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22 シャーロットの頑張り

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 シャーロットはその日、部屋で刺繍をしていた。

婚約者に贈った後、兄に渡すためのものだ。

その次には父にも渡さなければならない。

兄に約束をしたことが父にも伝わり、

「シャーロットぉお、父には?父にはくれないのか?」

と泣かれたからだ。



「お母様が刺してくださったのを沢山持っていらっしゃるのに」

そう言ったシャーロットに、専属侍女のサラがふふっ、と笑いをこらえながら答える。

「旦那様はお嬢様の刺した刺繍が欲しいのですよ。

なんでも男親は娘に対しては特別に思うそうですから」

「そんなものなのかしら?」

「はい、コック長が、娘は彼氏にばかり手作りの菓子を渡すんだが、俺の分は

作ってくれないって愚痴っておりましたから」

「まあ、ふふ、そういうものなのね」

そう言ってまた続きを始めようとしたとき、なんだか廊下が騒がしくなった。



「何かしら?」

「私が見てまいります、お嬢様はお部屋から出られませんように」

入り口にいた護衛の侍女がそう言った時、バーンと部屋の扉が開かれた。



「シャーロットおねえさま、ひどいですわ!どうしてあたしが公爵家に遊びに来てはいけないのですか?」

ベッティだ。

「どこから入ってきた?」

護衛侍女がベッティをけん制するように問いかけると、

「たかが使用人にそんな事言う必要はないでしょ!引っ込んでてよ。

あたしはおねえさまに会いに来たんだから」

そう言ってシャーロットに近寄ろうとする。

サラがシャーロットをかばうように前に出る。

護衛侍女もベッティの腕をつかみ、動きを封じている。



「ちょっと、放しなさい、あたしを誰だと思っているの?

シャーロットおねえさま、この人ひどいです、放すように言ってください」

ベッティが大声で騒ぐ。



シャーロットはちらりとベッティを見ると、護衛侍女に命じた。

「ルリ、そのまま連れて行ってちょうだい。セバスティアンにもこのことをすぐに報告して」

「かしこまりました」

「ひどい!おねえさま、なんでそんなひどい事を言うの?」

連れ出されそうになり、ベッティは大声で叫び、暴れている。



「あなた、何故私をおねえさまと呼ぶの?」

「え?だって、従妹だし、おねえさまの方が少し早く産まれたから・・・」

シャーロットは冷めた目でベッティを見つめた。

「貴女は私の従妹ではないわ」

「そんな!ひどい!!」

「何がひどいのかしら?」

シャーロットが首をかしげながら問いかける。



「だって、あたしのお母様は子爵家の後妻になったのよ、だからあたしは子爵令嬢でしょ?

義父様は公爵様の弟だし、あたしたちは従妹になるじゃない」

ベッティの主張にシャーロットはふーっとため息をついた。



「確かに、叔父様はお父様の弟よ。ライナスは従弟だわ。

でも、あなたは違う、あなたはメルダ叔母様の連れ子で、叔父様は貴女を養子に入れていない。

そういわれていない?」

「そんなことないわ、だって一緒に住んでいるし・・・」

「一緒に住んでいようが、養子ではないあなたは公爵家とは何も関係ないの」

「そんな、ひどい、どうしてそんなひどいこと言うの?」



理解しようとしないベッティに、シャーロットは低い声で告げた。

「いい加減にして、私は公爵令嬢よ、これ以上無礼を働くなら、騎士団に引き渡すわ」

「そんな、おねえさま「おねえさまと呼ぶなって、何回言ったら理解できるの?」」

「だって、「もういいわ、騎士団に引き渡すように連れて行って」」

シャーロットの言葉にベッティは焦り始めた。



今までのシャーロットとは違う。

これまでは何度来ても、弱弱しく微笑み、「やめてちょうだい」というのが精いっぱい。

部屋を物色して物をねだれば、侍女たちが止めても悲しそうに俯くだけだったのに・・・。

涙を流して見せても、一向に同情されない。

冷たい目でじっと見つめるだけだ。

その態度にベッティは、シャーロットは自分の事を仲良くしようとは思ってもいないのだ、と思い知らされた。

そのまま、ベッティは外に連れ出され、同じくエマーリアの所へ行っていたメルダとともに、騎士団へと引き渡された。

騎士団と言っても、ロバートのところに連れていかれたのだった。





ベッティが連れていかれた後、シャーロットは、ふうっと息を吐いて、そのままソファに倒れこんだ。

「お嬢様、頑張りましたね」

「ええ、サラ、私、頑張ったわ」

「とても立派な公爵令嬢の態度でしたよ」

「ああ、でも疲れたわ」

「ふふ、おいしいお茶を準備いたしますね」

「ええ、できれば「わかっております、フィルに何かおいしいデザートを準備してもらいますね」」

サラはそう言って厨房に向かった。



フリッツが夢の話をした後、エマーリアはシャーロットを連れて、お茶会やサロン、観劇などに参加した。

そこでシャーロットは、高位貴族の令嬢として、自分はあまりにも気弱だったと思い知らされたのだ。

もちろん、直接何かされたわけではないのだが、貴族の夫人たちは凛としており、自分の矜持を汚されることには毅然とした態度をとっていた。

また、自分は公爵令嬢としてどう見られているか、をいろいろな視点から考えることができた。

母、エマーリアが自分の友人たちに、シャーロットに令嬢としての矜持を持たせたいこと、もっと自信を持たせたいことをしっかりと根回ししていたこともあり、シャーロットは大きく成長できたのだ。



ベッティが部屋に急襲してきたとき、シャーロットは公爵令嬢として背筋を伸ばして対応したのだ。

しかし、本来は心優しい穏やかなシャーロットが、かなり頑張っていたのを使用人たちはわかっていて、心の中で応援をしていた。



無事にベッティを撃退したことを知り、フリッツやゼルマンはシャーロットの頑張りをほめてくれた。
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