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第三部
体調不良
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―――あの夜の出来事から数週間後。冬休みも終わり学校が始まった俺が家に
帰ると、グッタリとした様子の糸繰がソファの上に寝転がっていた。
ただいまと言うが、おかえりとこちらにやってきたのは御鈴と令だけで、糸繰は
動く様子がなかった。
「大丈夫か・・・?」
そう言って糸繰にゆっくりと近付くと、彼は視線だけ動かして俺を見る。
「狗神の治療を受けて体が正常に戻り始めた所為か、今まで気にも留めていなかった
不調が一気に押し寄せてきたらしくての。狗神に絶対安静と言われたから、こう
してソファに寝かせておる」
御鈴がそう言いながら糸繰の頭をそっと撫でる。糸繰は視線を御鈴に向けるが動く
様子はなく、俺に視線を戻すと小さく口を動かした。
おかえりと紡がれた口に、ただいまと返す。糸繰は力なく笑みを浮かべると、目を
閉じた。
「寝るなら部屋の方が・・・」
そう言うと、俺の肩に乗った令が耳元でこっそりと言った。
「糸繰、起き上がるのも辛いみたいなんだよ。御鈴様が、蒼汰のいない時に無断で
部屋に入るのはどうかって言ってさ。部屋戻るなら運んでやってくれ」
「そうだったのか、分かった。・・・そういえば、ちゃんと飯は食ったのか?糸繰」
小声で聞いた俺に、令は首を横に振る。
「昼飯の前に狗神の所へ行ったからな。狗神が連れて帰ってきた時は、にゃにかを
食べる余裕なんてなさそうだったよ」
「そうか・・・」
糸繰に視線を戻す。彼は目を閉じたままじっとしており、頭を撫で続けていた
御鈴はとても心配そうな表情をしていた。
「御鈴。今日の晩飯、お粥でも良いか?」
「ああ、構わぬぞ。妾が作ろうか?蒼汰は糸繰と一緒に居てやれ」
俺の言葉に御鈴がそう提案してきたため、じゃあ頼むと答える。糸繰を背負い
部屋に向かう最中、糸繰が耳元で何かを呟いた。
「糸繰?」
立ち止まって糸繰を見ると、彼は小さく首を横に振る。俺は首を傾げつつ、
自分の部屋へと向かった。
―――糸繰を布団に寝かせ、俺はベッドに腰掛ける。すると、横向きで丸くなる
いつも通りの体勢になった糸繰が目を開けて俺を見た。
伺うような視線に、首を傾げる。糸繰はゆっくりと腕を動かし、手を自身の喉元へ
持っていった。
「・・・・・・」
少し悩んだ様子の糸繰は、目を閉じ首を絞めるような形で手に力を籠める。
「あっ・・・!」
咄嗟に糸繰の腕を掴み喉元から引き剥がす。彼は軽く咳き込むと、懇願するような
目で俺を見た。
「命を大切にしろって言っただろ。首を絞めちゃ駄目だ」
そう言うと、糸繰は手を引っこめ懐からメモ帳と万年筆を取り出した。
力なく動かされた手が、文字を綴る。
〈苦しくて眠れない。安静にって言われたから、寝なきゃいけない。だから、
寝たい。〉
「安静にってのは、絶対に寝なきゃいけない訳じゃない。・・・苦しいのは、
どうもしてやれないけど。せめて、少し楽にしてやれたりしないかな?」
渡されたメモを見てそう聞くと、糸繰は悩む様子を見せる。そして俺を見た彼は、
ゆっくりと体を起こした。
とても辛そうな顔で息を吐いた糸繰が、メモにペンを走らせる。
〈我儘を言っても良いなら、甘えさせてほしい。ぎゅってしてくれるだけで良い
から。〉
そう書かれたメモを渡してきた糸繰に、良いぞと言って彼を抱きしめる。
暫くの間背中を擦りながら糸繰を抱きしめていると、腕を回し俺の服を掴んでいた
彼の力が強くなった。
「糸繰・・・泣いてるのか?」
肩に顔を埋めている糸繰の表情は見えないが、背中が小さく震えている。少し顔を
動かした彼の口から洩れた吐息が、肩にかかる。
・・・何となく、糸繰が助けを求めているような気がした。どうにもできないと
分かっていても、苦しいと、助けてと伝えている気がした。
「苦しいよな、辛いよな・・・ごめんな、代わってやれなくて」
そう言うと、糸繰は肩に顔を埋めたまま首を横に振る。再び吐息が肩にかかるが、
何を言っているのかは分からなかった。
・・・暫く泣いていた糸繰から、ふと力が抜ける。どうやら体力の限界を迎えた
ようで、彼の様子を伺うと気絶するように眠っていた。
そっと、背中を擦る。眠ったまま軽く咳をした糸繰を、布団へ寝かせる。
「蒼汰、糸繰。できたぞ・・・っと、眠っておったか」
ドアをノックして開けた御鈴が、糸繰を見て言う。
「ありがとう、御鈴。糸繰の分は後で温め直すよ」
「そうじゃな。蒼汰、食事にしよう。それともここで食べるか?」
俺の言葉に御鈴がそう聞いてくる。リビングで食べるよと答え立ち上がると、
ゴソリと音がした。
音のした方を見ると、糸繰が体勢を変え丸くなっていて。やっぱりその寝相に
なるんだな・・・なんて思いながら御鈴と共に部屋を出る。
「まるで赤ん坊のようじゃの」
リビングへ向かう途中、御鈴がボソリと呟く。
「ああいう寝相になるのって、甘えん坊だったりストレスとかトラウマ抱えてたり
する奴が多いんだってさ」
俺がそう言うと、御鈴はそうか・・・と小さく呟くように言った。
帰ると、グッタリとした様子の糸繰がソファの上に寝転がっていた。
ただいまと言うが、おかえりとこちらにやってきたのは御鈴と令だけで、糸繰は
動く様子がなかった。
「大丈夫か・・・?」
そう言って糸繰にゆっくりと近付くと、彼は視線だけ動かして俺を見る。
「狗神の治療を受けて体が正常に戻り始めた所為か、今まで気にも留めていなかった
不調が一気に押し寄せてきたらしくての。狗神に絶対安静と言われたから、こう
してソファに寝かせておる」
御鈴がそう言いながら糸繰の頭をそっと撫でる。糸繰は視線を御鈴に向けるが動く
様子はなく、俺に視線を戻すと小さく口を動かした。
おかえりと紡がれた口に、ただいまと返す。糸繰は力なく笑みを浮かべると、目を
閉じた。
「寝るなら部屋の方が・・・」
そう言うと、俺の肩に乗った令が耳元でこっそりと言った。
「糸繰、起き上がるのも辛いみたいなんだよ。御鈴様が、蒼汰のいない時に無断で
部屋に入るのはどうかって言ってさ。部屋戻るなら運んでやってくれ」
「そうだったのか、分かった。・・・そういえば、ちゃんと飯は食ったのか?糸繰」
小声で聞いた俺に、令は首を横に振る。
「昼飯の前に狗神の所へ行ったからな。狗神が連れて帰ってきた時は、にゃにかを
食べる余裕なんてなさそうだったよ」
「そうか・・・」
糸繰に視線を戻す。彼は目を閉じたままじっとしており、頭を撫で続けていた
御鈴はとても心配そうな表情をしていた。
「御鈴。今日の晩飯、お粥でも良いか?」
「ああ、構わぬぞ。妾が作ろうか?蒼汰は糸繰と一緒に居てやれ」
俺の言葉に御鈴がそう提案してきたため、じゃあ頼むと答える。糸繰を背負い
部屋に向かう最中、糸繰が耳元で何かを呟いた。
「糸繰?」
立ち止まって糸繰を見ると、彼は小さく首を横に振る。俺は首を傾げつつ、
自分の部屋へと向かった。
―――糸繰を布団に寝かせ、俺はベッドに腰掛ける。すると、横向きで丸くなる
いつも通りの体勢になった糸繰が目を開けて俺を見た。
伺うような視線に、首を傾げる。糸繰はゆっくりと腕を動かし、手を自身の喉元へ
持っていった。
「・・・・・・」
少し悩んだ様子の糸繰は、目を閉じ首を絞めるような形で手に力を籠める。
「あっ・・・!」
咄嗟に糸繰の腕を掴み喉元から引き剥がす。彼は軽く咳き込むと、懇願するような
目で俺を見た。
「命を大切にしろって言っただろ。首を絞めちゃ駄目だ」
そう言うと、糸繰は手を引っこめ懐からメモ帳と万年筆を取り出した。
力なく動かされた手が、文字を綴る。
〈苦しくて眠れない。安静にって言われたから、寝なきゃいけない。だから、
寝たい。〉
「安静にってのは、絶対に寝なきゃいけない訳じゃない。・・・苦しいのは、
どうもしてやれないけど。せめて、少し楽にしてやれたりしないかな?」
渡されたメモを見てそう聞くと、糸繰は悩む様子を見せる。そして俺を見た彼は、
ゆっくりと体を起こした。
とても辛そうな顔で息を吐いた糸繰が、メモにペンを走らせる。
〈我儘を言っても良いなら、甘えさせてほしい。ぎゅってしてくれるだけで良い
から。〉
そう書かれたメモを渡してきた糸繰に、良いぞと言って彼を抱きしめる。
暫くの間背中を擦りながら糸繰を抱きしめていると、腕を回し俺の服を掴んでいた
彼の力が強くなった。
「糸繰・・・泣いてるのか?」
肩に顔を埋めている糸繰の表情は見えないが、背中が小さく震えている。少し顔を
動かした彼の口から洩れた吐息が、肩にかかる。
・・・何となく、糸繰が助けを求めているような気がした。どうにもできないと
分かっていても、苦しいと、助けてと伝えている気がした。
「苦しいよな、辛いよな・・・ごめんな、代わってやれなくて」
そう言うと、糸繰は肩に顔を埋めたまま首を横に振る。再び吐息が肩にかかるが、
何を言っているのかは分からなかった。
・・・暫く泣いていた糸繰から、ふと力が抜ける。どうやら体力の限界を迎えた
ようで、彼の様子を伺うと気絶するように眠っていた。
そっと、背中を擦る。眠ったまま軽く咳をした糸繰を、布団へ寝かせる。
「蒼汰、糸繰。できたぞ・・・っと、眠っておったか」
ドアをノックして開けた御鈴が、糸繰を見て言う。
「ありがとう、御鈴。糸繰の分は後で温め直すよ」
「そうじゃな。蒼汰、食事にしよう。それともここで食べるか?」
俺の言葉に御鈴がそう聞いてくる。リビングで食べるよと答え立ち上がると、
ゴソリと音がした。
音のした方を見ると、糸繰が体勢を変え丸くなっていて。やっぱりその寝相に
なるんだな・・・なんて思いながら御鈴と共に部屋を出る。
「まるで赤ん坊のようじゃの」
リビングへ向かう途中、御鈴がボソリと呟く。
「ああいう寝相になるのって、甘えん坊だったりストレスとかトラウマ抱えてたり
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俺がそう言うと、御鈴はそうか・・・と小さく呟くように言った。
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