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【捌】
【捌ノ弍】
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「ゆうくん。愛しいきみ」
秋の夕暮れ空の下。あのお屋敷のかんおけの前。照明のつかない部屋は暗い。そんな暗くてかび臭い部屋で、ゆうはベルと窓に背を向けてひざを抱いて座っている。ぼろぼろの赤い服のぬいぐるみを、その手に持って。
「どうして、私の忠告を無視して逃げようとしなかったんだい? 痩せても枯れても私は新月のモノをきみより長くやってきた。……何年だと思う?」
ゆうはぬいぐるみをむにむにといじって、答えない。
「何年、生きてきたと思う?」
百年くらい? 旋毛を曲げていた。何年だってよかった。
「七百八年と十ヶ月だよ」
「……すごく、長生きだったんだね」
「その大半が、逃げ回る人生だった。ヒトの迫害から逃げる人生。おおかみから逃げる人生。十六年前からは、満月のオリジンからにげる人生。直近十一年は、封印されていたけどね」
ぎゅっ。ぬいぐるみをにぎる。いたいよう。そう言っているように見えた。
「……なにが、言いたいの?」
「愛しいきみ。きみより、恐怖をよく知っている」
「僕だって、僕だって二回オリジンと遭遇して、二回生きて帰ってる。今回、オリジンの正体も見破った。……いいじゃないか」
「一度目は仏壇に頭を突っ込んで失神。二度目は木の枝で剣山にされてお父さんに助けられた。運が良かっただけだ」
ゆうは背を向けたまま立ち上がって、怒鳴った。
「だからなんだってんだよ! 僕は男の子だ! 女の子のベルとは違う! 男の子は勇敢に戦って、好きな女の子を守って死ぬんだ!」
「きみは女の子だ」
そう言われる度、ゆうの中で何かが爆発しそうになる。
「違う、違う! 僕は、男だ! 男は命だって惜しくないんだ!」
「女の子だ」
ゆうはベルの方を向いて、涙をまきちらして喚いた。
「ベルまで、ベルまでなんだよ! 僕は男だって、信じてくれないの!」
「女の子なんだよ。小学五年生の」
「好きで生まれたんじゃない! 好きで女になったんじゃない! ベルがそう産んだんじゃないかっ! 全部ベルのせいだっ!」
言って、しまった。自分の産みの親に対して。いちばんぶつけてはいけない怒りを。
「……そうだね。私が産んだ。愛しい愛しいきみを、確かに産んだ。石炭を積んだ貨車の上で」
「どうして僕を男に産んでくれなかったの? どうして僕は女の子なのっ」
「……そうだね。妊娠期間中にストレスを感じすぎたのかもしれないし、私の身体の小ささからくる未発達のせいかもしれない。私のせいだね。愛しいきみ。本当にごめんよ」
そう言って、ゆうを優しく抱いて美しい金髪を撫でた。
「そして、問題なのは体の事だよ、愛しいきみ。新月のモノにもヒトと同じく性差はある。……私よりアレクの方が肉体の力は強かった」
「そんなの、勇気と努力で埋められるっ!」
「そのアレクも、再生能力が追いつかなくなるほどの身体に大穴を空け、オリジンの爪牙に掛かった」
「そう……だったの」
ゆうの怒りは少し治まり、下を向く。
「アレクの肉体の力だけ見れば、始祖の私より確実に上だった。それでも死んでしまう。……私だって愛しい愛しいきみに、寄り添いたい。……だが現実は違う。生きるか、死ぬかだ」
「そんなの……」
「もう一度言うけれど、きみが死んだら、身体を共有している私も、オリジンに連れ去られたきみのお母さんと赤ちゃんも助けられないぞ。私の忠告を、どうか聞いて欲しい。……愛しいきみより、少しだけ事情に通じている」
「……僕は……僕は……」
ベルの腕の中で、泣いた。大粒の涙をこぼしながら。
「守りたかったんだ。ベルのことも、お母さんのことも。……クラスの、みんなのことも……守りたかったんだ……」
ベルは、言葉をうまく出せない。目から悔しさと歯がゆさをこぼす、「息子」を前にして。
