神と従者

彩茸

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第四部

山菜

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―――二手に分けて探そうとのことで、御鈴は令と、俺は糸繰と利斧と行動を共に
する。

「俺達と一緒の行動で良かったんですか?てっきり、御鈴と一緒に行くのかと」

「貴方達、山菜採りをしたことがないんでしょう?でしたら、経験のある私と御鈴は
 別々に行動する方が手っ取り早いと思いまして」

 舗装されていない山道を歩きながら言った俺に、利斧がそう答える。
 糸繰は不安定な足元にメモを書く余裕がないのか、無言でキョロキョロと山菜を
 探していた。

「あ、これって・・・」

 目に留まったゼンマイのような野草に、利斧を呼び止めて指をさす。利斧はそれを
 摘むと、麻袋に入れながら頷いて言った。

「ゼンマイですね。他にも生えているかもしれませんし、この辺りを探してみま
 しょうか」

 俺は頷き、地面を見渡す。自力で山菜を見つけられたことに喜びを感じつつ、他に
 何が見つかるかとワクワクしていた。
 ・・・山菜を早く見つけたくて、地面を見ながら歩みを進めていく。少し歩いた頃
 だっただろうか。突然、近くで鳥の羽ばたく音が聞こえた。

「うおっ?!」

 驚いてそちらを見ると同時に、バランスを崩す。足を滑らせ斜面を転がり落ち
 そうになった俺の腕を、糸繰が慌てた顔で掴んだ。
 いつだったか、御鈴にも同じことをされた気がする。強烈なデジャヴを感じて
 いると、利斧が呆れたような声で言った。

「全く、よそ見をしたら怪我をしますよ」

 すみません・・・と糸繰に引っ張られながら体勢を戻そうとすると、糸繰の体が
 グラリと揺れた。
 どうやら俺が体重を掛けたことで糸繰のバランスが崩れ、彼も足を滑らせた
 らしい。
 そんな分析を一瞬のうちにしていると、利斧が糸繰の襟を掴んで体を支える。
 いくら糸繰が軽すぎるからといって男二人分の体重を片手で支えている利斧の
 筋力に、おぉと声が出た。

〈怪我してないか?〉

 体勢を立て直した俺に、いつの間にか利斧に抱えられていた糸繰がメモを差し
 出してくる。大丈夫と答えると、彼は安心したように笑みを浮かべた。

〈利斧様、歩けるので降ろしてもらえませんか。〉

「駄目です。貴方、先程蒼汰を支えたまま足を滑らせてから足元を気にしている
 でしょう。挫いたのでは?」

 糸繰のメモを見た利斧が言う。糸繰は気まずそうな顔で俺と利斧を見ると、小さく
 コクリと頷いた。

「えっ、痛みは?」

 そう聞くと、糸繰は小さな文字で〈右の足首。〉と書かれたメモを差し出して
 くる。
 すぐさま神通力で痛みを消すと、利斧が溜息を吐き遠い目をしながら言った。

「歩けるから大丈夫なんて考えはやめた方が良いですよ。どうせその後悪化して、
 もっと迷惑を掛けることになるんですから」

 利斧の様子に、心当たりがあるんですかと聞く。すると彼は、クスリと笑って口を
 開いた。

「貴方も知っている私の知り合いが、従者に心配を掛けたくないと怪我を隠した
 ことがありまして。・・・まあその後、傷が膿んで大騒ぎになったんですけどね」

「え、それって雨谷・・・」

「喋ったとバレたら怒られそうなので、名前は伏せておきます」

 ニッコリと笑って言った利斧に、俺は口を閉じる。糸繰は明日は我が身と捉えた
 のか、少し青い顔をしてコクコクと頷いていた。



―――麻袋に沢山の山菜を詰め、合流した御鈴と令と共に芽々の元へ戻る。御鈴と
令も沢山山菜を採っていたようで、俺達の袋の中身を見た芽々は目を輝かせていた。
・・・芽々と史蛇に調理を任せ、俺達は風呂に入る。どうやら御鈴がちょくちょく
この山に戻ってきては風呂を作らせていたようで、自宅の風呂を模倣したような
ものが出来上がっていた。

