神と従者

彩茸

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第二部

もしも

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―――その日は雨谷の工房に泊めてもらうことになった。静也さん達の口添えの
おかげもあるのだが、利斧が泊まりたいと話を強引に押し通したのが一番大きいと
思う。

「ほら、寝ますよ」

「君の部屋は別・・・って、引っ張らないでよ!」

 高身長の雨谷よりも更に大きい利斧が、雨谷の襟を掴んで引き摺るように部屋を
 出る。溜息を吐いた雪華もそれに続くように部屋を出て、部屋に残された俺達は
 顔を見合わせた。

「何か、利斧さんが来てから雨谷明るくなったよね・・・」

 晴樹さんが呟くように言う。

「明るくなったというか、感情を表に出しやすくなったというか・・・」

 静也さんがそう言うと、落魅が言った。

「雨谷の話じゃ、利斧は幼馴染みたいなものらしいですぜ。何だかんだ言っても、
 信頼しているんじゃないですかねい」

「可能性はあるの。この前一緒に酒を飲んだが、二人・・・いや、雪華も含めて
 三人じゃの。凄く楽しそうにしておった」

 狗神が同意するように言うと、令も頷く。

「御鈴様が言ってたけど、利斧が最近よく雨谷の話をするんだってさ。にゃんだ
 かんだ仲良いんじゃないかなあ」

 令がそう言った後、何だかほんわかとした空気が流れる。そんな中、糸繰だけが
 暗い顔をしていた。
 ・・・少しして、静也さんと晴樹さんは用意された部屋へと向かう。落魅も眠く
 なってきたらしく、欠伸を一つして部屋を出て行った。
 狗神が心配そうな顔をしながらもおやすみと部屋を出て行き、部屋の中には俺と
 糸繰、そして令が残っていた。

「・・・なあ、糸繰。雨谷が言ってたこと、本当なのか?その・・・俺に殺して
 もらえるから生きようとしてるっていうの」

 俺がそう聞くと、糸繰はコクリと頷く。そして懐から万年筆とメモ帳を取り出し、
 サラサラとペンを動かした。

〈それ以外に、生きている理由なんてないから。勿論、御鈴様の信者として他の
 信者を守るっていうのは忘れてない。それでも、俺が死んだところで前と同じに
 なるだけなんだよ。別に、いなくても問題ない。〉

 そんなこと言うな!いなくても問題ないなんて間違ってる!!・・・そう、叫び
 たかった。だが糸繰の表情を見ていると、何も言えなくなってしまう。
 卑屈になっている訳ではない、ただ純粋にそう思っている。それが伝わってしまう
 程に彼の目は真っ直ぐで、酷く悲しそうだった。

「糸繰は、どうして蒼汰に殺されたいんだ?死ぬだけだったら、他の奴でも良い
 だろ」

 令がそう言って糸繰の膝の上に乗る。糸繰は少し悩む様子を見せると、ゆっくりと
 ペンを走らせた。

〈最初は、蒼汰に殺されそうになった時もう死んでも良いかなって思ったから
 だった。主に必要とされている気がしてずっと生きていたけど、蒼汰になら
 殺されても後悔しないだろうなって。・・・でも、今はよく分からない。〉

「分からないなら、何で・・・」

 糸繰が令に見せていたメモを覗き込みながら言う。
 糸繰は困ったような顔で文字を書く体勢のまま固まり、やがて諦めたような顔で
 メモを書いた。

〈漠然と、蒼汰に殺されたいって思いがあって。でも蒼汰が生きていてくれって言う
 から、蒼汰以外には殺されないようにしようって思ったんだ。・・・ごめん理由に
 なってないよな。さっき利斧様と雨谷様に生きる理由は自分で考えて見つけろって
 言われてからずっと考えてたんだけど、やっぱり自分の事を考えるのは苦手だ。〉

「・・・もし、俺が約束破ったらどうするんだ」

 俺の言葉に、糸繰は目を見開いて俺を見る。そんな考えは無かったのか、彼は
 小さく震えていた。

「もし、もしもだ。俺が糸繰との約束を破って、御鈴に捨てられたときに殺さ
 なかったら。糸繰は、どうするんだ?」

 自分でも意地悪なことを言ったと思う。糸繰は俺から視線を外し、必死に考えて
 いるようだった。
 ・・・考えて、考えて、考えて。俺じゃ想像もできない程、必死になって考えて
 いたんだと思う。やがてボロボロと涙を流し始めた糸繰に、令が驚いた声を
 上げた。