うわああん、うわああん。ゆうは、止めることなく泣き続けた。
秋の夕暮れ空の下。あのお屋敷のかんおけの前。照明のつかない部屋は暗い。そんな暗くてかび臭い部屋で、ゆうはベルと窓に背を向けてひざを抱いて座っている。ぼろぼろの赤い服のぬいぐるみを、その手に持って。
「どうして、私の忠告を無視して逃げようとしなかったんだい? 痩せても枯れても私は新月のモノをきみより長くやってきた。……何年だと思う?」
ゆうはぬいぐるみをむにむにといじって、答えない。
「何年、生きてきたと思う?」
百年くらい? 旋毛を曲げていた。何年だってよかった。
「七百八年と十ヶ月だよ」
「……すごく、長生きだったんだね」
「その大半が、逃げ回る人生だった。ヒトの迫害から逃げる人生。おおかみから逃げる人生。十六年前からは、満月のオリジンからにげる人生。直近十一年は、封印されていたけどね」
ぎゅっ。ぬいぐるみをにぎる。いたいよう。そう言っているように見えた。
「……なにが、言いたいの?」
「愛しいきみ。きみより、恐怖をよく知っている」
「僕だって、僕だって二回オリジンと遭遇して、二回生きて帰ってる。今回、オリジンの正体も見破った。……いいじゃないか」
「一度目は仏壇に頭を突っ込んで失神。二度目は木の枝で剣山にされてお父さんに助けられた。運が良かっただけだ」
ゆうは背を向けたまま立ち上がって、怒鳴った。
「だからなんだってんだよ! 僕は男の子だ! 女の子のベルとは違う! 男の子は勇敢に戦って、好きな女の子を守って死ぬんだ!」
「きみは女の子だ」
そう言われる度、ゆうの中で何かが爆発しそうになる。
「違う、違う! 僕は、男だ! 男は命だって惜しくないんだ!」
「女の子だ」
ゆうはベルの方を向いて、涙をまきちらして喚いた。
「ベルまで、ベルまでなんだよ! 僕は男だって、信じてくれないの!」
「女の子なんだよ。小学五年生の」
「好きで生まれたんじゃない! 好きで女になったんじゃない! ベルがそう産んだんじゃないかっ! 全部ベルのせいだっ!」
言って、しまった。自分の産みの親に対して。いちばんぶつけてはいけない怒りを。
「……そうだね。私が産んだ。愛しい愛しいきみを、確かに産んだ。石炭を積んだ貨車の上で」
「どうして僕を男に産んでくれなかったの? どうして僕は女の子なのっ」
「……そうだね。妊娠期間中にストレスを感じすぎたのかもしれないし、私の身体の小ささからくる未発達のせいかもしれない。私のせいだね。愛しいきみ。本当にごめんよ」
そう言って、ゆうを優しく抱いて美しい金髪を撫でた。
「そして、問題なのは体の事だよ、愛しいきみ。新月のモノにもヒトと同じく性差はある。……私よりアレクの方が肉体の力は強かった」
「そんなの、勇気と努力で埋められるっ!」
「そのアレクも、再生能力が追いつかなくなるほどの身体に大穴を空け、オリジンの爪牙に掛かった」
「そう……だったの」
ゆうの怒りは少し治まり、下を向く。
「アレクの肉体の力だけ見れば、始祖の私より確実に上だった。それでも死んでしまう。……私だって愛しい愛しいきみに、寄り添いたい。……だが現実は違う。生きるか、死ぬかだ」
「そんなの……」
「もう一度言うけれど、きみが死んだら、身体を共有している私も、オリジンに連れ去られたきみのお母さんと赤ちゃんも助けられないぞ。私の忠告を、どうか聞いて欲しい。……愛しいきみより、少しだけ事情に通じている」
「……僕は……僕は……」
ベルの腕の中で、泣いた。大粒の涙をこぼしながら。
「守りたかったんだ。ベルのことも、お母さんのことも。……クラスの、みんなのことも……守りたかったんだ……」
ベルは、言葉をうまく出せない。目から悔しさと歯がゆさをこぼす、「息子」を前にして。
うわああん、うわああん。ゆうは、止めることなく泣き続けた。
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