神と従者

彩茸

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第三部

かき氷

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―――夏休みが始まってから、少し経った頃。バイトをしている訳でもなく特に
やることがないと、大学生の夏休みというものは退屈で。
暇だ・・・なんて思いながら、ソフトクリームを美味しそうに食べている糸繰を
千代と共に眺める。

「イト、しあわせそう。チヨたべられないから、すこしうらやましい」

「そういや千代って腹減ったりするのか?」

「しない。チヨ、しょくじするからだ、してない。イトのようりょくで、
 じゅうぶん」

「そっか」

 千代とそんな会話をしていると、糸繰がこちらを向く。そして懐に手を突っ込む
 と、千代に拳を突き出した。
 俺に抱きかかえられていた千代が首を傾げると、糸繰は手のひらを上にして拳を
 開く。握られていたのは、布を縫って作ったかき氷で。
 ソフトクリームのコーンを二口で食べ切った糸繰は、布製かき氷を両手で持って
 いる千代にメモを差し出した。

〈人形を作った布の余りで作ってみた。かき氷っていうんだってさ。本物は
 冷たくて、上にその赤い部分みたいなシロップをかけるらしい。〉

「え、糸繰ってかき氷食べたことないのか?!」

 メモを見て驚き、糸繰に聞く。彼はコクリと頷くと、〈蒼汰は食べたことある
 のか?〉と書いたメモを差し出してきた。

「逆に食べたことない奴がいることに驚きを隠せないんだが」

〈そんなこと言われても。主がくれた食事の中には、そんなもの出てこなかったし。
 アイス自体、蒼汰がくれたのが初めてだ。〉

 糸繰が従者だった頃の生活がどんどん想像できなくなってくる。普段の食事も
 食べたことがない物が沢山あるようだったし、言葉だって呪いの神にとって
 都合の悪いようなものは教わっていないようだった。信者に教わったことも
 中にはあるようだが、そもそも関わる回数が少なかったらしい。

「何か・・・糸繰って単に物事を知らないというより、物事を知らせないように
 育てられてたみたいだよな」

〈そうなんじゃないか?〉

 さらりと返してきた糸繰に、何も言えなくなる。

「イトもチヨも、きづいてる。ソウタたちが、いっぱいおしえてくれるから」

〈沢山知らないことがあるけど、ちゃんと教えてくれてるだろ。新しいことが
 知れて、ちょっと楽しい。〉

 千代に続けるように糸繰がメモを渡してくる。楽しいのか・・・なんて思って
 いると、夜宮神社へ遊びに行っていた御鈴が帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり」

〈おかえりなさい。〉

 そんな言葉を交わしつつ、御鈴は扇風機の前に寝転がる。

「暑い・・・」

「今年の夏は例年より暑くなるらしいぞ」

 御鈴の言葉にそう告げると、彼女は嫌そうな顔でうえぇ・・・と声を漏らす。

「こんな日には、かき氷でも食べたいのう・・・」

 そう呟いた御鈴に、俺と糸繰は顔を見合わせた。

「かき氷器持ってないんだよな。町の店に食いに行く・・・のは、まあ無理だと
 して」

〈圭梧なら持ってないかな?〉

「どうだろうな。聞いてみるか」

 そう言って携帯を取り出した俺は、早速圭梧にメールを送る。暇だったのか速攻で
 返ってきた連絡に驚きつつ、俺は笑みを浮かべて言った。

「持ってるってさ。来いよって言われたから皆で行くぞ」



―――山霧家の扉を叩く。出迎えてくれたのは眼鏡を掛けた優花さんで、俺達を見て
笑みを浮かべた。

「いらっしゃい。さ、入って入って」

 そう言われ、お邪魔しますと山霧家に足を踏み入れる。
 通された部屋には、かき氷器のメンテナンスをしている静也さんの姿があった。

「お、いらっしゃい。もうちょっと待っててくれるか?」

「あ、はい。・・・というか、何で静也さんがここに?」

 そう聞くと、静也さんは何でって言われても・・・と手を動かしながら言う。

「ここ、僕達の実家だから。静兄は帰省中みたいなものだよ」

 後ろからそんな声が聞こえ、振り返る。
 そこには氷の入ったボウルを持つ晴樹さんと圭梧の姿があった。

「俺達も丁度暑いって話しててさ、蒼汰からのメールでかき氷食べたくなって!」

 圭梧がそう言って笑うと、御鈴が言った。

「やはり暑い日にはかき氷よの!!」

「わざわざ、かき氷食べるためだけに外出たのか・・・?」

 外出するぞと叩き起こされたことを根に持っているのか、令が嫌そうに言う。

〈令、付き合わせてごめん。〉

 糸繰がそう書いたメモを見せると、別に・・・と令はきまりの悪そうな顔で
 言った。

「何の話してるの?」

 いつの間にか部屋に入ってきていた優花さんが、そう言って令と糸繰を見る。
 妖見えないって言ってなかったっけ・・・?なんて思っていると、縁側から顔を
 出した楓華が優花さんを見て言った。

「お母さん。妖見える眼鏡掛けてるからって、あんまりはしゃいじゃ駄目だよ?
 ただでさえその鬼、蒼汰を殺そうとした奴なんだし」

 楓華から、糸繰に対する明らかな敵意を感じる。

「楓華」

 晴樹さんが咎めるように名前を呼ぶも、楓華は糸繰を睨むように見る。糸繰はと
 いうと、何か言いたげな顔をしつつも俺の後ろに隠れていた。

「仲良くしろよ、楓華ー」

「楓華ちゃん、敵視してても良いことないぞ?仲良くしなよ」

 圭梧と静也さんがそう言うと、楓華は静也さんに言った。

「伯父さんだって、鬼は危険だって言ってたじゃん。戦ったこともあるのに、何で
 仲良くしようなんて思えるの?」

 静也さんは手を止めて、楓華を見る。そしてかき氷器に視線を戻すと、再び手を
 動かしながら言った。

「・・・あいつがもし、人間を殺していなかったら。俺は、あいつと仲良くなれたの
 かもしれないと思ったから」

「あいつ・・・?」

 そう呟くと、静也さんは笑みを浮かべる。そして、かき氷器のハンドルをグルグル
 回しながら俺を見た。

「俺が、俺達が初めて戦った鬼だよ。糸繰みたいに、人間に近い姿をしてた」

 そう言った静也さんは、ちゃんと回るようになったぞと晴樹さんに言った後、
 昔を懐かしむような顔をする。

「あの戦いは、本当に・・・・・・楽しかったなあ」

 ボソリと呟いた静也さんに、その場にいた彼を除く全員の表情が固まった。

「あんなのを楽しいっていうの、お兄さんくらいですよ・・・」

「和正くんと誠くんがいなかったら、失血死してたっていうのに・・・」

 ドン引きしたような表情でそう言った優花さんと晴樹さんに、圭梧と楓華から
 うわあ・・・と声が漏れる。

「相当ヤバい奴じゃないか・・・」

「これが最強の所以なのかの・・・」

 令と御鈴がそう言って引きつった顔をしている中、糸繰は何処か安心したような
 顔で俺にメモを差し出してきた。

〈敵じゃなくて良かったな。〉

「敵に回した瞬間、負けが確定するだろ・・・」

 ボソッと呟いた俺の声は、糸繰以外の耳に入ることはなかった。
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