黒い春 本編完結 (BL)

Oj

文字の大きさ
上 下
150 / 152
短編・番外編2

7

しおりを挟む
シロはツンとして少し強気な性格の猫だ。他の客とも猫とも、相性が悪い相手とはとことん合わない。しかし、客はともかく他の猫から目をつけられていないのは、クロの存在が大きい。
クロはシロにべた惚れのめろめろだ。
クロはシロにどんな対応をされても気にせずいつもの調子を崩さずシロの傍にいる。クロはこの猫カフェでエドワード1世と同じくらい体が大きくて強い。シロがどんな態度でも他の猫から攻撃を受けないのは、このクロが背後にいるからだ。
シロはチビの体に頭を擦り付けながら体を舐めてあげていた。
「チビがね、いなくなって寂しかったのは、エドだけじゃないのよ。シロもね、エドの周りをうろついて鳴いててね。珍しくクロに甘えて離れなかったの」
オーナーは涙を滲ませながら猫達を見つめている。佳奈多も口を両手で覆って震えてしまった。
「とぉちょい…よかった…みんな、チビちゃん、待ってた…」
「噛み方、きゃわ…びっくりしたね。あの茶トラ、打首にしようか」
「ぶに"ゃっ!」
茶トラのルイは大翔を見て飛び上がり、猫ちぐらの中に隠れてしまった。佳奈多が大翔を見ると、大翔はいつもと変わらぬ顔で佳奈多を見ている。一体何をしたのだろうか。佳奈多が首を傾げると、オーナーがズルズルと鼻を啜る音がした。
「本当に、お二人共、ありがとうね。チビちゃん、毛艶ももちろんだけど、元気で、すごく楽しそう…きっと藤野君のお家で、リフレッシュできたのね。本当にありがとう」
「いえ、あの、よ、良かった、です」
「あ、1世が歩いた」
泣き崩れるオーナーをよそに、大翔はエドワード1世を指差す。エドワード1世は立ち上がり、チビと寄り添って歩いていた。チビの不自由な左側を支えるように歩く。カフェの真ん中にある柱の前まで行き、チビが鳴いた。
「ぷなぁ、なぁあ」
「もしかして、エド…ご飯、食べる?」
「うな」
オーナーがチビの鳴き声に答えると、今度はエドワード1世が鳴いた。二匹がいる場所はお昼の時間に猫たちがご飯を食べている場所だった。オーナーはバックヤードに行き、ご飯皿を持って戻ってきた。目の前に置かれた皿にエドワード1世は顔を突っ込む。
「ぷ。な、なぅ」
夢中で食べるエドワード1世に、チビは嬉しそうに体を擦り付けた。佳奈多達の家で見せた表情とはまた違う。チビはエドワード1世の隣で安心しきって体を預けている。
「チビちゃん、嬉しそう。チビちゃんも、エド様に、会いたかったね」
「ぷなぅう」
チビの返事に佳奈多は嬉しくなった。ストレスを抱えていたチビは今、エドワード1世に体を預けている。傍にいて自傷をしてしまった時とは違う。きっとチビはもう大丈夫なんだろう。ほっとした佳奈多の隣で大翔はエドワード1世に語りかける。
「1世が束縛しすぎたんだね。もっとチビちゃんは、伸び伸びさせてあげたほうがいいんだよ。わかったか、1世」
「…うな」
「チビちゃん、他の猫に助けられてんじゃねぇよ」
「ア"?」
「しっかり食って力戻せ。取られるぞ、他の猫に」
「ナアァ"ア"」
まるで会話をするかのような大翔とエドワード1世に、佳奈多は笑ってしまった。食事の合間にエドワード1世は大翔は返事をしていた。佳奈多は大翔の腕に触れる。
「へふっ…ひろくん、ご飯の邪魔しちゃ、だめだよ…ふふっ」
「縛りつけちゃ駄目なんだよね。離れてても、なんなら離れたほうが生き生き伸び伸びしてるんだよ。いっぱい歩いたり、オモチャで遊んだり、オヤツ食べたり猫カフェにハマったり、漫画にハマってフィギュア買ったり」
「んふ…う?」
「俺なんて…1世なんていなくても元気なんだよ。あんまり気張りすぎるな」
「なぅ」
ご飯を食べ終えたエドワード1世はこっくり頷いた。本当に会話をしているような二人に佳奈多は首を傾げる。大翔が言っていたのはチビのことだけではない気がする。きっと気のせいではない。
「ひ、ひろくん…なんか、怒って、る?」
