神と従者

彩茸

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第一部

変質

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―――それから時は経ち、季節は冬に差し掛かろうとしていた。
御鈴を狙って襲い掛かってきた妖を倒したその日の夜、不思議な夢を見た。
・・・本で読んだ妖達が群れを成す中心で、妖達に崇められている神。
あれは御鈴だ。俺は吸い込まれるようにして群れの中へ入っていく。
御鈴は俺に気が付くと、嬉しそうに手を差し伸べてくる。その手を掴み、一歩踏み
出すと・・・自分の体が崩れ始めた。
御鈴の慌てたような声が聞こえる。体が崩れていくのに、何故だか恐怖を感じない。
御鈴を掴んだ手が崩れ始めた時、御鈴は周りには聞こえない声で今にも泣き出し
そうに呟いた。
『我が従者に、祝福を』
自分の体は完全に崩れ去り、そこで世界は暗転した。

「っ・・・はあっ・・・」

 目を覚まし、慌てて自分の手を見る。崩れてない、良かった夢だ。
 バクバクと鳴る心音が耳に響く。夢だと分かっているのに、何故か猛烈な不安に
 駆られる。御鈴の傍へ行きたいなんて思いが沸き上がり、気付けばドアノブに
 手を掛けていた。
 静かにドアを開け、廊下へ。きっと寝ているだろうから起こさないようにと、
 そっと隣の部屋のドアを開ける。
 ぐっすりと眠っているであろう御鈴のベッドへ近付き、もたれ掛かるようにして
 床に座る。・・・ああ何故だろう、凄く安心する。

「うにゃ・・・?」

 令が目を覚まし、眠そうな顔で俺を見る。

「ごめん、起こしたな」

 俺が小声で言うと、令は俺の顔をじっと見て同じく小声で言った。

「蒼汰、大丈夫か?凄く顔色悪いぞ?」

 寝起きなのによくこの暗い中で俺の顔が見えたなと思っていると、ふと思い出す。
 そういや猫は暗闇に強いんだっけか。

「顔色・・・悪いのか、俺」

「にゃんか具合悪そうに見えるな」

 俺の言葉に令はそう言うと、御鈴の頬を前足でつつく。

「おい、起こすなって」

 俺がそう言うと同時に、御鈴が目を開けた。御鈴は俺に気付くと、むくりと体を
 起こして俺を見る。
 眠そうに目を擦っていた御鈴は、突然ハッとした顔で言った。

「蒼汰、お主まだか?!」

「え?」

 俺が首を傾げると、御鈴はベッドから降りて俺の胸に顔を埋めるようにして抱き
 着いてくる。
 戸惑っていると、御鈴は抱きしめる腕に力を込めた。

「ちょっ、痛いって!」

 成人男性を超えてマッチョに抱き着かれているような感覚に、思わず声を上げる。
 それでも力を緩めない御鈴に、どうやって離れさせようかと考え始める。
 ・・・その時、気付いた。御鈴の体が、小さく震えている。

「御鈴・・・?」

 声を掛けると、御鈴はそのままの体勢で少しだけ腕の力を弱めて言った。

「・・・あのな、蒼汰。妾はお主に伝えねばならぬ事がある、聞いてくれるか?」

「え?あ、ああ・・・」

「以前、神の力を与えすぎると人間を辞めることになると伝えたじゃろ?人間の体が
 神の力に耐えられなくなれば、良くて人間ではないナニカへの変貌、悪くて死が
 待っておる・・・と。その、事についてなんじゃが・・・」

 御鈴は躊躇いがちに言葉を続ける。

「結論から、言うとな?蒼汰は。妾が与えた力の量が
 許容限界だったのか、はたまた別の要因か・・・。お主の体が、力に耐えられる
 ようし始めているんじゃ」

 主である妾には分かる。そう言った御鈴は、泣きそうな顔で俺を見る。

「本当にすまぬ!妾がもっとちゃんとしていれば、蒼汰を、蒼汰を・・・!!」

 人間のままでいさせてあげられたのに。目に涙を浮かべそう言った御鈴の頭を俺は
 そっと撫でる。
 なるほどあの夢はそういうことだったのかと、何故か納得していた。

「試しに聞いてみるんだが、御鈴が俺に分け与えた力を回収するってことはできる
 のか?」

「・・・無理じゃ。妾が、神が従者に与える力というのは、例えるならば。力を
 液体だとすると、液体を勝手に満たしていく器を与えているようなものなんじゃ。
 液体は器から零れることはなく、使えば減る。しかし、減れば器が時間と共に
 液体を生成し満たしていく。そういうイメージを浮かべてもらえれば良い」