「蒼汰ぁ・・・」

 令が困惑したような声を上げて俺を見る。糸繰も流れ出した涙に軽くパニック
 状態になっているようで、困惑した顔のまま何度も何度も袖で擦るように涙を
 拭っていた。

「糸繰、急がなくて良いよ。ゆっくり、ゆっくりで良いから」

 俺はそう言って優しく糸繰の頭を撫で、そっと抱きしめる。

「ごめん、意地悪なこと言ったな。・・・ほら、擦ったら赤くなるぞ。一旦
 落ち着け、な?」

 頭を撫で続けながらそう言うと、糸繰が耳元で何かを呟いた気がした。声は出て
 いないのだが、耳にかかる息が何となくそう思わせた。

「糸繰、何か言ったか?」

 そう聞くと、糸繰はゆるゆると首を横に振る。
 少しして落ち着いたのか、俺から離れた糸繰はメモにペンを走らせた。

〈頑張って考えるから、もう少し待ってくれ。〉

「うん、ゆっくりで良いからな。お前の答えを聞かせてくれ」

 メモを見て、俺はそう言いながら糸繰の頭を撫でる。彼はコクリと頷くと、再び
 必死に考え始めたようだった。
 暫くして、床でゴロゴロとしていた令が眠たそうに欠伸をする。

「そんなに難しく考えなくても良いんだからな?蒼汰はって言ったんだし」

〈それでも、ちゃんと考えなきゃいけない。そんな気がする。〉

 令の言葉に即答するようにメモを渡した糸繰は、再び万年筆を持ったまま
 考え込む。それを見た令はもう一度欠伸をすると、俺の膝の上で丸くなった。
 ・・・令が眠った頃、糸繰が小さく口を動かして俺を見る。

「答え、出たのか?」

 そう俺が聞くと、糸繰はコクリと頷く。そしてメモ用紙をちぎると、一気に文字を
 書き始めた。
 サラサラと書き連ねられていく文字に、こんなに書くの速かったっけなんて思う。
 そしてスッと渡されたメモには、こう書かれていた。

〈もし、殺してもらえなかったら。オレは何処かに籠って寿命が尽きるのを待つと
 思う。蒼汰が殺してくれる気になるまで静かに、誰にも見つからないような
 所で。〉

「・・・どうして、そう思ったんだ?」

 静かに、そう問う。
 糸繰はその答えも用意していたようで、メモにペンを走らせた。

〈オレは、蒼汰と一緒にいたいんだと思う。蒼汰の傍にいるときが一番落ち着くん
 だ。だから、最期まで蒼汰と一緒にいたい。それが無理なら、独りで消えたい。
 ・・・理由に、なってるか?〉

 メモを見て、何だか泣きそうになった。俺は俯き少し考えた後、糸繰を見て口を
 開く。

「・・・・・・うん、理由になってるよ。頑張って考えてくれてありがとう」

 俺の言葉に、糸繰は安心したような顔をする。いつの間にか令も目を覚まし、俺の
 肩に乗ってメモを覗き込んでいた。

「・・・でもな、糸繰」

 言葉を続ける。糸繰は首を傾げ、令は俺の肩から飛び降りた。

「自分で言っておいてあれだけど、俺はお前を殺したくなんかないんだよ。生きて
 いてほしいんだよ、ずっと」

〈約束、守ってくれないのか?〉

 俺の言葉に、糸繰が悲しげな顔でメモを差し出してくる。俺は首を横に振り、
 言った。

「守るよ、約束を破るつもりはない。・・・でも糸繰が捨てられないで、ずっと傍に
 いてくれたら。そうしたら、俺もお前を殺さないで済む。大好きな弟を手に掛け
 ないで済むんだ。ずっと、ずっと、ずっと・・・一緒に、いられるんだよ」

 その時俺は、どんな顔をしていたのだろう。俺を見ていた令は顔を背け、糸繰は
 一瞬怯えたような表情を見せていた。
 首を傾げると、糸繰はブンブンと首を横に振る。すると令がゆっくりと顔を上げ、
 俺をちらりと見て言った。

「ボクも蒼汰と同じ・・・うん、同じ意見だな。糸繰は一回、死ぬよりも生きる
 ことを考えた方が良いと思うんだ」

 糸繰は少し悩む様子を見せると、令に見せるためかメモを床に置く。

〈蒼汰が望んでいるから、生きる。それじゃ駄目なのかな。〉

「駄目だ」

 令と声が被る。糸繰は驚いたような顔で俺を見ると、何かを考え始めた。
 何に悩んでいるんだろう。そう思っていると、令が糸繰の前にしっかりと座って
 言った。

「ちゃんと考えるんだな。今の蒼汰はどうか知らないけど、元々人間と妖は寿命が
 圧倒的に違うんだ。もし蒼汰が人間と同じ寿命で死んだら、糸繰は生きる理由が
 なくなるだろ。どうやって生きていくつもりなんだ」

 死ぬなんて答え、きっと蒼汰は許さないぞ。付け加えるようにそう言った令が俺を
 見たので、強く頷く。糸繰は俺のそんな様子を見て悲しげな表情を浮かべた後、
 決心した顔でメモを書いた。

〈すぐに答えは出せないけど、考えるのを諦めちゃいけないんだって分かったから。
 今とは違う生きる理由、頑張って考えてみる。〉

「うん、偉い。頑張れ」

「満足いく答えが出ると良いな」

 糸繰のメモを読み、俺と令はそう言って笑みを浮かべる。糸繰は頷くと、優しい
 顔で笑った。
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