「怒ってないよ。傷ついてもないよ。全く。ちっとも。これっぽっちも」
大翔はキラキラの笑顔を佳奈多に向けた。佳奈多は悟った。これは怒っているのでない。拗ねている。大翔はめちゃくちゃに根に持っている、と。黙っていなくなったことよりも、伸び伸びと一人暮らしを満喫したことを。
最初から満喫していたわけではない。佳奈多も寂しかった。ただ、寂しいだけだったかと聞かれるとそれだけじゃないことも確かだ。寂しいを盾にしてあれこれ趣味を広げていったことも本当だ。大翔がいるからできなかったというわけではないが、世界は間違いなく広がった。佳奈多は何も言えなくなった。
「1世、飯食って良かったです。じゃ、帰ろうか、かなちゃん。チビちゃんも、おいで」
大翔はオーナーに声をかけ、チビに向けて両手を広げた。佳奈多もオーナーも、チビすらも首を傾げる。
「う?………あの、この空気、は、チビちゃん、置いて、いく、感じ、じゃ…?」
「なんで?まだかさぶた完治してないし。ですよね、オーナー」
「えっ!?…ごめんなさい、私も、もう預かりは大丈夫かなって、思うわ。チビ、エドの傍にいたら大丈夫そうだし」
「え?」
「「え?」」
佳奈多は大翔とオーナーと顔を見合わせて首を傾げる。確かにかさぶたは心配だが、もう自傷はしないだろうチビの姿に、預かりは終わりだと思った。
まるで学生時代の大翔と佳奈多のようだったエドワード1世とチビだが、今までのように二人きりの世界に苦しむことはないだろう。もうエドワード1世はチビを縛るように世話をしたりはしない。チビにはエドワード1世だけじゃなく、シロやクロという仲間がいる。先程寄り添って歩く二匹の姿に安堵した。きっとこの先も二匹は寄り添って過ごしていける。
オーナーも安心しきって礼を言っていた。このままチビは置いて、後ほどケージなど借りたものを返そうと、佳奈多は思っていた。
大翔は違ったようだ。眉間に皺を寄せて、ショックを受けている。珍しく感情があらわになっている。
「嘘…これで、お別れなの?」
「う、ひろくん、ここにきたら、会えるよ」
「やだよ。今日も遊ぶよ。うちで、チビちゃんと」
大翔は首を横に振って拒否した。まるで駄々をこねる子供だ。
こんな大翔は珍しい。大翔は佳奈多の想像以上にチビのことが気に入ったようだ。佳奈多が一番好きだと言ったあれは本当だろうか。疑ってしまうほど大翔はチビに入れ込んでいる。
無言で見つめ合う大翔と佳奈多に、オーナーがそっと間に入った。
「あ…じゃあ、かさぶた完治まで、預かっ…」
「んなぁあ」
エドワード1世がオーナーに向かって鳴いた。チビを隠すようにしているエドワード1世は、まるで『渡さない』と言っているかのようだ。
エドワード1世は大翔を横目に見つめたまま、背後に隠したチビを舐めた。挑発するかのようなエドワード1世に大翔は呆然として、そのまま地を這うような声を出した。
「1世、てめぇ…」
「ひ、ひろくん!だめ!怒らない!」
まるでフレーメン反応を起こしたかのような顔のまま怒る大翔と胸を張るエドワード1世の間に佳奈多は両手を広げて割り込んだ。
「な…ぷみゃ…」
チビの困惑した声も聞こえる。大翔は我を取り戻してチビを見た。
「………オーナーさん。もう少し、いてもいいですか。料金は払いますんで」
「そんな!今日、お代は結構よ。満足するまでいて頂戴!もう彼氏さんたら、こんなにチビちゃん気に入ってくれて…あ、今日はね、お店はお休みだから。ゆっくりしていって、ねっ。本当にありがとうね。オヤツ、持ってくるわ!」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。 キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。 高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。 メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...