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第1章 大洞窟ダンジョン編

EX3 商人と自警団長の話

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「ここですか、しゃべるリビングアーマーが出たという館は」

 エドは相変わらず笑みを浮かべて言う。
 エド・チェインハルト。
 チェインハルト商会の会長を務める男だ。

 自警団長のラッカムが、彼の言葉に答えた。

「ええ。あまり近寄らないでくださいよ。なにかあっても責任は取れません」

 エドは肩をすくめる。

「大丈夫ですよ。自分の身くらいは自分で守れます」
「……どうだか」
「おっと、聞こえてますよ」
「聞こえるように言ったんだよ」

 ラッカムは左目でエドを睨みつける。
 右目は眼帯で覆われていた。

「異変があった場所を視察したいってのはわかるよ。あんたにとっては金になる」

 エドの運営するチェインハルト商会は、冒険者ギルドとつながりが強い。
 多くの冒険者が利用するアイテムのほとんどは商会の商品だ。
 ダンジョンやモンスターの情報提供も、商会が担っている。

「けど」
 ラッカムは眉をひそめた。
「護衛も連れず、俺と二人で来たいってのがわからない」
「仕方ないでしょう? バルザックさんは出陣の準備でお忙しいですし」

 バルザックはここら一帯の領主だ。
 いま、脱走した人犬族を捕まえるため、兵を準備している。

 その、バルザック言うところの『犬狩り』にはエドもついていく予定だ。
 ラッカムも自警団の何人かを連れて参加させられる。

 自警団の方の手配は、部下のオードにさせているが――。

(胸くそ悪い仕事だ)

 ラッカムは内心唾を吐く。

 本来、逃亡者の捕獲など自警団の仕事ではない。
 だが、自警団の運営には、領主の資金提供が必要だ。
 自警団がなければ、街の安全は保てない。
 それくらいに、いまは世情が不安定だった。

「あの館」

 エドが話しかけてくる。

「あの館について、あなたはどのくらいご存知ですか?」

「……世界中のダンジョンの入り口に建ってる謎の館だろ。大昔からあって、朽ちはするのに、完全に壊れることはない。壊すこともできない。作った人間に関しては、いろんな噂が飛び交って、なにが本当かわかりゃしない」

「そうですね……」

 エドは、かすかに笑い声をあげた。

「けど、最近、その製作者の正体が分かりつつあるんですよ」
「なんだって?」
「原初の魔法使いヘルメスです」

「……はっ」

 ラッカムはバカにするように息を吐いた。

「そりゃ、たくさんある噂の中のひとつじゃねえか。よく聞く話だ」
「ええ。でもね――おや?」

 エドはなにかを言いかけて、やめた。
 ラッカムが不審に思い、彼の視線をたどると、

「……おいおい、マジかよ」
「館からモンスターが溢れてくるとは、珍しいですね」

 館の扉を食い破って、大量の大ネズミ――バッドラットが現れた。

「ちっ……あんたはさっさと逃げな」

 ラッカムは剣を抜きながら言う。
 あの数――やっかいだが、対処できなくはない。

 が――エドは逃げるどころか、逆に前に出た。

「お、おい!」
「ご安心を。先ほど言ったでしょう? 自分の身くらいは自分で守れると」


「ファイア!」


 巨大な火の玉が生まれた。
 鍛冶屋の炉のような灼熱が、館から出ようとしていたバッドラットを包み込む。

 大ネズミたちは、鳴き声を上げる間もなく消し炭に変わる。

「――もう出てこないようですね」

 エドは平然とした顔で言う。
 ラッカムは息をのんだ。

「あんた――魔法使いか」
「ええ。手慰みですがね」
「そんなレベルじゃねえよ……あんた、冒険者にでもなればいいのに」
「はは。ダメなんですよ。私が目指すものは、冒険者では手に入れられない」
「?」

 エドの目に、一瞬だけ真剣な光が宿った。
 ラッカムにはそう見えた気がした。

「ところで」

 エドが言ってくる。

「ひとつご相談なんですがね」
「あ? なんだ」
「手を組みませんか? あなたも乗り気ではないのでしょう? 『犬狩り』には」
「どういうことだ……」
「なに、そのままの意味ですよ」

 エドは、笑みを浮かべて告げた。

「人犬族を、あの領主の下から解放しませんか」
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