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第4章 フィオンティアーナ編
EX30 皇帝と博士の話
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ヴォルフォニア帝国の首都。
皇帝が座す宮殿の一角にある一室。
「入るぞ」
重々しい声が響き、豪奢な衣装を身にまとった男が入ってきた。
その部屋の住人である女は彼を見て頭を下げる。
「これはこれは。皇帝陛下が御自らお越しになられるとは」
「ふん。貴様がいくら呼んでも来ぬからであろうが」
陛下と呼ばれた男は小さく鼻を鳴らす。
そう、彼こそはこの帝国を統べる第十五代皇帝。
フィルシオール十七世であった。
普段は玉座の上から周囲に威圧感を発している。
そして列席した家臣を震え上がらせるような鋭い眼光を放っている。
今は、そのどちらも幾分和らいでいた。
「で、どうなのだ計画の進行は。ライレンシア博士」
「そりゃ急ピッチで進めてますよ。陛下の勅命であらせられますからね」
最高権力者に対するとは思えない皮肉めいた口調でそう告げる博士。
女性のエルフだ。
もしこの場にクラクラがいたら、鏡があるのかと勘違いしたかもしれない。
博士は部屋の中央にあるテーブルに足を運ぶ。
そこに置かれた魔道具を持ち上げた。
「魔力操作装置……これの本格稼働は五年後という話じゃなかったでしたっけね? 私も一応そのつもりでいろいろ準備を進めていたんですけど」
「事情が変わった、という話は二年前に伝えたはずだ」
「ええ、ええ、もちろんですとも。ですからここ二年私は城から一歩も出ずに装置の完成を急いだというわけです。せっかく天空島ダンジョンに設置した観測装置の回収にも行けずにね」
「代わりの者を派遣させると言ったのに断ったのは貴様ではないか」
「そりゃ、あれを外せるのは私だけですからね」
博士は小さくため息をついた。
「資金を提供してもらってこんなことを言うのもあれですが、ロイカステー家の方々は物事を急ぎすぎるのが家風なんですか? 陛下も、陛下のお父上も、お祖父様も」
「……仕方がなかろう。今帝国は、否、この大陸が動乱の時代を迎えておる。その中で覇を唱えるには、ただ泰然と構えているわけにはいかぬ」
口調こそ皇帝らしい。
が、彼の表情には姉に叱られる弟のような決まりの悪さがあった。
「私に言わせれば動乱じゃない時代なんて存在しないですけどね。ま、かまいませんよ。それで実験用のエルフはいつ届くんです?」
「今ガイアンがフリエルノーラ国に遠征している。戻ってくるのは二月後くらいとなるであろう」
「そうですか。ではそれまでの間に最終調整を済ませておきます」
「……頼んだぞ」
返事もそこそこに、博士はすぐに作業に戻った。
皇帝は部屋を出る。
祖父が皇帝であったころからこの宮殿に住んでいるライレンシア博士。
しかし実際にはそれよりはるかに昔から皇帝に仕えていたという。
軍事国家として拡張を続けてきたヴォルフォニア帝国。
その軍事兵器のほとんどは彼女の手による発明なのだ。
彼女がいなければ帝国は大陸での現在の地位を保ち続けることはできない。
それになにより彼自身が彼女の存在を必要としていた。
強大な権力を持つ自分に、唯一遠慮のない言葉をかけてくる彼女を。
「ふぅ……」
息を吐くと、彼は意識を切り替えて玉座の間へと戻るのだった。
皇帝が座す宮殿の一角にある一室。
「入るぞ」
重々しい声が響き、豪奢な衣装を身にまとった男が入ってきた。
その部屋の住人である女は彼を見て頭を下げる。
「これはこれは。皇帝陛下が御自らお越しになられるとは」
「ふん。貴様がいくら呼んでも来ぬからであろうが」
陛下と呼ばれた男は小さく鼻を鳴らす。
そう、彼こそはこの帝国を統べる第十五代皇帝。
フィルシオール十七世であった。
普段は玉座の上から周囲に威圧感を発している。
そして列席した家臣を震え上がらせるような鋭い眼光を放っている。
今は、そのどちらも幾分和らいでいた。
「で、どうなのだ計画の進行は。ライレンシア博士」
「そりゃ急ピッチで進めてますよ。陛下の勅命であらせられますからね」
最高権力者に対するとは思えない皮肉めいた口調でそう告げる博士。
女性のエルフだ。
もしこの場にクラクラがいたら、鏡があるのかと勘違いしたかもしれない。
博士は部屋の中央にあるテーブルに足を運ぶ。
そこに置かれた魔道具を持ち上げた。
「魔力操作装置……これの本格稼働は五年後という話じゃなかったでしたっけね? 私も一応そのつもりでいろいろ準備を進めていたんですけど」
「事情が変わった、という話は二年前に伝えたはずだ」
「ええ、ええ、もちろんですとも。ですからここ二年私は城から一歩も出ずに装置の完成を急いだというわけです。せっかく天空島ダンジョンに設置した観測装置の回収にも行けずにね」
「代わりの者を派遣させると言ったのに断ったのは貴様ではないか」
「そりゃ、あれを外せるのは私だけですからね」
博士は小さくため息をついた。
「資金を提供してもらってこんなことを言うのもあれですが、ロイカステー家の方々は物事を急ぎすぎるのが家風なんですか? 陛下も、陛下のお父上も、お祖父様も」
「……仕方がなかろう。今帝国は、否、この大陸が動乱の時代を迎えておる。その中で覇を唱えるには、ただ泰然と構えているわけにはいかぬ」
口調こそ皇帝らしい。
が、彼の表情には姉に叱られる弟のような決まりの悪さがあった。
「私に言わせれば動乱じゃない時代なんて存在しないですけどね。ま、かまいませんよ。それで実験用のエルフはいつ届くんです?」
「今ガイアンがフリエルノーラ国に遠征している。戻ってくるのは二月後くらいとなるであろう」
「そうですか。ではそれまでの間に最終調整を済ませておきます」
「……頼んだぞ」
返事もそこそこに、博士はすぐに作業に戻った。
皇帝は部屋を出る。
祖父が皇帝であったころからこの宮殿に住んでいるライレンシア博士。
しかし実際にはそれよりはるかに昔から皇帝に仕えていたという。
軍事国家として拡張を続けてきたヴォルフォニア帝国。
その軍事兵器のほとんどは彼女の手による発明なのだ。
彼女がいなければ帝国は大陸での現在の地位を保ち続けることはできない。
それになにより彼自身が彼女の存在を必要としていた。
強大な権力を持つ自分に、唯一遠慮のない言葉をかけてくる彼女を。
「ふぅ……」
息を吐くと、彼は意識を切り替えて玉座の間へと戻るのだった。
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