12 / 72
【弐】
【弐ノ肆】
しおりを挟む
「ゆーくん! ゆーくん! どうしよ、ボク、どうしよっ?」
「美玲! おばさん呼んできてっ!」
「沙羅ちゃんはっ?」
「お守り持ってきた! やってみる!」
「わ、わかった!」
「こっちだよ、こっちみて! お、おおかみよ ちいさきおおかみのみたまを ゆるしたまえ……おおかみよ ちいさきおおかみのみたまを ゆるしたまえ! おおかみよ ちいさきおおかみのみたまを ゆるしたまえ……っ! や、やった……行った……ゆうちゃん、ねえ、ゆうちゃん! 目、目開けてよお……ゆうちゃん……」
……
「おばさん連れてきたよ!」
「ぐすっ……みれい……ぐすっ……ゆうちゃんが……」
「ゆうちゃん! ゆうちゃん! ……沙羅ちゃん、かまれたのは? かまれたのはいつっ?」
「ぐすっ……ひっく……」
「沙羅ちゃん! 落ち着いて。教えて。そう。落ち着いて。……そう。いい子ね……いい? かまれたのはいつなの?」
「じゅ、十分くらい……まえ……」
「落ち着いて、落ち着くのよ私……まずい、まずいわ、新月の力が失われちゃう……百十九は……だめね、間に合わない……」
「……」
「あ、もしもし、上町の相原です。宮司の樫田さんを急ぎで……はい、お願いします」
「……」
「……樫田さんですかっ? ……ゆうが、息子がかまれて……あ、いえ、違うんです、息子は……はい、実は新月の力が……はい、その……その通りです……はい、はい……それは……はい、はい……それについては……それについては。あとで、あとでお話します……ですから」
「おばさん、おばさん! ゆーくんが!」
「……ゆうちゃんっ? ゆうちゃんなのっ? ……すいません、今のは……はい、意識を取り戻しました。……どうか、今のはどうか、ご内密に……はい……すいませんでした……はい、それでは……はい……」
「ゆうちゃん、わかる? お母さんだよ、わかる? ゆうちゃん」
……
真っ暗だ。真っ暗な所で、ゆうは座っている。どうしてここに居るのかわからない。
(たしか……沙羅と美玲と帰っていて……そうだ、ベルだ。大好きなベルを見かけたんだ。それで……それで? たしか、おばあちゃんがおおかみになって……そうか、かまれたんだ。じゃあ……僕は……死んだの?)
「死んでないよ」
「ベルっ!」
立ち上がって振り返って叫ぶ。ゆうが心の底から愛するその女の子は、背中を向けてそこに立っていた。でも、ベルは暗やみでも光る金の髪をたなびかせ、ゆうからはなれていってしまう。
「待って! 行かないで!」
ぴたりと足を止めた。
「愛しいきみ。きみは死なないよ。私が守ってあげているからね」
「ねえ、ベル! 僕も、僕も連れて行ってよ!」
すると、背中を向けたまま右手を真っ直ぐ横に伸ばし、指を指した。
「呼んでるよ、きみのこと」
「え?」
「ゆうちゃん、わかる? お母さんだよ、わかる?」
……
相原ゆうは、自分の部屋で飛び起きる。ずきん。右肩がひどく傷んだ。
「いったたた……」
「ゆうちゃん! ……おばさん、おばさん! ゆうちゃんがっ! ……大丈夫? 覚えてる? おおかみにかまれたんだよ」
「……沙羅?」
沙羅がいるのがわかって、慌てて帽子をかぶった。
「ゆうちゃんっ」
ばたばたとお母さんが入ってきた。
おでこに手を当てて、それから服をずらして肩を見た。
「……ふう。まずは、大丈夫そうね。……のど、かわいたでしょ」
はい。
ことん、と、ゆうの部屋の畳の上の小さなテーブルに、トマトジュースを置いた。
「ああ、あのね、お母さん。僕、たぶんそれ飲めな」
「飲めるわ」
「……え?」
「それなら、飲めるの」
お母さんはにっこりした笑顔で、じぃっとゆうだけを見ている少女に、声をかけた。
「はい」
「ちょっとだけ、下行っててくれる? ……おねがい」
「え……はい」
とんとん、と軽やかな足取りが遠ざかる。
「ふう。ほんとに、あなたって子は」
お母さんは、ふうっと、もう一度ため息をついて、枕元に座った。
「あなたも始祖の力を持っていたなんて……やっぱりあの子、かしら。ベルベッチカ」
「知ってるのっ?」
ゆうは出ると思わなかったその名前に、思わず大きな声を出す。
「あの子しかいないわね……はあ。それしかないわよね」
「ベルはっ! ベルはどこっ!」
「……ベルベッチカに会いたい?」
(会いたいか、だって?)
