感じられた。

「もしかして・・・さっきの脇腹か?なあ晴樹、同じとこ狙えるか?」

 僕の言葉に晴樹は頷くと、銃口を狼昂の体に向ける。そのまま引き金を引くと、
 狼昂は大きく体をくねらせてそれを避けた。
 晴樹が他の所に撃った時は、ここまで大きく動かなかった。・・・もしかして、
 怖いのか?

「・・・ちょっと、試してみるか」

「何か思い付いたの?」

 僕が呟くと、晴樹が首を傾げる。
 もし上手くいかなかったら、狼昂に食われてしまうかもしれない。そんな考えが
 頭をよぎったが、それと同時に落魅と戦ったときにのっぺらぼうが言った言葉を
 思い出した。・・・動かなければ、始まらない。
 僕は晴樹をちらっと見て言った。

「晴樹、援護頼んだ」

「・・・分かった」

 僕は狼昂に向かって駆け出す。小さな葉が僕を襲い全身が傷だらけになるが、足を
 止めることなく突っ込んだ。
 狼昂が振り上げた腕を晴樹の銃弾が撃ち抜く。僕は刀を投げ捨て、そこから噴き
 出した血を袖に染み込ませた。

「は?!」

 狗神の驚いた声が聞こえる。僕はニヤリと笑うと狼昂の頭を掴み、そのまま袖を
 鼻に押し当てた。
 一瞬狼昂が怯む。僕は狼昂を睨みつけると言った。

「目が駄目なら、鼻でどうだ?」

 僕は能力を発動させる。成功するかは分からない、一か八かの賭けだ。
 ・・・殺される前に、殺してやる。

「幻霧」

 そう呟くと同時に、霧が狼昂を包み込む。念の為袖を鼻に押し当て続けていると、
 妙な光景を見た。

 狼昂が、何者かから誰かを守ろうとしている。傷だらけになって、全身から血を
 流しながら。誰を守っているんだろうと狼昂の後ろを見ると、そこには銀色の毛を
 赤く染めた子犬が居た。
 ぐったりとした子犬は荒い呼吸を繰り返していたが、やがてそれも聞こえなく
 なってしまった。
 振り向いた狼昂の目に映っていたのは、息絶えた子犬。
 ・・・・・・あれ、ちょっと待て。この子犬、もしかして。
 目の前が赤に染まる。本能が、これ以上見るのはまずいと訴えかける。

 慌てて狼昂から距離を取ると、視界が元の景色に戻った。目の前では狼昂が苦し
 そうに呻いており、狗神が目を見開いていた。

「・・・・・・ごめん」

 僕はそう呟いて、夜月の鞘を狼昂に振り下ろす。狼昂はばたりと倒れ、そのまま
 意識を失った。
 あの光景は、何だったのだろう。・・・いや、本当は分かってる。
 あれは、僕が幻霧で狼昂に見せた幻覚だ。

「静兄?何で泣きそうな顔してるの・・・?」

 晴樹の言葉にハッとする。僕は首を振ると、笑みを浮かべて晴樹を見た。

「何でもない、気にしないで」

 僕の言葉に晴樹は疑うような視線を向けるが、そっかと呟いて狗神に向かって歩き
 出した。



―――倒れている狼昂をそっと撫でた後、僕も狗神の元へ向かう。
狗神は僕を見ると、深い溜息を吐いた。

「確かに死なない程度の怪我では止めんと言ったが、あれはやり過ぎじゃろ・・・」

 狗神はそう言って、僕と晴樹に治癒術を掛ける。
 怪我が完全に治ったのを確認すると、狗神は気絶している狼昂に近付いた。

「おい、起きろワン公」

 狗神が狼昂をつつくと、狼昂は薄っすらと目を開ける。
 そして狗神を視界に入れると、バッと起き上がり深々と頭を下げて言った。

「申し訳ございません、主様・・・!お怪我は、お怪我はありませんか?!」

「なーに言っとるんじゃ、怪我してるのはお主の方じゃろう」

 狗神はそう言うと、狼昂を石の中へ戻す。そして石を懐へしまうと、僕達を見て
 言った。

「・・・お主ら、ワン公と戦いながらどんどん動きが良くなっていったの。
 ワン公の強さはのっぺらぼうよりも少し下、大妖怪に片足突っ込むくらいじゃ。
 ・・・戦ってみて、どう思った?」

