神と従者

彩茸

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第三部

呪いの正体

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―――糸繰の様子がおかしいことに気付いたのは、それから数日後のことだった。
ガラッという音で目が覚める。部屋の中を見渡すと糸繰の姿はなく、窓が開け放たれ
ていた。

「糸繰・・・?」

 もしやと思い窓に近付くと、庭の隅で蹲っている糸繰の姿が見えた。
 最近吐いてなかったのに。そう思いながら、防寒のジャケットを羽織って外へ
 出る。

「糸繰、大丈夫か?」

 そう言いながら蹲っている糸繰へと近付くと、彼の足元には赤い水溜りができて
 いて。虚ろな目で俺を見た糸繰は、口から血をボタボタと零しながら力なく笑みを
 浮かべた。

〈ごめん、まだ。〉

 乱れた文字で書かれたメモを俺に渡した糸繰は、ゴポリと音を立てて大量の血を
 吐く。
 時折咳き込み大量の血を吐き続ける糸繰を見ていると、ふと嫌な予感がした。

「・・・なあ。吐いてる血の量、多すぎないか?」

 俺の言葉に、糸繰はビクリと肩を震わせる。

「何で、初めてお前の吐血見た時並に吐いてるんだ。襲撃もなかったし、今日家から
 出てないよな?糸繰」

 そう言うと、咳と共に血を吐き出した糸繰は着物の袖で手を拭って万年筆を
 握った。
 ・・・糸繰の手が震えている。何をしでかしたんだと思っていると、メモにペンを
 走らせた彼は目を伏せながらメモを差し出してくる。

〈練習してただけ。思ったより妖力使ってた、それだけ。〉

「それだけ?本当か・・・?」

〈オレが悪かった、ごめん。お願いだから、怒らないでくれ。〉

「別に怒ってなんか」

〈ごめんなさい。〉

 俺の言葉を遮るようにメモを差し出してきた糸繰は、再び大量の血を吐き出す。
 これ以上の会話は不可能だと、直感的に思う。
 糸繰は血の吐き過ぎで今にも死んでしまいそうで。何もできずにいる自分が
 もどかしかったが、せめて吐き終わったらおぶって戻ろうと考えていた。



―――十分も経たない頃。糸繰の体が、突然グラリと揺れる。それを支えると、彼は
虚ろな目のまま懐に手を突っ込んだ。
手のひらサイズの人形を取り出した糸繰はそれを力なく胸の前で祈るように持ち、
小さく口を動かす。

「糸繰?なあ、おい!」

 人形から黒い靄が発せられ、糸繰の首を包むように動く。・・・いや、包んでいる
 のではない。いるのだ、彼の首を。

「待っ・・・」

 靄に触ろうとするが、バチリと音を立てて手が弾かれる。それを見た糸繰は薄く
 笑うと、俺を見た。
 虚ろな目が、じっとこちらを見つめている。何を伝えたいんだろうと思うと
 同時に、背筋が凍るような恐怖を感じた。

「なあ、糸繰・・・」

「・・・・・・」

 糸繰がゆっくりと口を動かす。黒い靄に首を絞められていることで息は出来て
 いないようで、吐息は出ず口だけが動いていた。

 だいじょーぶ、おやすみ

 そう読み取れた。大丈夫って何が大丈夫なんだ!・・・そう言う前に、糸繰は
 口から血を溢れさせながらゆっくりと目を瞑った。
 糸繰に纏わり付いていた黒い靄が霧散する。ハッとして糸繰の胸に耳を当てると、
 心臓の音が聞こえなかった。

「嘘、だろ・・・?」

 死んだ?何で?今のは一体??
 ぐちゃぐちゃになって纏まらなくなった頭に、涙が溢れる。

「いと、いと・・・!!」

 糸繰の体を強引に揺すりながら叫ぶように彼の愛称を呼ぶと、数十秒の後ゲホッ
 という音と共に彼は血を吐き出した。

「糸繰!」

 名前を呼ぶと彼は五月蠅そうに顔を顰め、目を開ける。そして俺の顔を見ると、
 呆れたような顔で溜息を吐いた。

「いとぉ・・・」

 涙でぐちゃぐちゃになったであろう俺の顔を、何も考えず糸繰の胸へ押し当てる。
 聞こえてきたのは、心臓の音。良かった、生きてる。
 俺を力の入っていない手で引き剥がそうとした糸繰から、そっと離れる。糸繰の
 着物は、彼の吐いた血と俺の涙でかなり汚れていた。

〈大丈夫って言ったのに。ちゃんと伝わらなかったか?〉

 困ったような顔でメモを差し出してきた糸繰に、俺は涙を拭いながら答えた。

「伝わったけどさあ・・・何が大丈夫なのか全然分かんねえよ・・・」

〈それはごめん。オレに掛かってる呪いのこと蒼汰は知ってるから、分かると
 思ってた。〉

「呪いって、自死できない方か?」

 糸繰の言葉にそう聞くと、彼は肯定を示すように頷く。

〈自分で自分に呪いを掛けてるんだから自死に入るし、死なない。そのまま寝ようと
 思ったのに、蒼汰が揺するから・・・。〉

 文句ありげな顔でメモを差し出してきた糸繰に、腹が立った。

「あのなあ!死なないって言っても、お前一回心臓止まってるんだからな?!生き
 返ってるだけで、死んでるんだぞ!!自分の命を大切にしろ、この馬鹿鬼!!」

 俺の剣幕に驚いたのか、糸繰はビクリと体を震わせる。そして怯えた目を俺に
 向けると、体を引き摺るようにして俺から少し離れる。

「それで?練習って呪い返しのだよな?何で自分に呪い掛けてんだ、おい」

 収まらない怒りにそう言いながら近付くと、糸繰は怯えた顔をした後ギュッと
 目を瞑った。
 沈黙が流れる。・・・少しして恐る恐るといった様子で糸繰は目を開けると、
 震えた文字で書かれたメモを差し出してきた。