会いたい。会いたいに決まってる。あの青い目の、あの金の髪の。あのほこりまみれの部屋にいた。あのかんおけの前で、赤いぬいぐるみと遊んだ。あの笑顔に……
あの新月の晩の、ベルの柔らかな笑顔が心に残って抜けない。
ぽたたっ……涙が止まらない。
「会いたい……会いたいよ……会いたいんだよ……」
「会えるわ」
「え……?」
「会えるわ、大祇祭の日に。だから行きなさい。明後日」
そうとだけ言うと部屋から出た。
トマトジュースに手を伸ばす。一口、含んだ……すんなり、飲めた。
ふすまを開けて沙羅が入ってきた。
「どうしたの? おばさん、泣いてたけど」
コップのガラスについた雫が、ぽたりと落ちる。吸血鬼が泣いているみたいだった。
「美玲! おばさん呼んできてっ!」
「沙羅ちゃんはっ?」
「お守り持ってきた! やってみる!」
「わ、わかった!」
「こっちだよ、こっちみて! お、おおかみよ ちいさきおおかみのみたまを ゆるしたまえ……おおかみよ ちいさきおおかみのみたまを ゆるしたまえ! おおかみよ ちいさきおおかみのみたまを ゆるしたまえ……っ! や、やった……行った……ゆうちゃん、ねえ、ゆうちゃん! 目、目開けてよお……ゆうちゃん……」
……
「おばさん連れてきたよ!」
「ぐすっ……みれい……ぐすっ……ゆうちゃんが……」
「ゆうちゃん! ゆうちゃん! ……沙羅ちゃん、かまれたのは? かまれたのはいつっ?」
「ぐすっ……ひっく……」
「沙羅ちゃん! 落ち着いて。教えて。そう。落ち着いて。……そう。いい子ね……いい? かまれたのはいつなの?」
「じゅ、十分くらい……まえ……」
「落ち着いて、落ち着くのよ私……まずい、まずいわ、新月の力が失われちゃう……百十九は……だめね、間に合わない……」
「……」
「あ、もしもし、上町の相原です。宮司の樫田さんを急ぎで……はい、お願いします」
「……」
「……樫田さんですかっ? ……ゆうが、息子がかまれて……あ、いえ、違うんです、息子は……はい、実は新月の力が……はい、その……その通りです……はい、はい……それは……はい、はい……それについては……それについては。あとで、あとでお話します……ですから」
「おばさん、おばさん! ゆーくんが!」
「……ゆうちゃんっ? ゆうちゃんなのっ? ……すいません、今のは……はい、意識を取り戻しました。……どうか、今のはどうか、ご内密に……はい……すいませんでした……はい、それでは……はい……」
「ゆうちゃん、わかる? お母さんだよ、わかる? ゆうちゃん」
……
真っ暗だ。真っ暗な所で、ゆうは座っている。どうしてここに居るのかわからない。
(たしか……沙羅と美玲と帰っていて……そうだ、ベルだ。大好きなベルを見かけたんだ。それで……それで? たしか、おばあちゃんがおおかみになって……そうか、かまれたんだ。じゃあ……僕は……死んだの?)