「給湯器なる物は作れなかったから、沸かした湯を入れるようにしたのじゃが・・・
 どうじゃ蒼汰、ちゃんと風呂になっているかの?」

「良いと思うけど・・・あのシャワー、ちゃんとお湯出るよな?」

「出るぞ!その道に詳しい妖に頼んだからの!」

 俺の問いに、笑顔で答える御鈴。すると、耳元で利斧がこっそりと言った。

「この感じ、おそらくお湯は妖術で作り出す仕組みなのでしょう。長風呂をすると、
 妖力が枯渇して水風呂になりますよ」

〈近くに妖は居ないみたいだし、妖術の術式が組んであるんだと思う。貯蓄してある
 妖力を使う仕組みなら、気を付けないとすぐ水に変わる。〉

 利斧の声が聞こえていたのか、挫いた足が治ったらしき糸繰が隣からこっそり
 メモを渡してくる。
 よく分からないけど妖って凄いんだなと思いつつ、俺は頷いて御鈴を見た。

「先に入るか?」

「良いのか?では入らせてもらおう」

 俺の言葉に、御鈴はそう言って着替えを取りに別の建物へ駆けて行く。

「詳しい仕組みが気になりますね。後で少し解体しても良いでしょうか・・・?」

 利斧がボソリと呟く。やめた方が良いと思うぞ・・・と令が引き気味の声で
 言うと、利斧は残念ですと眉を下げた。



―――風呂から上がり、温かいの~と引っ付いてくる御鈴の頭を撫でながら夕飯が
できるのを待つ。少しして風呂から上がった糸繰が令を抱えわざわざ俺の隣へ
座ると、それを見た利斧が不思議そうに言った。

「何故わざわざそんなに引っ付くんです?部屋の中は広いのに」

〈蒼汰の傍が一番落ち着くんです。・・・駄目でしたか?〉

「いいえ、別に。ただ気になっただけです」

 糸繰のメモを見てそう言った利斧に、糸繰は安心したような顔をする。
 ・・・少しして、芽々と史蛇が山菜天ぷら丼を乗せたおぼんを持って部屋に入って
 きた。部屋の中央に置かれた机の上に丼を並べた彼女達は、お待たせしましたと
 声を揃えて言う。

「二人も一緒に食べよう!」

 そう言った御鈴に、芽々と史蛇は顔を見合わせる。

「じゃあ私達の分も持ってきますね!」

「あっ、おい芽々・・・!」

 嬉しそうな顔で部屋から出て行く芽々を史蛇が呼び止めようとするが、それよりも
 早く芽々は姿を消した。
 部屋に残された史蛇が、ちらりと糸繰を見る。明らかに気まずそうな顔をしている
 彼女に、糸繰が少し意地悪な笑みを浮かべながらメモを差し出した。

〈オレの事、怖いか?〉

「なっ、そっ、そういう訳では・・・」

 動揺している様子の史蛇に、図星ですねと利斧が笑う。

〈謝ってくれたから、もう怒ってない。それに、信者に手を出すなって御鈴様に
 言われてるんだ。だから、もうあんなことはしない。〉

「その・・・本当に、悪いことを言った」

 糸繰のメモを見て、史蛇はそう言いながら深々と頭を下げる。
 糸繰は謝られると思っていなかったのか、困惑した顔で助けを求めるように俺を
 見た。何も言えず苦笑いを浮かべると、彼は諦めたように史蛇へと視線を戻す。

「仲良くしてくれ・・・」

 御鈴がそう言って溜息を吐く。糸繰は悩む様子を見せると、ずっと頭を下げている
 史蛇に向かって手を伸ばした。
 糸繰の手が、史蛇の頭をそっと撫でる。史蛇はバッと顔を上げると、顔を赤くさせ
 糸繰から数歩下がった。

「にゃんだ、史蛇も乙女だったんだな」

 令が茶化すように言う。そんな令が御鈴に小声で叱られているのを横目に、
 よく分かっていなさそうな顔の糸繰に近付く。

〈オレ、変なことしたのか?頭撫でたら、落ち着いて話ができると思ったん
 だけど。〉

「まあ・・・頭撫でられるのって、恥ずかしいって思う奴もいるから」

〈言われてみれば。えっと・・・どうしよう、蒼汰。〉

「普通に話し掛ければ答えてくれるだろ、史蛇だし」

 糸繰とそんな会話をしていると、咳払いをした史蛇が近付いてくる。

〈悪い、ちゃんと話がしたかっただけなんだ。〉

 そう書いたメモを渡した糸繰に、史蛇はこちらこそすまないと言って頬を掻く。

「我も、その・・・避けすぎた。一度、お前の話をちゃんと聞いてみるべき
 だったな」

〈そうしてもらえると助かる。オレも、御鈴様の信者だから。敵じゃないから。〉

 何だか仲良くなってくれそうな雰囲気に、ホッとして息を吐く。御鈴も安心した
 ような顔をしており、こちらを見た糸繰は何処か嬉しそうな顔をしていた。

「持ってきましたー・・・って、史蛇さんと糸繰くんがちゃんと話してる?!!」

 扉を開けて入ってきた芽々が、目を丸くして史蛇と糸繰を交互に見る。

「そんなに驚かなくても良いだろう・・・」

 史蛇がそう言って何とも言えない顔で溜息を吐くと、えへへと芽々は笑う。
 ・・・待ちきれない様子の御鈴が早く食べようと言ったことで、俺達は手を合わせ
 天ぷらに齧りつく。サクッと音が響き、皆は自然と笑顔になるのだった。



―――次の日の神事は、何事もなく終わりを迎えた。酔いの回った信者が暴れそうに
なっていたのだが、利斧が止めに入った瞬間に《武神》が居るぞと一瞬で酔いが
醒めたようで、利斧と御鈴に対して地面に頭を擦りつけるように土下座していたのが
一番の出来事だっただろうか。

「良かったな、何事もなく終わって」

〈御神酒飲めなかったのは、少し残念だったけど。〉

「まあ、昨年のアレがあっちゃなあ・・・」

〈いつかまた飲みたいな。あれ、美味しかったんだ。〉

「そっか。・・・いつか、飲める日が来ると良いな」

 俺の言葉に、糸繰はコクリと頷く。そんな俺達の会話を、令が糸繰の肩に乗って
 聞いていた。

「思ったんだけどさ、糸繰って自分の妖術で体を強くしたりとかできないのか?」

〈やろうと思えばできるかもしれない。でも、妖力が切れたら反動で植物状態ぐらい
 にはなるかも。〉

 令の言葉に、糸繰は苦笑いでそう返す。うにゃ・・・と困ったような声を上げた
 令は、俺を見て言った。

「蒼汰さ、御鈴様とは別の力を持ってるって言ってたよな?」

「ああ、清蘭に言われただけだけどな」

「その力で、糸繰をにゃんとかできないのか?」

 令にそう言われ、俺は悩む。そうは言われても、自分でも清蘭が言っていた
 が何なのか把握できていない訳で。

「・・・不安定な力を使うのは、リスクが高いとだけ言っておきますね」

 後ろから、利斧がそう言ってくる。振り向くと、利斧に抱きかかえられた御鈴と
 目が合った。

「妾は反対じゃぞ」

「まあ、だよな・・・。正直俺も、自分でもよく分かってない力を誰かに使うのは
 怖い」

 はっきりと言った御鈴にそう言うと、糸繰がそっと俺の服を引っ張った。

「糸繰?」

〈別に良い。オレは、最期まで蒼汰の傍にいたいだけだから。〉

 儚げな笑みを浮かべメモを渡してきた糸繰に、気付けば俺は彼を抱きしめていた。
 周りの視線が痛かったが、糸繰は困った顔をしながらも抱きしめ返してくれて。

「お前も長生きするんだよ、馬鹿・・・」

 そう呟くと、俺から数歩離れた糸繰はメモにペンを走らせる。

〈自分でも分かってるんだ、元々そんなに長く生きられないって。これでも、
 思ってたより長生きしてるんだ。大丈夫、狗神様が頑張ってくれたから、
 呪いが解けた瞬間に死ぬことはない。それにあと5年くらいなら、きっと
 頑張れる。〉

「・・・糸繰、そんな悲しいことを言うでない。鬼は数百年普通に生きる種族じゃ、
 だから糸繰も・・・」

 俺に渡されたメモを覗き込んだ御鈴が、悲しそうな顔で言う。糸繰の頬を両手で
 包み込んだ御鈴に、糸繰は小さく笑みを浮かべた。

「まあ、天寿というものがありますから。もしかしたら、まだ寿命じゃないからと
 黄泉の国から突き返されることもあるかもしれません」

 優しい声で言った利斧に、御鈴はそうじゃなと言って微笑む。
 草木の香りを乗せふわりと吹いた風が、俺達を優しく包み込んでいた。
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