神と従者

彩茸

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第二部

説明

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―――少し歩いた所に建っていた建物の中に通され、食事を振舞われる。
史蛇は糸繰を避けているようで、他の妖達と違い食事中一度も糸繰と目を合わせず、
話し掛けることもなかった。

「・・・糸繰、腹大丈夫か?」

 食後のデザートを少しずつ口に運んでいる糸繰に小声で話し掛ける。食事中も時折
 箸を止めていたので気になってはいたのだが、重役の妖達にちょくちょく話し掛け
 られていたので話し掛けるタイミングを逃していた。

〈痛いけど、料理が美味しいから食べたくて。それに、御鈴様に心配掛けたくない
 から。〉

「そっか。・・・もし吐きそうになったら、教えてくれよ」

 糸繰の返答に対しそう言うと、彼は〈何で?〉と書かれたメモを差し出してくる。

「お前、吐いた後フラフラになるだろ。戦ったあの日の夜ほどじゃないけど、その
 後も何回か吐いてるんだから流石に分かる。・・・どうせ糸繰のことだし、外で
 吐こうとするんだろ?だったら、吐いた後は俺が運んでやるから」

〈汚いから、吐くなら外でって習ったから。蒼汰がオレのこと運びたいなら、
 任せる。〉

 そんなやり取りをしていると、暇を持て余したのか令がやってくる。流れるように
 俺の膝の上に座った令は、糸繰の膝をてしてしと叩きながら言った。

「無理して食べなくても、取っといてくれって言ったら小分けにしてくれるみたい
 だぞ」

〈オレ達のやり取り、見てたのか?〉

「いや、食事中の糸繰の様子とさっきの蒼汰の声聞いてたら何となく」

 糸繰の問いに令はそう答えると、御鈴の方を見る。

「・・・それと、御鈴様から糸繰に伝言。痛いなら妾か蒼汰にちゃんと言うの
 じゃぞ、妾達なら痛みを消してやれるからな!だってさ」

 令のその言葉に、糸繰は御鈴をちらりと見る。そしてこちらに視線を向けると、
 俺にそっと手を伸ばした。糸繰の手が、俺の手を掴む。
 小さく口を動かした糸繰に、おそらく痛みを消してくれって事なんだろうなと
 思いつつ俺は彼の腹に手を添える。

『消えよ』

 そう言うと糸繰は少し申し訳なさそうに笑みを浮かべ、〈ありがとう。〉と書いた
 メモを渡してきた。



―――夜。揺すられる感覚に、目を覚ます。
俺が目を覚ましたことに気付いたのか、揺すってきた相手はゆらりと立ち上がり
その場を離れる。扉を開ける音と共に差し込んできた月明かりで、揺すってきた
のは糸繰だったことに気付いた。

「糸繰・・・」

 名前を呼ぶも、糸繰はこちらを見ずに部屋を出て行く。起き上がり追いかける
 ように部屋を出ると、おそらく庭であろう場所の隅へ向かって歩いていく糸繰の
 姿が見えた。
 様子を伺っていると、糸繰は庭の隅で蹲る。そっと近付くと、彼の足元には赤く
 染まった吐瀉物が撒き散らされていた。

〈汚いぞ、離れてろよ。〉

 俺をちらりと見た糸繰が、そう書いたメモを丸めて投げ渡してくる。近付けたく
 ないんだな・・・なんて思いながら、俺は少し後ろに下がった。声が出ない彼の
 口から、咳と吐き出す音だけが漏れ出る。聞いていて気分の良いものではないが、
 傍に居なければという気持ちが立ち去るという選択肢を俺の中から消していた。
 ・・・吐瀉物特有のニオイが鉄臭い血のニオイに変わった頃。突然、糸繰の体が
 フラリと揺れた。

「おい、糸繰?!」

 ドサリと倒れた糸繰に駆け寄る。どうやら気絶してしまったようで、口から流れ
 続ける血が彼の気道を塞いでしまわないように慌てて体勢を変える。声を掛けるも
 反応しないため、どうしようと戸惑っていた。

「おや?そこに居るのは・・・」

 聞き覚えのある声が聞こえる。ハッとして顔を上げると、木々の間から利斧が姿を
 現した。
 利斧は糸繰に気付くと、手元に戦斧を出現させて近付いてくる。

「蒼汰、何故とどめを刺さないのです?その鬼は貴方を殺そうとしたんですよ」

「違っ・・・いや、違わないですけど!今こいつは、糸繰は、俺の大切な家族なん
 です!!」

 利斧の言葉に、糸繰を守るようにぎゅっと抱きしめながら俺は言う。利斧は足を
 止めると、斧を消して言った。

「ほう、それは興味深いですね。御鈴は何も言っていませんでしたが・・・訳を
 聞いても?」

 その言葉に、俺は糸繰の頭をそっと撫でながら糸繰が兄弟になったまでの経緯や
 今の状況を伝える。
 利斧は興味深そうな顔で話を聞き終えると、眼鏡をクイッと上げて言った。

「なるほど、そんなことが。・・・まあ御鈴の信者、蒼汰の弟ということでしたら、
 私は手を出さないでおきましょう。暇ですし、貴方が望むのであれば助けて
 あげても良いですが」

「良いんですか?!ありがとうございます!じゃあ・・・」

 そう言った時、糸繰が目を開けた。ゲホッゲホッと咳き込んで血を吐き出した
 糸繰は利斧を視界に入れると、途端に怯えた顔になる。
 体を引きづるようにして俺の後ろに回った糸繰に、利斧は笑顔で言った。

「安心してください、次会ったら殺すと言いましたが事情が変わったようでして。
 殺さないことになりました」

「そんなこと言ってたんですか」

「ええ。あの時は逃げられてしまいましたが、絡繰りも分かったので次は確実に
 仕留められる算段だったんです」

 そう答えた利斧に、武神って恐ろしいな・・・なんて思いながら小さく震えて
 いる糸繰の頭をポンポンと撫でた。
 少しの間頭を撫でていると、落ち着いたのか糸繰の震えが止まる。

〈ごめん、さっきは迷惑掛けた。蒼汰が近くに居るから大丈夫って思ってたら、
 突然意識飛んで・・・。〉

「ビックリしたけど、糸繰がちゃんと目を覚まして良かったよ」

 渡してきたメモを見てそう言ながら笑みを浮かべると、糸繰はメモにペンを
 走らせた。

〈吐き気治まったし、もう大丈夫だと思う。心配掛けたんだよな、ごめん。〉

「謝りすぎだ。・・・戻ろうか、ほら」

 メモを見てそう言った俺は、糸繰に背を向ける。体重を預けてきた糸繰を
 背負うと、利斧が言った。

「兄弟になってからそれほど経っていないというのに、中々の信頼感ですね」

「それほどって言っても、もう二ヶ月は経っているんです。こいつ、常識は少し
 ずれてるけど本当に純粋で可愛い奴なんですよ」

「これが雨谷の言っていたブラコンというやつなのでしょうか・・・?興味深い」

 俺の返答に対し利斧が放った言葉に、これがブラコンなのかあ・・・なんて
 他人事の様に思う。
 糸繰の息が耳にかかり何か言おうとしたのだろうかと彼を見たが、俺の肩に顔を
 埋め抱き着く力が少し強くなっただけでよく分からなかった。
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