「死んでないよ」
「ベルっ!」
立ち上がって振り返って叫ぶ。ゆうが心の底から愛するその女の子は、背中を向けてそこに立っていた。でも、ベルは暗やみでも光る金の髪をたなびかせ、ゆうからはなれていってしまう。
「待って! 行かないで!」
ぴたりと足を止めた。
「愛しいきみ。きみは死なないよ。私が守ってあげているからね」
「ねえ、ベル! 僕も、僕も連れて行ってよ!」
すると、背中を向けたまま右手を真っ直ぐ横に伸ばし、指を指した。
「呼んでるよ、きみのこと」
「え?」
「ゆうちゃん、わかる? お母さんだよ、わかる?」
……
相原ゆうは、自分の部屋で飛び起きる。ずきん。右肩がひどく傷んだ。
「いったたた……」
「ゆうちゃん! ……おばさん、おばさん! ゆうちゃんがっ! ……大丈夫? 覚えてる? おおかみにかまれたんだよ」
「……沙羅?」
沙羅がいるのがわかって、慌てて帽子をかぶった。
「ゆうちゃんっ」
ばたばたとお母さんが入ってきた。
おでこに手を当てて、それから服をずらして肩を見た。
「……ふう。まずは、大丈夫そうね。……のど、かわいたでしょ」
はい。
ことん、と、ゆうの部屋の畳の上の小さなテーブルに、トマトジュースを置いた。
「ああ、あのね、お母さん。僕、たぶんそれ飲めな」
「飲めるわ」
「……え?」
「それなら、飲めるの」
お母さんはにっこりした笑顔で、じぃっとゆうだけを見ている少女に、声をかけた。
「はい」
「ちょっとだけ、下行っててくれる? ……おねがい」
「え……はい」
とんとん、と軽やかな足取りが遠ざかる。
「ふう。ほんとに、あなたって子は」
お母さんは、ふうっと、もう一度ため息をついて、枕元に座った。
「あなたも始祖の力を持っていたなんて……やっぱりあの子、かしら。ベルベッチカ」
「知ってるのっ?」
ゆうは出ると思わなかったその名前に、思わず大きな声を出す。
「あの子しかいないわね……はあ。それしかないわよね」
「ベルはっ! ベルはどこっ!」
「……ベルベッチカに会いたい?」
(会いたいか、だって?)
会いたい。会いたいに決まってる。あの青い目の、あの金の髪の。あのほこりまみれの部屋にいた。あのかんおけの前で、赤いぬいぐるみと遊んだ。あの笑顔に……
あの新月の晩の、ベルの柔らかな笑顔が心に残って抜けない。
ぽたたっ……涙が止まらない。
「会いたい……会いたいよ……会いたいんだよ……」
「会えるわ」
「え……?」
「会えるわ、大祇祭の日に。だから行きなさい。明後日」
そうとだけ言うと部屋から出た。
トマトジュースに手を伸ばす。一口、含んだ……すんなり、飲めた。
ふすまを開けて沙羅が入ってきた。
「どうしたの? おばさん、泣いてたけど」
コップのガラスについた雫が、ぽたりと落ちる。吸血鬼が泣いているみたいだった。
10
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
【完結済】昼と夜〜闇に生きる住人〜
野花マリオ
ホラー
この世の中の人間は昼と夜に分けられる。
昼は我々のことである。
では、夜とは闇に生きる住人達のことであり、彼らは闇社会に生きるモノではなく、異界に棲むモノとして生きる住人達のことだ。
彼らは善悪関係なく夜の時間帯を基本として活動するので、とある街には24時間眠らない街であり、それを可能としてるのは我々昼の住人と闇に溶けこむ夜の住人と分けられて活動するからだ。そりゃあ彼らにも同じムジナ生きる住人だから、生きるためヒト社会に溶け込むのだから……。
迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②
蒼琉璃
ホラー
――――今度の依頼人は幽霊?
行方不明になった高校教師の有村克明を追って、健と梨子の前に現れたのは美しい女性が描かれた絵画だった。そして15年前に島で起こった残酷な未解決事件。点と線を結ぶ時、新たな恐怖の幕開けとなる。
健と梨子、そして強力な守護霊の楓ばぁちゃんと共に心霊事件に挑む!
※雨宮健の心霊事件簿第二弾!
※毎回、2000〜3000前後の文字数で更新します。
※残酷なシーンが入る場合があります。
※Illustration Suico様(@SuiCo_0)
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
断末魔の残り香
焼魚圭
ホラー
ある私立大学生の鳴見春斗(なるみはると)。
一回生も終わろうとしていたその冬に友だちの小浜秋男(おばまあきお)に連れられて秋男の友だちであり車の運転が出来る同い歳の女性、波佐見冬子(はさみとうこ)と三人で心霊スポットを巡る話である。
※本作品は「アルファポリス」、「カクヨム」、「ノベルアップ+」「pixiv」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる