神と従者

彩茸

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第二部

昔話

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―――利斧と二人きりになった部屋は、沈黙に包まれていた。利斧はただ俺をじっと
見て何も言わない。俺も何か話せる訳でもなく、無言で利斧から目を逸らす。

「・・・貴方、自分の変化を自覚していますか?」

 ふと、利斧が言う。

「傷の治りが異常に早くなったり、筋力がかなり上がったりとかは自覚してます
 けど・・・」

 そう答えると、利斧はそこじゃないですと首を横に振る。

「先日貴方が出掛けているときに御鈴と会いまして、神事でのことを聞かされ
 ました。・・・貴方、思考が妖に寄っているそうですね」

「へ?」

 思わず変な声が出る。流石にそんな自覚はなかった・・・いや、そういえば令にも
 何か言われたな。

「まあ、私には関係のないことですが。御鈴があなたのことを心配していましてね、
 主とはちゃんと話し合っておいた方が良いですよ」

「はあ・・・」

 普段から色々話している気もするが。そう思っていると、利斧はああそうだと
 何かを思い出したように言った。

「一つ、蒼汰に面白い話をしましょう。私が知る中で一番愚かな神・・・刀谷と、
 その従者の話です」

 暇でしょう?と利斧は小さく笑う。
 まあ、暇っちゃ暇かと思いながら頷くと、利斧は話し始めた。

「刀谷は、幼い頃から雪華と主従関係を結んでいたそうです。それこそ、今の御鈴と
 同じくらい・・・いや、もう少し幼かったですかね。それで雪華とは、契約の他に
 を交わしていたそうです。本来は、強い者が弱い者に対して約束という名の
 命令をするものなんですが・・・刀谷の場合は少し変でして。本来命令する立場で
 ある刀谷の方から、雪華に《自分が生きている限り守るから》と約束したそうなん
 ですよ。雪華も《ずっと傍にいる》と自分から約束したそうですが・・・まあ、
 従者としては普通の約束なんでしょうね」

 面白いのはここからでしてと利斧は言葉を続ける。

「刀谷はその約束を守りたいがために、《どっちつかず》のまま生き続けようと
 したんです。神に昇華すれば妖力を失い、自分のやりたい事を続けられなくなる。
 しかし妖に堕ちてしまえば《武神》としての力を殆ど失い、従者を守れなくなる
 かもしれない。そんな葛藤を抱えたまま、私の誘いを断り続けた」

「あれ、刀谷って雨谷のことでしたよね?妖に堕ちたって言ってませんでしたっけ」

 俺がそう言うと、利斧は頷く。そして、クスクスと笑いながら言った。

「そうなんです。結局、人間の信者が飢餓で全滅して選ぶ羽目になったんですよ。
 噂では、強制的に選ばなければいけなくなると、死ぬよりも苦しいらしいですよ?
 刀谷は聞いても教えてくれませんでしたが、雪華曰く堕ちた後も暫くは心身共に
 相当苦しそうだったとか。・・・本当に愚かですよね、最終的には従者よりも
 自分を優先してしまったんですから。あんなに従者のことが大好きだったのに、
 結局は自分のやりたい事を優先させた。神を選んで消えるのは嫌だったなどと
 言っていましたが、妖の生命力は彼も知っていたはずです」

 現に、刀谷の元信者は数人とはいえ生きているようですし。そう言った利斧は、
 とても面白そうで。

「・・・面白いんですか、それ」

 呆れながら言うと、利斧は面白くないですか?と首を傾げた。

「まあ、貴方を見ていてふと思い出しただけですから忘れて頂いても構いません。
 貴方達がどのような結末を迎えるのか、私はとても興味深く面白・・・楽しみ
 ですよ」

 そう言って茶化すように笑った利斧だが、その目は真っ直ぐと俺を見ていた。



―――少しして、楓華が優花さんと一緒に部屋に入ってくる。
優花さんに差し出されたおむすびを食べていると、ふと御鈴の気配を感じた。

「御鈴・・・」

 扉を見ながら呟くと、その扉が勢いよく開かれる。

「蒼汰!!」

 部屋へ駆け込んできた御鈴は涙目で俺に飛び付く。おむすびを落とさないように
 気を付けながら抱きとめると、楓華が言った。

「御鈴ちゃん、呼んでおいた。事情は説明したから」

「あ、うん、ありがとう」

 俺がそう言うと、どういたしましてと楓華は優しく笑う。

「おかわりもあるから、好きなだけ食べてね」

 優花さんがニコニコと笑いながら言う。ありがとうございますと言いつつ御鈴の
 頭を撫でると、御鈴は俺の胸に顔を埋めて言った。

「蒼汰が糸繰に襲われたと聞いて、妾のために戦ってくれたのだと知って・・・
 怖かった」

「え?」

「妾には、蒼汰が自らの命を後回しにしているようにしか思えぬのじゃ。命令のない
 状態でお主が命を張る必要はない。だから・・・頼む、蒼汰は無理をするな」

 そう言った御鈴の声は今にも泣き出しそうで。ごめんと呟くと、優花さんが
 言った。

「蒼汰くん、人間も妖も神様も命は有限なの。死んじゃったら遺された人達は悲しむ
 し、それで人生が変わってしまうこともある。それは覚えておいて」

 優花さんの言葉から何故か説得力を感じ、何かあったんですか?と思わず聞いて
 しまう。優花さんは少し悲しそうな顔をすると、口を開いた。

「私は何もないんだけどね。ただ・・・晴樹くんとお兄さんがそうだったから。
 ・・・あの二人、中学生のときにご両親が妖に殺されてから色々あってね。
 あの事件がなければ祓い屋になっていなかったかもって、晴樹くんは言ってた。
 あんな命懸けの職業に就かなくても、幸せな日々を送れていたかもしれないの」

 今は引退してるけど、私も祓い屋だったんだよと優花さんは笑う。
 すると、楓華が言った。

「・・・さっき、私が怒鳴っちゃった話なんだけど。私と圭梧、祓い屋になりたい
 って養成学校に通っていたの。だけど、そこでできた友達が実習中に目の前で死ん
 じゃって・・・。それがトラウマになって、圭梧は誰かと一緒だと戦えなくなっ
 ちゃってさ。・・・まあ、そんな感じで遺された人って色々あるんだよ」

 楓華の言葉に、あの圭梧が・・・?なんて驚く。
 その時、ただいまー!という圭梧の元気な声と共に、扉が開かれた。

「あれ、蒼汰?いらっしゃい」

 キョトンとした顔の圭梧が俺を見る。俺は何だか気まずくて、圭梧から目を逸ら
 した。
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