神と従者

彩茸

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第四部

黒子

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―――獣の親子に別れを告げ、狗神と共に次の重役の所へ。その重役はまるで
ムササビのような見た目で、木のうろから顔を出して俺を伺うように見ていた。
狗神とムササビが仲良く話をしているのをのんびりと聞いていると、ふとゾワリと
寒気がする。狗神とムササビも何かを感じ取ったようで、ムササビは木のうろの中へ
隠れ狗神は警戒するように犬耳を動かした。

「あーらあらあら、そんなに警戒しちゃって。あんま意味ないよ?それ」

 声がした方にバッと顔を向ける。その瞬間、狗神の首元に刃が迫った。

「狗神!!」

 叫ぶと同時に地面を蹴る。間一髪で刀を躱した狗神に迫った二撃目を、間に入って
 柏木で弾く。

「おーやおや、防がれちゃった」

 距離を取り、楽しそうな声で刀を鞘に納める人間。ケラケラと笑う人間の容姿は
 まるで黒子のようで。黒い服を着て真っ黒な布が顔面を覆っており、それ前見え
 てるのか?なんて思う。

「誤魔化しは効かなさそうだ、さてさてどうしたものか」

「諦めて帰るって選択肢はないのかよ」

「いやいやいや、ある訳ないじゃん?というか俺の相手はそこの犬だ、君は邪魔
 しないでくれるかな」

 俺の言葉に、黒子はそう言って抜刀の構えを取る。俺も柏木を構えると、黒子の
 姿が目の前から消えた。
 反射的に後ろを向いて狗神を見る。黒子は狗神の背後に迫っており、刀を振り
 かざしていた。

「待てっ!!」

 狗神を跳び越え柏木を振り下ろしながら刀を弾こうとする。しかし黒子の方が一歩
 早く、柏木が当たる前に身を引いた。

「何で邪魔をするのかな?君はどうしてもこの妖を生かしたいようだけど・・・
 ああ、ああ、そうだ、こうしよう」

 また黒子の姿が目の前から消える。今度は何処へ行ったのだと辺りを見回すが、
 何もいない。すると、上空から声がした。

「こっちこっち、甘いなあ」

 避けきる前に、刃が腕に当たる。・・・痛みはない。だが、その光景に俺は
 叫んだ。

「ああああああっ!!」

「痛い?痛いよね、もう助けられないよねえ!」

 地面に転がる、自分の片腕。狂ったように笑う黒子。頭の中が恐怖に支配
 されていく。
 ・・・・・・その時、狗神が静かに深く深く息を吐いた。

「腹立たしい・・・これだから、人間は」

 狗神の口から静かに紡がれた言葉。黒子が何かを言いかけた瞬間、黒子の体が
 吹き飛んだ。

「痛み・・・は無いんじゃったの。ほれ、これでどうじゃ?」

 俺の片腕を拾った狗神が、そう言いながら切断面に腕を引っ付ける。狗神が手を
 かざすと共に傷一つなく元通りになった腕に、酷く安心して涙が込み上げてきた。

「泣くな泣くな、まだ敵は倒れておらんぞ?」

 狗神の声に、黒子が吹っ飛んだ方を見る。黒子は少しの間座り込んでいたが、突然
 立ち上がると一瞬で距離を詰めてきた。
 ・・・あ、これ異能力だ。直感的にそう思う。

「瞬間移動・・・」

 振るわれた刀を受け流しながらそう呟くと、黒子の体が一瞬強張る。

「そうだねそうだよ、だから何?」

 そう言った黒子が目の前から消えた。今度は何処へ・・・と考えていると、ふと
 地面に視線がいく。

「えっ?ええ・・・?」

 困惑した声が出る。黒子は、俺の目の前で地面に沈んでいた。

「大妖怪を舐めるなよ、小童」

 少し顔を上げた黒子の顔面に、狗神が蹴りを食らわせる。いつの間に隣へ・・・?
 なんて考えている暇もなく、狗神は黒子をもう一度強く蹴った。
 吹き飛んだ黒子が、木に体を強打する。呻き声を上げている黒子に近寄った
 狗神は、俺が彼の隣に立つと同時に言った。

「・・・知らぬじゃろうが、《どっちつかず》は妖にも分類されておるとはいえ、
 その本質は神じゃ。お主は、神に勝負を挑んだんじゃよ」

 金欲しさに目が眩んだな。そう言った狗神は、ゴミを見るような目で黒子を
 見ていた。

「殺して良いぞ」

 俺をちらりと見た狗神がそう言うと、黒子がか細い声で言った。

「あーあ、やっちゃったなあ・・・」

 悲しそうな声音に、振り上げていた柏木を持つ手が震える。何故だろう、本当に
 殺して良いんだろうかという気持ちになってくる。

「やらんのか?早くせんと、ワシの手が滑るぞ」

 狗神がそう声を掛けてくる。
 本当に良いのか、俺は人間を殺そうとしているんだぞ。そんな声が幻聴として
 聞こえた気がした。

「あの、いぬが・・・」

 俺が言いかけた途端、草陰から何かが飛び出す。
 一瞬の出来事に、思考が停止する。

「モタモタしておるからじゃぞ」

 狗神がそう言って溜息を吐く。目の前から黒子は消え、代わりに視界の端に黒子を
 咥えた巨大な虎のような妖が映った。
 虎は俺達の視線など気にせず、獲物を、黒子を噛み砕く。飛び散る血、黒子の
 体から漏れた臓器に吐き気を催す。

「喰らうなら、綺麗に喰らえよ。お主は見ない顔じゃが・・・まあ、後始末をして
 くれるなら良しとしよう」

 狗神がそう言うと、黒子の死体を貪り食っていた虎が狗神を見る。威嚇したような
 声を上げた虎が狗神に襲い掛かろうとしたのを、彼は平然とした顔で避けた。

「何じゃ、言葉が通じんのか」

 困ったような顔で言った狗神に、虎は再び牙を剥く。間に入り柏木で牙を防ぐと、
 俺の肩をポンと叩いた狗神は言った。

「ワシがやる、下がっておれ」

「いや、でも・・・」

 俺の言葉に、良いから良いからと狗神は言う。距離を取り威嚇を続ける虎に、
 狗神は笑みを浮かべて言った。

「別に獲物を盗ったりはせんよ。どうじゃ、折角じゃからワシの信者にでも・・・」

 狗神が言い終わらないうちに、虎は狗神へ襲い掛かる。狗神はそれを避けると、
 残念じゃと呟き片手を虎へと向けた。

「今のワシは気が立っておっての。手加減などせんぞ」

 そう言うと同時に、狗神の手から緑色の小さな葉が大量に放出される。葉が虎を
 包むと同時に、虎の断末魔が聞こえた。
 葉が全て地面に落ちた頃には、黒子だった肉塊の隣に虎だった肉塊が落ちていて。
 グロテスクな光景に、再び吐き気を催す。

「すみません、ちょっと吐いてきて良いですか・・・」

 そう言って狗神から少し離れ、木陰で盛大に吐き出す。吐いたのなんていつぶり
 だろうか、今なら糸繰の気持ちが少しは分かる気がする。
 ・・・吐き終わり狗神の所へ戻ると、水浸しの地面の上に先程と同じ形状の葉が
 何かを包み込むようにして落ちていた。

「すっきりしたか?」

 少し心配そうな表情の狗神に大丈夫ですと頷いて、俺は水浸しの地面を指さす。

「えっと、これって・・・?」

「見た目が良くないからの。血を洗い流すついでに、死体は葉で誤魔化した」

 俺の問いに狗神はそう答えると、クスクスと笑う。

「この水は何処から?と言いたげな顔じゃの。知っての通り、ワシは
 《どっちつかず》じゃ。通常、《どっちつかず》は神通力の他に
 妖術も使える。ワシの場合は、神通力がこの葉、妖術が水じゃの」

「治癒と殺生の神なのに、葉っぱで戦うんですね」

「この葉は神通力で作り出しておるから、意外と便利なんじゃぞ。肉を裂くほどの
 鋭い葉にすることも出来れば、柔らかい葉にもなる。あとは薬にもなるの。
 ワシがこんな特性だからこそできる、芸当のようなものじゃ」

 狗神の言葉に、そうなのかと思う。すると、狗神は思い出したように言った。

「ああ、武器は別じゃよ?ワシと狼昂が使うことは滅多にないが、一応は持って
 おる」

 ほれと言って、狗神は手元に木刀を出現させる。柏木みたいなものかと思いつつ
 木刀に触れると、不思議な感じがした。

「何か、上手く言葉にはできないんですけど・・・不思議な感じがしますね」

「まあ神が使う武器じゃからのう。木刀じゃが、神にも妖にも効くぞ」

 おお~なんて声を出しながら木刀をつついていると、木のうろからこっそりと
 顔を出したムササビが遠慮がちに声を掛けてくる。

「あのぉ・・・狗神様、他の重役の所へは行かなくて良いのですかぁ・・・?」

「おっとそうじゃ、行かねばの」

 狗神はそう言って、ムササビに別れを告げつつ歩き出す。いつの間にか手に持って
 いた木刀は消えており、柏木みたいに呼び出せるのかなと考えながら俺は狗神の
 後ろに付いて歩き出した。



―――その後も何度か祓い屋からの接触があったが、全員腰を抜かして退却して
いった。最後の重役の所へ顔出しを済ませた狗神は、神社に戻ると俺の頭を撫でる。

「お疲れ様、よく頑張ったの。助かったわい」

「いや、こちらこそ助けて頂きありがとうございました」

 狗神の言葉にそう言って頭を下げると、狗神はニコニコと笑いながら気にするなと
 言った。

「あ、おかえり。何事もなく・・・じゃなかったみたいだね」

 真悟さんがそう言いながらこちらに向かってくる。俺が苦笑いを浮かべると、
 真悟さんは狗神を不機嫌そうな顔で見た。

「何じゃ、怪我は治したぞ?」

「そうじゃない。何で祓い屋がこっちにまで来てるんだよ、危うく誠にバレるところ
 だったんだからな」

 全員引き付けるって言ってなかったか?そう言った真悟さんに、驚いて狗神を
 見る。

「ああ、それはすまん。腰を抜かして逃げた者が偶然そっちに行ったんじゃろう」

「道理でアンモニア臭かったのか・・・」

 狗神の言葉に、真悟さんがそう言って溜息を吐く。

「えっと、その祓い屋はどうなったんですか・・・?」

 そう聞くと、真悟さんは平然とした顔で言った。

「襲ってきたから燃やしたよ?・・・あ、大丈夫!他の人間には見られてないから」

「それって、その・・・殺したってこと、ですよね・・・」

「そうだけど・・・あれ、殺さない方が良かった?ごめんね」

 罪悪感を微塵も感じていない様子の真悟さんに、頬が引きつる。真悟さんは俺の
 顔を見て、困惑したような表情をしていた。

「俺は親父と違って殺すなとは言われてないし・・・一般人は巻き込んでないし。
 ・・・えーっと・・・親父、俺悪いことしたっけ?」

「ワシにも理解は出来んが、まあ人間とはなんじゃろう」

 狗神を見た真悟さんに、狗神はそう答えて俺を見る。

「うん、まあ、俺も御鈴が襲われたら殺すだろうし・・・うん」

 そう呟きながら、自分をどうにか納得させる。何でもないですと笑みを浮かべた
 俺に、真悟さんと狗神は顔を見合わせ首を傾げていた。
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