神と従者

彩茸

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第四部

もうちょっと

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―――気付けば床の血や吐瀉物は消えており、ニオイもなくなっていた。
報告と今後の方針が決まったところで、静かに俺と糸繰のやり取りを眺めていた
妖が遠慮がちに声を掛けてくる。

「従者よお、ずっと顔色悪いけど大丈夫かあ・・・?」

〈いつもよりキツめにお仕置きされちゃってさ。吐き過ぎでまだ体力戻って
 ないんだ。〉

 妖の言葉に糸繰はそう返し、苦笑いを浮かべる。

「お仕置きって・・・荒契に何されたんだ、糸繰」

〈別に、今まで通り主の研究に付き合っただけだよ。いつも掛けられる呪いは
 1つなんだけど、今回は蒼汰の死体盗られたって話したから多めに3つ掛けられ
 ちゃって。一つ一つが重いやつだったから余計にな。〉

 〈流石に死ぬかと思った。〉そう書いたメモを俺に見せ、糸繰はぎこちない笑みを
 浮かべる。

「・・・無理してるんだな?」

〈正直言うと、凄く眠い。でも今寝たら、暫く起きない気がする。〉

 俺の問いに糸繰はそう答えると、妖をちらりと見る。そして俺に視線を戻すと、
 メモを俺の前に置き両手を広げた。

〈蒼汰、ぎゅってしてくれないか?そうしたら頑張れる気がするから。〉

「良いよ」

 メモを読んだ俺は、糸繰をそっと抱きしめる。彼の頭を優しく撫でていると、
 妖がボソリと言った。

「従者のそんな顔、初めて見ただよ・・・」

 糸繰は今どんな顔をしているのだろう。そんなことを考えていると、ふと部屋の
 隅に置かれた全身鏡が目に入る。俺の背面の何処かにも小さな鏡があったようで、
 絶妙な角度で映し出された糸繰の顔が目に入った。

「あ・・・」

 思わず声が漏れる。・・・糸繰の顔は今にも泣き出しそうで、だが何処か嬉し
 そうな表情をしていた。甘えるように俺の肩へと顔を埋めた糸繰の背を優しく
 擦り、俺は口を開く。

「いと、もうちょっとだからな。頑張ろうな」

 その言葉に、糸繰は肩へ顔を埋めたまま頷く。そしてゆっくりと俺から離れると、
 メモにペンを走らせた。

〈ありがとう。やっぱり蒼汰は温かいな、良い思い出ができた。〉

 メモを見て、一瞬嫌な予感がする。糸繰に視線を向けたが、彼はただ笑みを
 浮かべているだけだった。



―――やるなら早い方がと立ち上がろうとした糸繰をどうにか説得し、彼の体力が
ある程度回復するまで建物の中で休むことにする。
物置小屋だと思っていたこの建物は、かつて糸繰が暮らしていた場所だそうで。
扉が比較的新しいことについて聞くと、糸繰は恥ずかしそうにメモを見せてきた。

〈何年か前に、何日も続けて怖い夢見たことがあって。夢と現実の区別がつかなく
 なって、暴れちゃってさ。〉

「その時に壊したのか?」

〈思いっ切り暴れたら、穴開けちゃったんだ。あの時の主、怒らないのに機嫌ずっと
 悪くてさ。めちゃくちゃ怖かった・・・。〉

 苦笑いを浮かべる糸繰のメモを見た妖が、ひえぇ・・・と青い顔をする。
 突然、糸繰が咳き込む。慌てて彼の背を擦ると、妖が心配そうな顔で言った。

「やっぱり、やめた方が良いんでねえの・・・?そんな状態で神様を倒すなんて、
 下手すりゃ従者が死んっ」

 バッと、糸繰が妖の口を塞ぐ。糸繰はゆっくりと呼吸して息を整えると、メモに
 ペンを走らせた。

〈黙ってろ。わざわざ心配掛けるようなこと言うな。〉

「す、すまねえ・・・」

 メモを見た妖は申し訳なさそうな顔をすると、でもよぉ・・・と口を開く。

「最後におめえと話したのは何十年も前だけどよ、そんなに苦しそうな顔したこと
 なかったでねえか」

〈オレのこと見てなかっただけだろ。お前らの視線はいつも主に向いてた。
 オレがどうやって過ごしていたのかも知らない癖に、知ったような口を
 利かないでくれ。〉

 もしや、糸繰は信者のことが嫌いなのだろうか。そんなことを考えていると、
 妖がムッとした顔で言った。

「おめえが隠してたんだろ!おらがこっそり様子を見に行った時すら、おめえは
 無視をした。忘れてねえからな!」

 その言葉に、糸繰は気まずそうな顔をした。だってと口を動かした糸繰は、
 俯きがちに妖へメモを見せる。

〈だって、重役でもない信者と勝手に話したら主に怒られるから。お前とあの時
 話したのは、主が話して良いって言ったからだし。〉

「・・・糸繰は、怒られることとお仕置きされることをイコールで考えるくらい
 には、荒契に調教され続けてたんだよ」

 妖に対し、俺は言う。妖は驚いたような顔をすると、糸繰の頭に手を伸ばしながら
 言った。

「おめえの状態も知らずに、責めるようなこと言ってごめんなあ」

 妖の手が、糸繰の頭に触れる。そのまま頭を撫で始めた妖に、糸繰は不思議そうな
 顔をしながらも嬉しそうに目を細めた。

〈そういえばお前も、道具に優しい変わった奴だったな。〉

「・・・おらには、神様が何であそこまで妖を下に見てるのかが分からねえ。従者も
 だけどよ、神様も色んなことを信者に伝えないようにしてんだ。重役には相談とか
 してたみたいだけども・・・」

 糸繰のメモを読んだ後、妖が俺の方を向きながら言う。俺が糸繰を見ると、彼は
 少し考える素振りを見せてメモを書いた。

〈主が前に、重役はまだ信用できる方だって言ってたんだ。意味は分からなかった
 けど。〉

「他の信者には心を閉ざしてる・・・みたいな?そんな素振り見せてたか?」

〈知らない。オレは、主が重役以外の信者と話してるのをちゃんと見たことがない
 から。様子が違ったら分かるかもしれないけど、話してる時に限って別の用事を
 言いつけられてたし。〉

 うーん・・・と、俺と妖が首を傾げる。糸繰はそんな俺達を見て、真似するように
 首を傾げた。
 三人が同じポーズを取ったので、思わず吹き出す。妖もそれにつられるように
 笑うと、糸繰もクスクスと笑いだした。

〈まあ、主に聞けばわかるだろ。主、神事で疲れてるみたいだったし。聞いたら
 意外と隠すのを面倒臭がって、普通に答えてくれるかも。〉

 糸繰のメモを見て、そうだなと笑みを浮かべる。立ち上がった糸繰に大丈夫かと
 聞くと、彼は小さく笑みを浮かべて頷いた。
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