〈ごめんなさい。お仕置き、嫌だ。ごめんなさい、許してください。〉

「お仕置きしたことないだろ。俺は事情が知りたいだけだ」

 淡々と言うと、糸繰はメモを書こうとして思い切り咳き込む。慌てたように袖で
 口を覆って何度か深く呼吸をした後、彼は焦ったような顔でメモにペンを走ら
 せた。

〈呪ってくる相手がいないと、呪い返しは意味を成さない。主の呪いは、今の
 オレじゃまだ返せない。だから、自分で自分を呪って呪い返しを使う練習を
 してた。どっちにも妖力を使うし、ある程度の威力がないと呪いの耐性がある
 オレじゃ呪い返しで威力を上げられたのか自分で分からない。だから、結果的に
 妖力の消費量が多くなって吐いてた。・・・それが、事情。〉

「・・・最後、黒い靄が糸繰の首を絞めてたのは?」

 メモを見ながらそう聞くと、糸繰は怯えた顔から一転してきょとんとした表情に
 なる。何か変なことを言っただろうか?そう思っていると、サラサラとペンを
 動かした糸繰は何でもないような顔でメモを差し出してきた。

〈あれが、呪い返し。吐いてる途中に返し損ねてた呪いがあるのに気付いたから、
 せっかくだし気絶する前にと思って練習した。多分、あれが一番の成功。第三者を
 寄せ付けなかったし、ちゃんと俺に掛かってた呪いが発動した。つまり呪いの
 耐性がオレ以下の奴に掛ければ殺せる。〉

「練習のリスクが高すぎる・・・」

〈首を絞めると、よく眠れるんだ。だから、丁度良かった。〉

 渡されたメモに、一瞬思考が停止する。

「ちょっと待て、それ詳しく」

 怒りを忘れそう言うと、糸繰は少し首を傾げた後メモを渡してきた。

〈話してなかったっけ?昔から体調が凄く悪かったり息がまともにできない時は、
 普通に寝るのも辛いから自分の首を手で絞めてたんだ。そうしたら頭がフワフワ
 して、何も考えずに眠れる。力加減間違えて首の骨折った時は焦ったけど、起き
 たらちゃんと治ってたから平気。〉

 糸繰は唖然としている俺を気にすることなく、
 〈死ねないからできる。この呪いの、一番良い所。〉
 と書いたメモを追加で渡してくる。

「俺の予想以上に、お前って自分の生に執着ないんだな・・・。普通怖くて
 できないぞ、そんなの」

〈そうか?オレ道具だったし、主の命令さえ守れたら自分の事とかどうでも
 良かったから。寝ないと次の日の命令に支障が出てたから、オレの知ってる
 妖術を使わないで殺せる方法で寝てただけ。・・・あ、でも今はちゃんと
 自分の事考えてるぞ?死なないって分かってる事しかやってないし、前みたいに
 苦しくても動き続けなきゃって考えはやめたし。〉

「・・・うーん、偉いって言って良いもんなのか?いやでも、実際には一回死んで
 生き返る呪いだったんだよな?って」

 メモを見てそう言うと、糸繰は苦笑いを浮かべてメモを書く。

〈オレも、今日初めて知った。〉

 メモを見せた糸繰は少し考える素振りを見せると、サラサラとペンを動かした。

〈でもよく考えてみたら、蒼汰と最後に戦った時に御鈴様が神通力で俺を殺そうと
 しただろ?あれ自体はちゃんと死まで発動したけど、オレが死んだ後に生き返った
 から効いてないように見えたって考えると自然なんだよな。〉

「確かに・・・」

 俺が納得していると、糸繰はクシュンッとくしゃみをする。そういえば糸繰は
 防寒もせずこの寒空の下で吐いていたんだったか。

「戻ろう、糸繰。ほら、おぶってやるから」

 そう言って糸繰に背を向ける。糸繰は体重を俺に預けた後、立ち上がった俺に
 後ろからメモを差し出してきた。

〈様子がいつも通り過ぎて、忘れてたけど。・・・蒼汰、もう怒ってないか?〉

「怒ってないよ。・・・というかお前、俺が怒ってなかったときから怒らないで
 くれとか言ってたよな」

〈・・・だって蒼汰の声音、いつもより怖かったから。目の前霞んで表情見えて
 なかったから、余計怖くて。〉

「それは・・・何かごめん」

 糸繰の冷え切った体を背負い、そんな会話をしながら玄関に向かって歩く。
 玄関を開けると俺の声で起きてしまったらしい御鈴と令が心配そうな目を向けて
 きた。

「ごめん、五月蠅かったよな」

 そう言うと、御鈴は首を小さく横に振って糸繰を見る。

「糸繰は大丈夫なのか・・・?」

〈心配掛けてごめんなさい。大丈夫です。〉

 御鈴の言葉に糸繰がそう書いたメモを渡すと、令が俺を見て言った。

「ビックリしたんだからな。ちゃんと弟の面倒見ろよ、お兄ちゃん」

「悪かったよ・・・」

 そう言うと、令は小さく溜息を吐いて歩き出す。
 令につられるように俺達も寝室へと戻るのだった。
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