 俺の問いに御鈴がそう答えると、しっかりと目が覚めた様子の令が言った。

「器を小さくするってのはできないのか?影響が少なくなれば蒼汰の体も元に
 戻ったり・・・」

 御鈴は首を横に振る。

「与えたものは、契約がなくならぬ限り従者のものじゃ。それに、変質とは不可逆的
 なもの。もし今契約がなくなったとしても、蒼汰の体は少し変質した状態のまま
 じゃろうな」

「契約がなくなるってのは、破棄・・・って事か?」

 そう聞くと、御鈴はボソリと言った。

「・・・破棄の仕方など知らぬ。妾が言っておる契約がなくなるというのは、妾が
 消滅する・・・つまり死ぬということじゃ」

「それは駄目だ!」

 思わず大きな声で言う。御鈴は驚いた顔をして俺を見ると、自身の涙を拭いながら
 言った。 

「わ、妾は消えようとは思っておらんぞ?」

「え、あ、そうだよな。ごめん・・・」

 そう言って目を逸らす。どうも精神的に弱っているようで、言葉にできない不安が
 さっきから拭えない。
 沈黙が流れる。静かな部屋は、不安を大きくさせてしまうのだろうか。
 俺は一方的に抱き着いていた御鈴の背に腕を回し、そっと抱きしめる。
 いつもみたいに御鈴を安心させたいとかじゃない、今は自分が安心したかった。

「蒼汰、どうした?震えておるぞ?」

 御鈴が心配そうに言う。

「・・・ごめん。凄く、不安になって」

 俺の言葉に、御鈴は俺の背中をポンポンと優しく叩く。

「そうよな、人間を辞めてしまう道を歩んでしまったのだから、怖いじゃろう。
 だが安心しろ、よく考えてみたら人間の寿命は短いからの。完全に変質して
 しまう前にきっと寿命が来る。柏木を出して戦う程度なら、きっと大丈夫じゃ」

 これは勘になってしまうがの。そう言った御鈴に、早く言えよと思う。
 ・・・だけど、何故だろう。今感じている不安は、俺の体が人間を辞め始めている
 ことに対するものとは違う気がする。むしろ夢の中での俺のように、変わることに
 対して何故か恐怖を感じていない。
 気付けば、抱きしめる腕に力を込めていた。令は何かを察したのか、部屋から出て
 行く。困惑し始めた御鈴に向かって、気付けば口を開いていた。

「俺は、御鈴と・・・主と、一緒にいたい。離れるのが、怖くて、不安で。目が
 覚めてからずっとそうなんだ。御鈴の傍にいたいって、思って。近くで御鈴を
 感じていると、何だか安心するんだ」

 自分でもかなり気持ち悪い事を言っているなと思いながら、口から言葉を溢れ
 させる。

「別に今は人間だろうがそうじゃなかろうが関係ない、気がしてて。ちょっと前
 まではそうじゃなかったのに、人間辞めるなんて嫌だとか思ってたのに・・・。
 今はそれ以上に、俺が死んで御鈴を守れなくなることへの・・・傍にいられなく
 なることへの不安が、凄くて」

 勝手に出てくる言葉に、これが不安の正体かなんて自分でも驚く。
 御鈴を守りたい、それは前から思っていた。でも今は、それだけじゃなく・・・
 ずっと御鈴の傍にいたいと、そう思っている。今までこんなこと微塵も思って
 いなかった・・・いや、気付かなかっただけなのか?
 目の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じていると、御鈴が言った。

「泣くな、妾まで悲しくなってくるじゃろうが。・・・おそらく体の変質に伴って、
 心が疲れてしまっておるのじゃろう。大丈夫じゃ、お主の寿命が尽きる頃には、
 妾は既に大人になっておる。力も強くなり、襲われることもなくなるじゃろう。
 だから、な?」

 御鈴に優しく頭を撫でられる。大丈夫、大丈夫とまるで小さい子をあやすように
 撫でてくる御鈴に、恥ずかしさよりも安心感が勝った。

「御鈴、その・・・傍に、いさせてくれないか?」

 このまま、不安が落ち着くまで。頬を流れ落ちる温かいものを感じながら、震える
 声で言う。

「良いぞ。むしろ、妾からお願いしたいくらいじゃ!」

 御鈴が笑顔で言う。ありがとうと呟いて、御鈴の小さな肩に顔を埋めた。
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