 僕と晴樹は顔を見合わせる。すると晴樹が狗神を見て言った。

「強かった。・・・でも、最後は弱かった」

「最後?」

 狗神が首を傾げると、晴樹は頷く。

「静兄が突っ込む少し前。明らかに怖がってたし、あれだけ避けてた僕の弾が普通に
 当たった」

「ふむ・・・確かに、兄の方に意識が集中していたの」

 晴樹の言葉に狗神は頷くと、天春を見て言った。

「天狗のせがれ、お主ならあの場合どうする?」

 天春は少し考えるそぶりを見せると、口を開いた。

「・・・僕なら、後ろに下がると思います。さっき静が出したあの霧、食らったら
 僕も多分動けなくなるので」

 天春の意見を聞いた天狗さんが、甘いのと呟く。狗神もそれに同意するように
 頷くと、僕を見て言った。

「どうせお主のことじゃから、意識が朦朧としていようが突っ込んで来るのじゃ
 ろう。・・・だから、正解はこうじゃ」

 狗神は一瞬で僕の目の前に移動すると、僕の頭に手を置く。
 動きが一切見えなかった。どうやったんだと狗神を見ると、狗神はニッコリと
 笑って言った。

「普通に距離を詰めただけじゃよ。・・・といっても、人間の目は捉えられる速度に
 限界がある。お主の弟は持ち前の観察眼でどうとでもなるじゃろうが、お主は
 そうもいかんじゃろう。お主は時折、自分の置かれた状況にすらも気付けんよう
 じゃからの」

 悔しいが、何も言い返せない。何も言えずただ狗神を見つめることしかできない
 僕に、天狗さんが言った。

「・・・じゃが、時に無謀とも思えるようなことをその場の思い付きと勘でやって
 のけるのは才能じゃろう。それと、静也くんのその能力。
 落魅が恐れておった幻霧というのが、先程狼昂を呻かせていたあれか?」

 僕が頷くと、なるほどあれがと狗神が呟く。そして狗神は晴樹を見ると、晴樹の
 頭にも手を置いて言った。

「お主はそうじゃの・・・技術も反応も問題ないが、体力面に問題がありそう
 じゃな」

 晴樹はムスッとした顔をする。そして僕の袖を掴むと言った。

「・・・静兄の体力が人間離れしてるだけ。僕、人間の中でも体力ある方なん
 だけど」

 狗神は少し困った顔をすると、天狗さんを見る。天狗さんはうんうんと頷いて
 狗神に言った。

「狗神、人間の体力をお主の孫や静也くんと同じ物差しで測るな。静也くんの体力は
 父親譲りなんじゃ、あの化け物じみたガキと普通の人間を比べる方が間違っとる」

 天狗さん、子供の前で父親を化け物じみたガキって呼ぶのはどうかと思うん
 だけど。そんなことを思いながらちらりと横を見ると、最近感情が前よりも
 顔に出るようになったと思っていた晴樹が、無表情で天狗さんを見ていた。

「えっと・・・お父さん、静と晴の前でその言い方はちょっと・・・」

 僕と晴樹の表情に気付いた天春が天狗さんにそう言うと、天狗さんは僕達の顔を
 見てやらかしたという顔になる。
 狗神がそれを見て鼻で笑うが、天春に狗神さんも他人事じゃないですよと言われ、
 僕達をちらりと見た後顔を逸らした。

「まあ、その・・・あれじゃ。晴樹くんは体力を消耗しにくい戦い方を覚えると
 良い。その辺はワシが教えよう」

 天狗さんがそう言うと、晴樹は分かったと頷く。そして狗神を見て言った。

「今度、狼昂撫でさせて」

 狗神は驚いた顔をした後、笑みを浮かべて頷く。

「・・・のう、天狗。こ奴ら、本当に父親に似ておるの」

 狗神がそう言いながら、僕達の頭を撫でる。ちらりと天狗さんを見ると、口元に
 笑みを浮かべていた。
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